第三惑星 『彼女が回りだす』
1-とある日の学校-
「ということで、今日から新たに我々のクラスに入ることになった、コズミカ=エントロピーくんだ」
「よろしくだワイさ!」
彼女はペコリと頭を下げる。
俺は何も聞かされていなかった。
―あ、あの子この前の!
―悟くんに激突した子よね。
教室内がざわつき始める。
それもそうだろう。先日、俺に『見えるクン』などと言うしょうもない宇宙の商品レビューをさせる為に窓を突き破ってここに侵入したのだから。
「おい、悟…」
「知らん」
「何でだ」
何か言いたそうなヒサシに対し、俺は食い気味に返答する。
「お前が知らんわけないだろ。悟」
「知らんもんは知らんの!」
強めに言い返した。
「珍しく俺が起きていた時には外に出てたぐらいしか…あ、そうか!」
「…あんじゃねぇか、悟」
*
「悟、起きなさい! 遅れるわよ!」
「…ん、ぁぁ…」
遡る事少し前。今日の朝の事。
母さんに起こされ、背伸びした俺はベッドに置いてある自分のスマホの時計を見る。現在時刻・午前七時十五分。
「わ。結構いい時間じゃん!」
慌てて飛び起き、パジャマから制服に着替えながら、ドタドタと一階へ降りる。
廊下で焦る俺を見た母さんが、俺に向かってタオルを投げてきた。
「先顔洗っちゃいなさい!」
「ん! サンキュー」
俺はそれをキャッチし、脱衣所へと向かう。
洗面台の蛇口を捻り、パシャリと水をかけ寝ぼけ眼を一気に覚醒させた。
「ふしゅ〜…よし。タオルで拭いてっと…」
そこで俺はある違和感に気付く。
壁にかけてあるタオルがいつもより一本多いのだ。
いや、正確には『この時間にかかっている筈のない場所にタオルがかかっていた』のである。
「そういや…おらんな」
そう、違和感の正体は「コズミが既に外出している」と言う事であった。
「かあさん! コズミはもう起きてんのか?」
「コズミちゃんならお父さんと一緒にもう出て行ったわよ!」
「と、父さんと?」
「ええ」
…父さんとコズミが…?
なんでその二人が揃って出て行ったのだろうか。
「そういえば! 父さんは以前コズミのことを『可愛いからウチに置く』みたいなことも言ってたし…まさか…!」
嫌な想像をしてしまう。
「悟! 何やってんの! 朝ごはん食べて早くでなさい!」
「あ、ああ! わかったよ!」
一体父さんとコズミはこの短期間にどれだけ距離を縮めたと言うのだ。しかも母さんという、最愛の妻がおりながら…。
帰ってきたら徹底的に追求してやる。そう考えながら、俺は朝飯の目玉焼きとご飯を食っていた。
*
「…と、いうわけだ」
「結構一大事じゃないの? それ」
「そう! だから俺は今混乱して無かったことにしようとしているのだ」
「何それ」
俺の真剣な答えに呆れた様子でヒサシは返事をした。
「と、兎に角! 俺は父さんの事は許さん! 人生の2周目を始めようとしているんだ!」
「なんか違うとおもうけど…」
そんな会話をしている最中、コズミが自己紹介を一通り終えていた。
「…って事なので、よろしくだワイさ〜」
―かわいいなぁ、コズミちゃん。
―宇宙って、人型もいるのねぇ。
―あぐらかいて浮いてくれ〜!
「お前ら物珍しいかもしれないが、これからは静かにしろよ。…コズミくんも、一応このクラスの生徒だ。俺もしっかり指導していくからな」
そう言った担任にウンと首を縦に振るコズミ。
「そしたらじゃあ…安貝の一つ後ろ、一番後ろの席に座ってもらえるかな?」
「了解だワイさ!」
ニコッと笑うと早速宙に浮き、すい〜っと自分の席に座る。
「お〜、いいじゃん」
ヒサシが拍手をしている。
…が、彼の目は良くない目をしていた。
「お前、今スカートの中覗こうとしたな」
「…そんな事するわけないじゃない」
「いーや、したね。…ちょっとそれ、貸しな!」
完全に油断していたヒサシの机から、『見えるクン』を取り出して強奪する。
「あっ!」
「…ほーらやっぱり。おいコズミ、こいつお前のスカート覗こうとしてたぞ」
俺は間も無く着地し、席に座ろうとしていたコズミに言う。
「はあ、そうなのか?」
「い、いやぁ…その、なんというか出来心というか…」
何照れてんだか。そう思っていたその時。
「いいだワイさよ、別に」
一瞬俺は固まる。
「何が」
俺は聞く。
「だから、スカートの中。見せてもいいだワイさ」
見せちゃダメなんだよ。
「見せちゃダメなんだよ! もっと恥じらいを持たんか!」
心にできたツッコミのP波が言葉のS波として出てきた。
「大体な、今日朝早くから父さんと一緒に出ていった時点でおかしいと思ったんだ!」
まさかこんな色んな男に色仕掛けをかけるやつだなんて俺は思ってもいなかった。
「あれ、それ知ってただワイさか?」
「ああ! 母さんから聞いた!」
「じゃあ、普通の事だと思うんだワイさけどねぇ」
眉間に皺を寄せ、顎に手を当てながら彼女は悩むように言った。特に悪びれる様子もない。
「何が普通じゃ! お前、人の家に居候するどころかその家の亭主にまで手をかけるつもりなのか! 俺の親父の道を踏み外させようとしてる、極悪非道生物なんだなお前は!」
今ここで止めないと、俺の父さんは社会的に抹殺される。
「は、はぁ…? サトル、何言ってるだワイさ?」
「すっとぼけるな! 俺の父さんを…」
「何言ってるか分からないけど、アタシはアタシのパパと学校に転入するための挨拶を朝早くきただけだワイさよ?」
「へっ?」
俺は素っ頓狂な声を出してしまう。
「だから、アタシのパパが朝迎えにきて、それで校長先生と、あの先生に挨拶をしてただけだワイさ!」
…。
「そうなのか、ゴウセツ」
「勘違いしてるお前が悪い。あと教師のことを呼び捨てしないように」
「なんだ…良かった…」
俺は一気に脱力してしまう。
この学校に転入するために、コズミの父が保護者として諸々の確認作業や説明を受けるべく、朝早くにうちに来て彼女と一緒に出かけただけだったのだ。
「そんなこったろうと思った…」
安堵する俺の横でヒサシが言っていた。
「…で、コズミちゃんのスカートの下って…」
「ああ、この下だワイさね!」
俺の隙をつくように先程の話を再開させたコズミは、ガバッとスカートを捲り上げる。
「こ、コレは………」
「下にいつもの服着てるんだワイさ」
こっちについても俺の杞憂に過ぎなかった。
「そうそう! この幾何学模様前から気になってたんだよねぇ〜。こう言うのがコズミちゃんの星では流行してんの?」
「う〜ん、流行というか、パパの会社の制服みたいなもんだワイさ」
「成程…あ! いつでも配達できるようにってこと?」
「そう言う事だワイさ!」
今日は何もかもが空回りしそうな気がする。
2-少し前。意ノ外市立意之外高校-
「そうか、ここが今度からコズミカが入る高校だワイさか」
「うん、そうだワイさ!」
アタシはパパと共に地球の学校に来ていた。
サトルが通っている意之外高校で、地球のみんなの好みや流行の研究も兼ねて勉強する事にした。
パパが一通りの書類は提出済みのようで、後は学校の校長先生と所属するクラスの先生に挨拶をする為、サトルよりも一時間ほど早くココへやってきたのだ。
「イッチニ、サンシー! 貴女達、ちゃんと走ってー!」
「ハイ!」
コレだけ朝早く来ても尚、この学校の生徒の一部は既に体作りのために学校に来ている者がいた。
「あれは…」
アタシは呟く。
「ん? ああ、あれはおそらく運動系のグループに入っている奴らだワイさ。パンフレットにも書いてあったけど、この高校は運動サークルがあるらしいだワイさよ」
「ふーん…」
アタシは興味がない為、話半分に聞いていた。
その時である。
「あ、あの…」
後ろから声をかけられる。
「ん? なんだワイさ…?」
振り返ってみると、そこには走り込みをしていたサークルの中の一人がいた。
「これ、落としましたよ…」
彼女がアタシに差し出してきたのは、青色のハンカチである。
しかしそのハンカチはアタシのではない。この隣にいるパパのものであった。
「あ、ありがとうだワイさ! ほら、パパ落としてるだワイさ!」
「ん? ああ」
これをかけられたことに気付いてなかったパパは、ようやくその声のする方にクルッと向いた。
「お、これワシのだワイさ。どうもありがとうだワイさ!」
二メートル弱の身長を少し屈ませながら、パパは言う。
気を取り直して学校へ歩を進めようとした時である。
「あ、いたいた…! ちょっと、朝練の最中に何コソコソ抜け出してんのよ!」
「あ、すいません、その…」
先程一緒に走っていた生徒らしき人が数人、コースを一周して戻ってきたのだ。
「あ、ごめんなさい…うちの部活の生徒が…」
そう謝ったのも束の間、後から来たメンバーの数人の口が開いたままになる。
「ど、どうしたんだワイさ?」
アタシは気になって声をかけるも、どうやら注目されていないことに気付く。
彼女達の目線の先。
そこにはアタシのパパがいたのだ。
―す、すごいイケメン…
―えっ、えっ、凄い! 握手してください!
―えっ、ヤバイヤバイ!
「あ、アハハ! まいっただワイさなぁ〜!」
*
「やっとついただワイさ」
「…だれのせいで遅れたと思ってるんだワイさ」
「いやぁ〜! ガッハッハ!」
あの後三十分ほど捕まっていた。
おそらくアタシが居なかったらもう三十分ほど長引いていたことだろう。
「いやぁ、よくぞ我が高校へ来てくれました! ささっ、どうぞ」
そう言いつつ、校長室の扉を開けるのは以前会ったことのある太っちょの先生である。
「ガッハッハ! 本当はすぐそこまで来てたんですけどねぇ! すまないすまない!」
そう言いながら、かつて巨大だったその体を動かすような動作でズカズカとパパは室内に入って行った。
*
「と、すると…エントロピーさん親子は地球の外からやってきた…と言うことですな?」
自然な対応で質問をしてくるその人物は、この高校の学校長…校長先生であった。
「ええ、そうなりますだワイさ」
パパも至って真面目に答えている。
ただ、一人を除いて。
「こ、校長…その、なんとも普通に受け入れてますが、この親子…宇宙人なんですよ…? そんなあっさりと受け入れるというのは…」
「ええ、私も驚いております」
遮るように一言、校長先生が言う。
「ですが冬場先生…よく考えてみてください。この状況を」
ズズッとお茶を飲み、太っちょの先生…フユノバ先生の方を見た。
「これこそ、地球上の人類もまた宇宙の生命の一つに過ぎないことが証明された証拠になるではないですか」
「は、はぁ…ですが…」
そこまで言ったところで、校長先生はフユノバ先生にビシッと指さしをする。
「こんなにワクワクすること…私、久しぶりです…!」
「…はぁ」
「ささ、コズミカさん。何か、何か地球外っぽさの証拠を出していただけないでしょうか…?」
フユノバ先生とは反対に、温厚そうに見える校長先生はアタシ達に興味津々であった。
「パパ…なんかないだワイさか…?」
「うーん…今日はグッズ持ってきとらんし…あ、そうだ。浮いてみてはどうだワイさ?」
その話を聞いていた校長先生が、そのメガネの奥の目を光らせていた。
「と、言いますと…?」
「実はワシ、宇宙で貿易商やってるんだワイさが、あいにく今日は宇宙の商品を持ってないんだワイさ」
「成程…」
ズズッとまた一飲みをする校長先生。
「だから何かないかな…って思ったワイさが…一つだけ、決定的に地球人と違う点があったからそれをお見せできればなと…な、コズミカ」
「ワイさ! …てりゃ!」
その声と同時にアタシは空中に浮いてみせた。
「ほう…コレは…」
クイッとメガネを少し上げ、更にキラリと目が光ったのが分かる。
「アタシらの惑星の住人はみんな、重力を操れる力を持ってるんだワイさ! だからこうして自分や周りの重力を変動させる事で浮くことが出来るんだワイさよ」
校長先生の前にふよふよと移動しながら説明した。
「ほう…テレキネシスですか…! ま、なんにせよユニークな生徒さんが増えることは大歓迎です」
「は、はあ…校長が言うのであれば…」
「というわけなので、冬場先生」
「は、はい…」
「貴方のクラスである二年四組に、コズミカ=エントロピーさんを配属させていただきます。異論はありませんね?」
「…はい…」
……
…
…
……
「というのが朝の出来事だワイさ」
「なるほど」
俺は事の顛末の詳細をヒサシと共に聞いていた。
何にせよ、俺の父さんとではなく、コズミの父と彼女が入学のための手続きをしに行っただけだと知って一安心した。
しかし…。
俺には一つだけ懸念すべき事案がある。
未央とコズミの衝突である。
俺と未央は幼馴染の延長でそのまま付き合い始めている。そこはゆるぎない事実であるのだ。
しかし、コズミが地球にいるという事は「俺との婚約を常に狙う」という事に変わりはない。
例えそれが「ビジネス的」だろうが「本心」だろうが、俺は狙われるのだ。
「何悩んでるんだワイさ?」
「いや、お前にゃ関係ない」
「なんか怪しいだワイさ」
俺の方を睨んできた。
「お前がまた未央を怒らせないかと心配なだけだわ」
「それ、どういうことだワイさ!」
明らかにコズミの顔色が変わったのが分かった。
「あ、あのなあコズミ君に安貝。取り敢えずそう言うのは休み時間になってからにしてくれないか? な…? な?」
「ええい! ゴウセツには関係ないわ!」
「な! また俺の事呼び捨てにしたな!」
「それがなんじゃ!」
こっちはこっちでヒートアップした。
「そうだワイさ! アタシとサトルは将来結婚する事になったんだワイさから!」
「バカッ! そんなのいつ決めたんだ!」
「この前未央がお家に来た時に決めたじゃないかワイさ!」
その言葉の後、教室がざわめき始めたのは言うまでもない。
そしてそれ以上に、俺に向けてある方向からとんでもない威圧が放たれている事にも。
「おいおいおいアンガイ、そんな事…流石に俺も擁護できねぇぜ?」
こういうことに無関心な珍しく亜希子も珍しく口をはさんできた。
「そうだぞ! 悟! 重婚は犯罪だぞ!」
「あのなあヒサシ! 俺はしたくないんじゃ!」
そんなやり取りをしているその俺の真横に、ついに威圧の塊が到着した。
「悟君…ちょっといい?」
「…へ」
俺はその威圧の方へと顔を向けた。
*
気付けば二時間経っており、俺は何故か保健室のベッドで寝ていた。
もしかしたらこれから毎日、この地獄が襲ってくるのかもしれないと考えると、自然と三限目もベッドの中で過ごした。
3-放課後。帰り際にて-
今日一日でどっと疲れてしまった。理由は言うまでもない。
「おっす悟、帰ろ~ぜ」
俺の苦労もつゆ知らず、能天気な声をだして寄ってくるのは夏野ヒサシだった。
「ヒサシも一緒に帰るだワイさ!」
「もっちろん、そのつもりで声かけてるんだし!」
俺の周りで陽気な声が渦巻いている。
「お前らは良いよな、気楽で」
「なんだその『主人公』みてぇなセリフは。元はと言えば煮え切らないお前さんの態度が悪いんでしょうが」
「そうだワイさ」
二人から痛いところを突かれる。
「お前らには関係ないんじゃい!」
しっしっと手で追い払う仕草をしながら、二人より速い速度で歩みを進めて行った。
「アタシは関係あるだワイさ」
「ああ、そういやお前が火種だったな~!」
「にゃにを~!」
俺はワザとコズミを煽るような発言をした。
「これでもくらうだワイさ~!」
彼女の手の周りが青く光り、俺の頭上に不透明度三十パーセント程の両手の形をしたオーラのようなものが形成された。
「そう来ると思ったわ!」
ひょいと俺は避ける。
「な! 避けるんじゃないだワイさ!」
「最初こそタイミングが分からんかったが、こんなのリズムゲームとおんなじじゃ!」
彼女は『ケイオスチョップ』などを繰り出す際、一瞬だけスキが出来る。その際にあらかじめ全方位を視ることで、どこから飛んでくるかを大体予測することができるぅおあはあああああ!
「どうだ、参ったか!」
俺はいつの間にかコンクリート壁にぶっ飛ばされ、めり込んでいた。
「誰も両手の分しか作れないなんて言ってないだワイさよ~!」
ギャハハという笑い声と共に俺は指をさされる。
「…悟、いま猛烈にカッコ悪いぞ」
「じゃかあしい! お前も一変喰らってみろ! ヒサシ!」
制服についたガレキを払いながら俺は指をさした。
こういう痛みは実際に体験しないと分からない。
「俺はごめんだね~! 何もやってないし」
「何もやってないわけないだろ! 現にアイツのスカートの中覗こうとしてたんだし!」
何かこいつにこの痛みを共有するすべはないのだろうか。
そう考えていた時の事だった。
俺はあることを思い出した。
…こいつ、『見えるクン』の代金払ってないんじゃないか。
「あ、そーだコズミ」
俺は明らかに芝居がかった声でコズミを呼ぶ。
「何企んでるんだワイさ」
「いやいや、何にも企んでないさ。ただ…一つ聞きたい事があってだな」
俺はさっきの煽る様な態度を完全に捨て去り、至って平静を装い、これからチクる事を悟られないように空気を整え始める。
「この前の『見えるクン』の売り上げ、どうなってる?」
「売上? …う~ん、ちょっと待ってだワイさ…」
唐突な質問に少々戸惑いつつも、コズミは地球用に購入したスマホのメモアプリを開いて確認をし始めた。
ここまでは順調である。問題はこの後、ヒサシが気付くか否かだが…。
まあ彼の反応については話すまでもない。
「えーと、ここに持ってきた在庫が取り敢えず五十個で…売れたのが六つ。そうすると二千五百×六…あれ、一個分お金貰えてないんだワイさ!」
「ほう…そういやヒサシからお金は貰ったか?」
これで準備は完璧だ。
「お前! よくもバラしたな! 明日持ってくるつもりだったのに!」
「いや、俺はただ何となく確認したかっただけだからな~…」
尤も、確認したいのはお前があの遠隔チョップを喰らう姿だけどな。
「ほんとうだワイさ? ヒサシ…」
コズミはヒサシの方にズンズンと向かっていく。
「ご、ごめんよコズミちゃん…明日持ってくるつもりだったんだ…」
―よしよし、いいぞ。そのままチョップじゃ!
…そう、この一瞬の心の動きが全てを狂わせ始めたのだ。
―今なんか言っただワイさ?
「じゃあ、明日持ってくるだワイさよ!」
「う、うん! ごめんね、遅くて…」
「ううん、全然大丈夫だワイさよ」
…何か一瞬心によぎった気がする。が、コズミはヒサシに攻撃するどころかにっこりと笑って会話をしていた。
―ちぇっ。なんだよ。折角ヒサシにもお見舞いしてやろうと思ったのに。―
「なに~! 突然言い出したと思ったらやっぱりお前、そういう事だったのか!」
「えっ、な、何が…?」
急にヒサシに衿元を掴まれ、困惑する。
まるで心を読まれたかのようだった。
…ん、まてよ‥?
俺は何か引っかかる。
…物は試しだ。
―そういえば明日の一限って何だっけ?―
「はあ? 明日の一限は体育だろうが」
―…なあ、ヒサシ。次俺がしゃべった時の口見てみろ。―
「さっきからわけわからんこと言って有耶無耶にしようとしてるな~?」
―これでもかっ!—
俺はマジマジとヒサシに見つめられながら喋る。いや、考えた。
「…なんかおかしいな」
―やっと気付いたか! 俺は今考えてることが何かしらの原因で外に漏れている―
「ど、どういうことだ…?」
困惑するヒサシ。
しかし俺は気付いていた。
彼のすぐ近くにいるその宇宙娘の仕業であると。
「俺に何した、コズミ」
「いや~? サトルには何もしてないだワイさよ~。サトルには」
そう言いながら彼女はポケットからあるものを出した。
「エイッ」
ガチャガチャ。
―一体何なんだ!―
『『一体何なんだ!』』
「ワッ!」
「うっうるせぇ!」
思わず俺達は大きな声を出してしまう。
コズミが手に持っている、ダイヤル式の三分タイマーのようなソレを捻ったその瞬間、俺の心の声が恐ろしいほど爆音で耳に入ったのだ。
「ふっふっふっ…テストは成功だワイさ…!」
「て、テスト…?」
そう聞く俺に、コズミはにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「そうだワイさ! これは近くにいる人の心の周波数にダイヤルを合わせたらその人の心の声が聞こえてくる『シンドローム・シンセサイザー』だワイさ!」
「シンドローム・シンセサイザー…ねえ…」
俺とヒサシはぽかんとしてしまう。
「日本語訳にすると『合成症候群』…と言ったところか?」
「なんじゃいそれ。ネット音楽みたいな名前だな」
―まあ、『見えるクン』よりは良いか―
「いまパパのセンスをバカにしたワイさね…!」
しまった。こいつが俺の心に標準を合わせていたのを忘れていた。
「ま、待ってくれ! コズミ! 別に口に出して言おうとしたわけじゃ…」
「問答無用! さっきヒサシに鎌をかけようとしていたその悪い心分も含めて、お家まで吹っ飛ぶだワイさ~~~~!」
「ドオハァァァァァァァァ~~~~!」
久々のケイオスキックが俺に炸裂し、その意思を持ったキックによって「ずっと蹴られた状態のまま、様々なルートを曲がりくねった末」、自宅の扉の前に踵落としになるような形で地面に沈められた。
「…ぜったいに許さん…」
この地球のルールというものが一切通用しない相手と俺はいつか結婚する可能性があると思うと、全身の痛み以上にゾッとするものがある。
4-帰宅後。自宅にて-
「くっそ~…まだ体が痛む…」
「自業自得だワイさ」
夕方にかまされたキックのおかげですっかり身体が傷だらけの俺は、その痛みを感じながら飯を食っていた。
「どう? コズミちゃん、学校に馴染めそう?」
「毎日が楽しくなりそうな気がするだワイさ!」
にこりと笑顔を見せながら、コズミは母さんと話す。
…こうしていれば普通の女の子なんだけどな…。
…ハッ。
「…? どうしただワイさ、サトル」
「い、いや。何でもない」
夕方の一件で、心の声が漏れるのではないかと身構えてしまっていたが、流石にそんな事はなかったようだ。
「ご馳走様!」
食べ終えた俺はチャチャッと食器をシンクに置くと、足早に二階のとある部屋へと駆け込んでいった。
「確かアイツ、ここに道具しまってた筈だよな…」
俺は電気も付けずに物色を始める。
ここは俺の部屋のすぐ隣にある物置部屋。ウチの家族は必要最低限のものがあれば十分というスタンスをとっている為、この部屋には物がそれほど多くなかったのだ。
まあ、今となってはコズミ専用の部屋になっているのだが。
「あ、あった! これだこれ!」
そう言って引っ張り出したのは、今日の下校時にコズミが使っていた『シンドローム・シンセサイザー』である。
やはりまだ試作段階であるためか、幾つか異なるデザインのものが雑にしまわれていのだ。
「お、説明書もある…何々…『側面には二層のダイヤルがあり、上の層を回すと見たい人の周波数を、下段を回すと音量調整が出来る』…成程それで夕方バカみたいにでかい音が…」
しかしこう見ると、完全にダイヤル式のキッチンタイマーである。
いくつかのバリエーションがあり、今回俺が手にしたのは液晶画面に数値が表示されるものである。
「こりゃいいや! 試しに使ってみるか」
ニヤニヤと笑いながら、俺はそれを自室に持ち帰った。
「えーと、まずは周波数を合わせるんだったな…ってそういや…」
誰がどの周波数だか、全く分からない。
が、取り敢えずラジオの感覚で何か受信しないかを試してみることにした。
「これを回して…次に音量を調節したら…」
最小だった音量をすこし上げると、ノイズの中に微かな声が聞こえて来た。
―全く…悟…は! ちゃんと水を…で!―
「こりゃ…母さんの声だな!」
実際の声こそ下の回からは聞こえないが、何となくいつも言われている事や、音声の音程から母さんであることが分かった。
「これ、なんかのヒントになるんじゃないか…?」
そう思った俺は今表示されている数値を見る。
この液晶に表示されている数字は「0921・0415」。
俺はこの小数点下四桁に見覚えがあった。
「これ…母さんの誕生日だ!」
ようやくこの機械のチューニング方法が理解できた。
「そしたらこの数値、整数の四桁はもしかして…」
そう考えた俺は母さんの生年月日を算出する。
二〇四二年現在、母さんは四十三歳。
つまり母さんの生まれた年は一九九九年の四月十五日。
これが正しければもっとクリアに聞こえてくる筈だ。
「よし…回すぞ!」
…と、意気込んだのは良いが、このダイヤル、調節のためのゼンマイがとにかくアナログであり、流石にかなり素早く回せば整数のカウントが一つ進むのだが、それ以上の数字のスキップなんて出来っこなかった。
「思いっきり回すのを…千回ほどやれと…」
*
「つ、疲れた…」
何とか残りの小数点を含まない整数下一桁が十以下となった。
これだけでゆうに四十分以上かかっている。
「五…四…三…二…一…ゼロ!」
そしてついにその八ケタの数字にそろえることが出来たのである。
「よし…やっとコレで俺の仮説が証明できるかもしれん…」
回しすぎて若干震える指で少しずつ音量を上げようとした。
その時である。
「サトル~」
「アヒッ!」
コズミが突然部屋に入ってきたのである。
「な、な、なんだよ…」
「いや、お風呂あいたからどうかな~って思って…」
「そ、そうなのか。じゃあ入るわ!」
俺は上手くコズミに見つからないようにポケットの中に隠し、サッと下へと降りた。
「…?」
*
「ほう、これがコズミちゃんが昨日持ってたやつか」
「そ。まだ試作品段階だから何種類かあったウチの一つだ」
翌日の昼休み。
飯も食い終わり、次の授業の準備をしていた俺は、ヒサシから『見えるクン』の代金を徴収したついでに、昨日の機械を見せていた。
「例えば未央の誕生日…二〇二五年五月一日、つまり『2025.0501』に合わせる…するとだな」
グルグルと回し、周波数を合わせ、音量を大きくする。
「よく耳を澄ましてみろ、ヒサシ…」
「ン…」
二人して『シンドローム・シンセサイザー』に耳を近づける。
―あれ…悟君と夏野君…何やってるのかしら…キッチンタイマーみたいなのに耳近付けて…耳でも壊す趣味が出来たのかな…―
「おい、特殊性癖持ちみたいな扱い受けてるじゃんか」
ヒサシがムッとした顔で俺を見てくる。
「俺に言われても知らん」
そう言いながら、俺は未央の方に顔を向ける。
「別に耳壊す趣味ないからな」
俺はまた機械に耳を近づける。
―えっ…私、何も言ってないんだけど。なんか…心読まれた感じがしちゃった…―
正解である。
未央の鋭い推察に感心していたその時だった。
「なにやってるだワイさ」
…その敢えて出した低めの声を聴いた俺は動けなかった。
ヒサシや俺と同じように、『シンドローム・シンセサイザー』に耳を傾けながらコズミが声をかけて来たのだ。
またやられてしまう。
俺は身構えた。
…
…
…
…?
身構えたのだが、何も起こらなかった。
それどころか、コズミは未央の所へ向かっていった。
「なんだったんだ…アイツ」
俺とヒサシは首をかしげながら再び機械に耳を傾ける。
その時であった。
「「「「「「「ワーッ!!!!!」」」」」」
*
「ミオウ、ちょっといいだワイさ?」
「あら、コズミじゃない。どうしたの?」
このお昼休みに珍しくコズミが私に声をかけて来た。
いつもであればこの時間帯は悟君と一緒にいるイメージが多い。心なしか、不敵な笑みを浮かべている気がする。
「サトルとヒサシの方、見ただワイさ?」
「え、ええ。さっき。なんかキッチンタイマー見たいなのに耳を傾けてたみたい…」
私は見たままを伝えた。
「あれ、実はアタシのパパが作ってる『シンドローム・シンセサイザー』っていう商品なんだワイさ。まだ試作品段階だけど」
「ふ~ん。何ができるの?」
そう尋ねると、彼女は細かく説明してくれた。
つまり…先程悟くんが私の心を読んだかのような発言をしたのは、本当に読んでいたからなのか。
「…そこで、ミオウに協力してほしいんだワイさ」
「協力…?」
コズミは縦に首を振る。聞けば悟くんはコズミに黙って持ち出したとのことで、昨日の夜は風呂上りに調整するつもりだったあの試作品を探すので、大分バタバタしていたとのことだった。
「全く…悟くんも悪趣味ね…」
「そうだワイさ! だから…これから心で大きな声を出してほしいだワイさ!」
「ええ、分かったわ」
コクっと私は首を振る。
それを確認したコズミはポケットからあるものを出す。
「これは…」
「別の試作品だワイさ。こっちは周波数がすぐ合わせられるんだワイさから…大きな声を出す練習するだワイさ」
「分かったわ」
私は大きな声を出す練習をするために、心を落ち着かせる。
―いくよ…―
首を縦に振るコズミ。
そして私は勢いよく、周りの全てを吹き飛ばすような大きなイメージをし、心の中で叫んだ。
練習。練習。練習。
―スゥ~~~~……―
私は目を瞑り…その空気を吸ったイメージを、最大出力で放出するようなイメージで一気に解放した。
「「「「「「「「「「「「「ワーッ!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」
キィィィィィィンッ!
「「「「「「「「「「「「「ワーッ!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」
キィィィィィィンッ!
「「「「「「「「「「「「「ワーッ!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」
キィィィィィィンッ!
「「「「「「「「「「「「「ワーッ!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」
キィィィィィィンッ!
「!?あッ!☆???=~‘@???!?」
私が目を開けた時、何故かコズミが泡を吹いて床に倒れこんでいた。
それだけではない。
教室の割れ物という割れ物すべてが粉々に吹き飛んだ。
いや、それだけではない。
何故か。
何故か。
近くにいたクラスメイトの八割が壁や窓の外に吹き飛ばされていた。
「あれ…ナニコレ…ちょっと! コズミ!」
「…ハッ!」
「ど、どういうこと…?」
「いや…た、多分…」
ガクッ…。
「多分、何!?」
ベシベシとコズミの顔をたたいて起こす。
「ハッ…!」
「多分、何よ!」
「多分…近くで二個使った事によるハウリングだワイさ…」
ガクッ…。
鎮まる教室。
何故か声の主である私は特に何も起こらなかった。
「わ、私…し~らない…」
「知らないで済むか!」
私は気絶から目が覚めた悟くんに叱られた。
五月の中頃。現在の気温は異例の三十度。
半壊し、快晴の天井が生まれた意之外高校。
そこに差し込むお昼過ぎの太陽が、私の身体を燦燦と照らし続けていた。
その下で私は一言呟く。
―――私…やっちゃいました…?
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