第7話

 上から押しつぶされるような大気の濁流に身が晒らされる。


 気流の緩衝術式の展開が抜けていた事が、少しの焦りを産む。

 一つほころべば全て崩壊するような不安定な心を”グッ”と抑えた。


 騎馬全体の制御及び安定性は術式で確保している。

 後は、先輩達の力を信じるだけだ。


 無理やり顔を上げてクリスティーナを見上げると、彼女は荒ぶる金髪縦ロールとは対照的に大気の奔流など感じさせない程に背筋をしなやかに伸ばしている。


 クリスティーナ隊とレンリル隊は、天に向かって垂直に急浮上していた。

 それは術式によるもので、術式による急浮上を作戦の一部としていたクリスティーナ隊はうまく乗りこなす事が出来ていたが、不慣れなレンリル隊はバランスを崩して明後日の方向へ飛んで行ってしまった。


「あっ!!」


「大丈夫だ!作戦に支障は無い!!」


 すかさずリーンがフォローを入れる。


 離れた騎馬の制御をリーンの思考伝播しこうでんぱの情報だけで行うのは、かなりの技術を要する。悔しさを噛み殺し己の役目を遂行する。


 私は作戦の本筋を思い出し、細かい制御を頭の中から排除してクリスティーナ隊及びレンリル隊を出来る限り天高く打ち上がるように最大出力の術式を展開した。

 

「ここですわ!」


 クリスティーナの凛と響く掛け声と共に騎馬に急制動を掛ける。

 下を見ると、戦場を囲むおびただしい数の群衆が一目で収まっていた。


 激しく渦巻くクリスティーナの魔力を感じる。

 そして、その魔力は鎮まることなく、荒々しい銀の塊へと姿を変えていった。


原初の銀アルジョント・プルトーニオ


 クリスティーナが掲げる両腕に支えられるように展開されたそれは、お嬢様の細腕など無慈悲に肉塊に破壊する、超然的な自然の暴力を掻き集めた様な圧倒的で威圧的な暴力と化していた。


 それと同時に、リーンは魔法により探知した地中に埋まるドラール達やデコイ全ての位置情報を、思考伝播しこうでんぱにより隊全体に伝える。


「フィーナさん、任せましたわ!」


 疲労を少し覗かせるクリスティーナの呼びかけに、フィーナはいつも通りに応対する。


「はいは~い♪フィーナちゃんにまっかせなさ~い♪」


 そう言うと、クリスティーナ騎の直下を中心に、銀の暴力が波及するように戦場上空を覆い尽くす。


 ここからは私の役目となる。全ての銀の暴力の先端に、術式を展開していく。

 術式の展開が終わるまで、クリスティーナとフィーナが銀の暴力をその場に留まらせてくれている。


「よ、余裕ですの…、ティータイムのように優雅ですわ゛…」


「フィーナちゃん、もうゴールしてもいいよね…」


「頑張るんだ、二人とも!!」


 二人のケアをリーナに任せて、己の作業に没頭する。


 しかし、後もう少しという所で、フィーナの意識が”プツン”と切れた。

 それによって決壊するように、全ての銀が地上へと落下を始める。


 「フィーナさん!!」


 クリスティーナの叫び声よりも早く、フィーナの体を術式で固定する。


 「大丈夫です!これならいけます!!」


 銀の暴力の先に展開された術式が、地面に向かってレールを描いている。

 そのレールの軌道上に2ヶ所と、地面ギリギリの執着地点にもう1つ術式が展開されていた。


 後は落下するだけの銀を見守りながら、私は語った。


「私、信じているんです」


 銀の暴力が1つ目の術式を通過する。

 するとそれは、その直径を勢いよく小さくする様に、遠ざかって行くのを観測した。


「魔法は愛で出来ているって」


 クリスティーナ隊の浮遊術式が、効力を失い落下を始める。

 

「だから分かるんです。ジルさんの魔法もきっとそうだって」


 銀の暴力が2つ目の術式を通過する。

 するとそれは、暴力的な形を失い抽象的な魔力の塊となった。


「なので、【魔力】と【愛】はイコールで、【匂い】はそれらと【銀】を繋ぐものとして仮定してみたんです」


 目前には同じくクリスティーナ隊と同じく落下するレンリル隊の姿が見える。


「第一術式で速度上昇による威力の上昇、第二術式で【匂い】を断ち切り【銀】から解き放つ」


 語れば語るほど精神が研ぎ澄まされていく、まるで詠唱を行っているような。


「核なる【魔力】は抽出され、【愛】は抱擁で満たされる」


 魔力の塊が3つ目の術式に直撃する。

 そして呟かれた。


「—――無形魔法むけいまほう――射手座ソクトーティス


 大質量の衝撃が轟音を唸らせながら大地をえぐり、木の巨大な根っこがその質量を失ったかのように至る所に飛び散って行く。轟音はいつまでも場内に響き渡り、粉塵で満たされた空に”ポツン”と2つの騎馬だけが取り残されていた。


 結果としては、明らかに作戦は成功したという事だ。

 そう、作戦は…。


「や、やり過ぎですのよーーーーーーー!!!!!!」


「あは、あはははは、にいにが死んじゃった…あははは…」


 クリスティーナが驚愕し、リーンが壊れた。

 

「だだだ、大丈夫です!!生き返ります!!!」


 大魔道級の魔法を解き放った本人も、混乱して意味の解らない言葉を返す。


「とうとう人を殺してしまいましたのよーーーー!!!!」


「にいにの所にリーンも行くうぅぅ!!」


 余りの思いがけない威力の巨大さに、クリスティーナ隊は完全にパニックになっていた。


 そしてその時、側面の粉塵が突如消え去り、その隙を突くように巨大な木の根に乗ったドラール隊が奇襲を掛けてきた。


「殺す気かあああぁああ!!!!!!」


 泥にまみれたドラール隊が、鬼の形相でこちらを貫く為の最後の攻撃を放ってくる。


「はっ!!」


息をつく束の間の後、クリスティーナは反射的に体を反らした。


そして一瞬の判断で、騎馬全体を後ろに倒れる様に術式を展開させる。


その、研鑽された一滴の交わりが、伝説の技を生み出した。


「—――貧乳回避!!!」


 クリスティーナの目前に、殺意の詰まった塊がものすごい速度で通過していく。

 ドラールの放った決死の一線は、クリスティーナの胸を掠るだけの空振りに終わった。


 クリスティーナは我に戻り、ドラール隊を認識すると安堵の気持ちが体中に広がり、そして、胸が抉られた事実を確認するとそれが殺意に反転した。


「このおぉぉ…、破廉恥ですわあああぁぁああ!!!!」


 クリスティーナは無意識に凶悪な銀の槌を生成し、本能的にドラークに横殴りの鉄槌を食らわした。


 ドラーク隊は一瞬にしてバラバラとなり、粉塵の中へと消えて行った。

 

 そして、タイムアップのホイッスルが鳴り響く。


「か、勝ちましたわよね?ね?リーンさん!正気を取り戻しなさい!!」


「にいにがいないなら私は何の為に…」


「リーン先輩!お兄さんならあそこで手を振っていますよ!ほら」


 会場に舞った粉塵が教員によって排除されると、元気な姿のリントとジルが見えた。


「にいに!にいにぃぃーーー!!」


 リーンが身の乗り出してリントに対して大手を振る。

 騎馬が崩れ、4人とも浮遊術式の上に転がり落ちる。


「リーン先輩。もうちょっとで着陸しますから、我慢してください」


 リーンの体を抱いて術式上から落ちないよう引っ張る。

 

 リーンは、無事着陸が成功すると全速力でリントの元へと走って行った。


「にいにぃ。生きてる…」


「あっはっは、リーンよ!この俺には幸運が付いているからな!死んだりはせんぞ!」


 兄妹が感動の再開を果たす。

 そして、兄の生存に安堵したリーンは、徐々に意識が正常に戻って行った。


「ク、クリスティーナ?」


「なあに、改まってどうしたの?」


 リーンの前には”ニッコリ”と微笑んだクリスティーナと、ちゃっかりと意識を取り戻したフィーナとニヤニヤが顔に張り付いた私の姿が目に入っていた。


「こ、コロしてくれぇーー!!」


「あらあら、それだと”にいに”が悲しんでしまいますわ」


「フィーナちゃん、仲良いのはいい事だと思うな~♪」


「わ、私もそう思います!」


 いつも通りの賑わいが戻ってくる。

 そして、騎馬戦の結果を発表する為に、審判である白髪の男性教員がマイク前に立った。


「皆さん。2対2の延長戦ですの。残りはジルさんとリントさんだけですわ。一気に決めてしまいましょう」


「そうだな。レンリル隊がいればジルにも勝てるし、兄は一人では無力だからな」


「フィーナ、くたくた~♪」


「そういえば、レンリルさん達ってどこに行ったんですかね?」


 ”キョロキョロ”とレンリル隊の姿を探している間に、男性教員が騎馬戦の結果を告げる。

 そして、それはクリスティーナの忌名いみなを更に押し上げる事となった。


「白組が2騎、赤組が1騎の為、この戦は白組の勝利とする!」


「「「「うえええええええぇぇぇぇぇぇええええええ!?!?!?!?!?」」」」


「ど、どういう事ですのおおぉぉぉおおおお!!!!!!!」


 クリスティーナの咆哮が会場中に響き渡る。

 

 クリスティーナが全力で審判の男性教員の元へ爆速で掛けて行き、襟元を掴んで”グワングワン”と振り回しながら抗議の意思をぶつけている。

 

 男性教員は頭を”グラグラ”させながら抵抗する意思を見せず、左腕でとある場所を指さした。


「な、なんですの?」


 ”ゼ―ゼ―”と息を吐くお嬢様は、そのぐったりとした男性教員の指さす方向に目を向ける。すると…


 そこにはドラールの下敷きになったレンリル隊の姿があった。


「そ、そんな…」


 膝をついて力を失ったクリスティーナに対して、男性教員が追い打ちをかける。


「最後にクリスティーナさんが吹き飛ばしたドラール君に、レンリル君達が偶然にも衝突しました」


 そして、事実を淡々と告げる。


「残念ですが、運が無かったですね」


 そう言うと、白髪の男性教員は固まったクリスティーナをそのままに、競技の進行へと戻って行った。


「ク、クリスティーナさん…」


 どのように声を掛けていいのかわからない程に、クリスティーナには負のオーラが纏わり着いていた。


「また、負けてしまいましたわ…。私は一生負け続ける運命なんですわ…」


「おい、クリス…。お前はよく頑張ったよ。また、頑張ればいいじゃないか」


「フィーナちゃんも褒めて~♪」


 リーンがフィーナの頭を”よしよし”すると、フィーナは満足げにその場に倒れ込んだ。


「フィーナさん大丈夫ですか!?」


「もう無理~、カラカラ~♪」


 リーンと共にフィーナに肩を貸すと、クリスティーナ率いる赤組は退場ゲートへと進行していった。


 進行中、私はクリスティーナにどのような言葉を掛ければいいのか思案した。

 しかし、結局自分がクリスティーナにしてあげられる事が無い、という結論に至ると自己嫌悪に陥った。


 そんな風に一人で悩んでいると、赤組の観戦席から大勢の拍手が聞こえてきた。

 顔を上げると、そこには大興奮の赤組の面々や、他の組の人達も入り乱れたカオスな状態になっていた。


「クリスティーナ様ーー!!かっこ良かったです!!」

「クリスティーナーーー!愛してるぞーーー!!」

「クリスティーナ様!!まだ負けてないですよ!!」


 組を超えた学生全体でクリスティーナに限らず、騎馬戦に参加した生徒達への声援に歯止めが聞かなかった。


 その声援に対して、クリスティーナが前に立ち、言葉を贈る。


「皆様方!まだ負けた気になっている人はいないのですわね!!」


『うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!!!』


「最後まで、突っ走りますのよおぉぉおおお!!!」


 クリスティーナが絞めた事で、やっと会場が落ち着いた状態へと戻って行った。


 そして、クリスティーナがこちらを振り向く。


「—――さん。貴女も一緒に行くんですのよ」


 ”ニコリ”としたクリスティーナから、不意に名前を呼ばれて”ドキッ”とする。


 私は、差し伸べられたその綺麗な手を”ジッ”と見つめていると


「—――。ありがとな、またよろしく頼む」


とリーン先輩


「—――ちゃん~♪おんぶして~♪」


とフィーナ先輩


「ほらっ!早く行きますのよ」


 と、強引に引っ張られた手を握り返すことで、3人の先輩達との友情を感じ取ったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

貧乳金髪縦ロールで年上負け癖ツンツンお嬢様が嫌いな奴っておる? フタツ @hutatu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ