第6話
「馬鹿じゃないのか!このお嬢様は!!」
ドラールは冷や汗をかきながら、迫りくる銀の塊をあらかじめ仕込んでおいた木壁を地面から出現させて防ぐ。
しかし、木壁はその衝撃を受けた瞬間、木っ端微塵に吹き飛んだ。
軌道がズレた銀塊は、ドラールの頭を掠るように場外へ飛んで行く。
「死ぬだろ!ちょっとは手加減しろ、阿保が!!」
「おほほほほほほ!私、ちょっと手が滑っただけですのよ!」
戦闘狂と化したクリスティーナは、すぐに禍々しい銀の鉄塊を作り出す。
そして、一瞬にしてドラールの頭上に何十個もの同じ銀の塊が出現し、落下してきた。
ドラールは、自身の騎馬が影に包まれるのを察すると、戦闘開始直前の余裕など無かったかのように叫び狂いながら指示を出した。
「潜れえええぇぇぇええ!!!」
ドラール隊が奈落へ落ちるかのように地面の中へと姿を消すと、鉄塊の雨が地面に降り注いだ。
ドゴゴガガガガガ!!!!
銀の鉄塊が地面とぶつかる衝撃と鉄塊同士がぶつかる衝撃か重なった、とてつもない轟音が場内に響き渡る。
地面の響きと重なるように、地中からドラールの声が響いてきた。
「おい!騎馬が相手に攻撃してんじゃねー!失格だろ!!」
「あらあら、フィーナさんはただ銀塊を複製しただけですのよ。落下させたのは私の意思ですわ」
「そんなの詭弁だ!!」
観客達が騎馬戦の審判である男性教員に視線を移す。
ゲッソリとした風貌の白髪の男性教員は何の反応も示さない。
問題ないという事だ。
この程度の異議、クリスティーナが予想していないはずがなかった。
事前に話はつけてある。
「さあて、仕上げと行きますわよ」
意気揚々としたクリスティーナの掛け声を合図に、騎馬の高度を上昇させる。
クリスティーナは詠唱の後、少し長い瞑想を捧げながら魔術を発動した。
「
地面に転がる銀塊が解けて液状となり、それはみるみる広がって地面を覆い尽くした。
「さあ、いつでも出ていらっしゃい。その瞬間、貴方を貫いて差し上げますわ」
そう言うと、お嬢様お得意の巨大で邪悪な銀の槌がその手に現れた。
貫く!??ミンチにするの間違いでは???と思ったが突っ込むのをやめた。
クリスティーナは圧倒的だった。
ドラークも3年生では上位の実力を持ち合わせているが、相性が悪かった。
銀と木ではその質量や硬度、破壊力が段違いなのである。
だが、ドラール隊は紙一重の所ではあるが、クリスティーナ隊の猛攻を回避する事が出来ていた。それは、運による所もあるが、事前の準備がその結果を導いた所が大きい。
場内の地面の至る所に木壁が仕込まれており、絶妙なタイミングで隆起する木壁によってドラーク隊に一撃を食らわす事が出来ていなかった。
しかし、クリスティーナ隊はようやく、対ドラール隊として練っていた作戦を発動させる事が出来た。
「やっと潜ってくれましたわね。これでいつ地面から攻撃を仕掛けてきたとしても銀の膜を通して直ぐに対処できますわ」
クリスティーナが騎上から戦場一帯に目を凝らすと、一騎打ちが行われていた白組本陣から、雄叫びが聞こえてきた。
「敵将!討ち取ったぞー!!」
赤の鉢巻きを巻いた生徒が拳を振り上げ、白の鉢巻きを巻いた生徒達がその前に崩れ落ちている。
「おお!レンリル達が勝ったのか!」
リーンが喜びの声を上げる。
そして、その間も空かないうちにシンディー隊の方からも歓声が上がった。
シンディー隊と白組の一隊が同時に崩れ落ちだのだ。
一息ついたジル隊が、体制を整えてこちらに突撃を掛ける準備を始めている。
「よく耐えてくれましたわ、シンディーさん」
クリスティーナが微笑みながら、シンディーに賛辞を贈る。
そして彼女は、地中に潜ったまま何もしてこないドーラル隊に対して通告する。
「さっさと出てきたらどうですの、ドラールさん。このままだとジルさんが何の意味もなく私達に倒されるだけですのよ」
クリスティーナの呼びかけにも、何の反応もない。
時間がただ、タイムリミットへと近づいて行くだけだった。
「クリス!早くレンリル隊と連携してジルを倒そう。取り返しのつかない事になるぞ」
「そうですわね。ジルさんを倒せば、2対2の延長戦で勝つのは私達ですわ」
クリスティーナ隊は直ぐにレンリル隊と連携を行い、ジル隊を迎え撃つ体制を整えた。
目前に、クリスティーナへの愛を叫びながらこちらに突撃を掛けてくるジル隊が見える。
「お姉さまああぁぁあああ!!愛してま」
クリスティーナがジル隊を迎撃する為の詠唱を終えたその時、銀膜が反応する。
彼女は想定内であるように、冷静な思考のまま反応する箇所にすぐさま銀をぶち込んだ。
しかし、銀によって表面をひどく抉られた木の壁は、クリスティーナではなくジル隊を包み込んで、クリスティーナへの愛を伝え終わる前に地面へと引きずり込まれて行った。
「くっ!!遅かったか!」
リーナが悔しそうに言葉を吐く。
「ど、どういう事なんです!?なんでジルさんが」
状況が分からず混乱してしまう。
「フィーナ達が2騎、白組が3騎だからこのままタイムアップで負ける」
フィーナが異様で真剣な口調で淡々と述べる。
天を見上げると、クリスティーナの輝く黄金の縦ロールが逆立っていた。
「逃がしませんわ!!」
クリスティーナが吠え、魔術を行使する。が、何も起こらなかった。
それを嘲笑うように、地面からドラールの声が聞こえてくる。
「ざ~んね~~ん!お前の銀は既に溶かされてま~す」
嫌らしいドラークの声に連動するように、場内に広がった銀膜も煙を上げて溶けて無くなっていく。
「ごめんなさい、お姉さま。でも、お姉さまが悪いんですの…。私を、私を愛して頂けないからあああぁぁああ!!!!」
地面からおぞましいジルの叫び声が怨念の様に聞こえてくる。
状況は硬直し観客席からはブーイングが聞こえてくる。
審判である男性教員は何の反応もなく、ルールとしては何の問題もないようだ。
同じ赤組のレンリル隊も、どうしようもなく立ち尽くしている。
「卑劣な策を使いますわね」
クリスティーナは銀の槍を生成したかと思うと、試すように地面へと突き刺した。
しかし、銀の槍は地面に突き刺さることなく、触れた先端から溶けて無くなっていく。
「これでは私の攻撃が全く届きませんわね。リーンさん、相手の位置は把握できておりますの?」
「いや、デコイが多すぎて、本体がどこで誰がいるかわからない」
隣を見ると、フィーナがブスッとした表情で黙り込んでいる。
クリスティーナ達は、この状況にお手上げ状態のようだった。
初めて見る先輩達の困惑した状況に、敗北の2文字が頭に浮かび上がる。
嫌な思考を振り払うように、状況を確認する為の質問を先輩達に投げかけた。
「あ、あのー…。もし、クリスティーナさんの攻撃が通れば何とか出来るんですか?」
「ええ、私の攻撃が通ればどうとでもなりますわ。地中のデコイ含めて全てをぶち壊せばいいんですもの」
めちゃくちゃ豪快な回答が返ってきた。
「ジルさんの魔法の特性ですけど、クリスティーナさんの何に反応しているんですか?魔力ですか?」
「もっと単純ですごくややこしいものだ」
相反する言葉がリーンの口から返ってくる。
「ジルちゃんが、クリスちゃんと認識するもの全てだよ」
フィーナが真剣な表情で、自身でも確認するかのように呟く。
諦めるなんて言葉を知らない様な、力強さを感じる。
「という事はまず、ジルさんのクリスティーナさんに対する認識を、こちらで理解しなければいけないという事ですね…。何か心当たりがあったりしますか?」
3人の先輩方の唸り声が重なる。
「やはり、銀じゃないのか。実際に溶けているし、フィーナが複製した銀も溶けていいる訳だし」
「フィーナ、ジルちゃんの変態性を甘く見てはいけないと思う。匂いとかで認識してそうだよ」
「愛、かしら…」
魔力・銀・匂い・愛…、4つのキーワードを頭の中で回して思考を巡らす。
己の持つ術式を組み合わせて、どうにか出来ないか思案する。
「あ、あの!皆さん、いいですか」
3人の先輩達の意識がこちらに集まる。
「時間が無いので詳しくは説明できませんが、私を信じて私の指示通りに動いて貰えないでしょうか!」
信じて貰える様に、出来るだけ力強い言葉でクリスティーナ達に言葉を投げかけた。
その一大決心の言葉に、クリスティーナは凛とした慈悲深い言葉で、その答えを返してくれた。
「何を仰いますの。私達、一度たりとも貴女を疑った事なんてありませんのよ」
「ああ、出会って短い間ではあるが、こんなに頼れる後輩なんて初めてだ」
「フィーナ、最初はディザちゃんの代わりの人を見つけるぐらいだったら出なくてもいいかな~って思ったけど、後輩ちゃんに出会えてほんと良かった♪」
「先輩・・・!!!」
3人の先輩達の言葉に、脳ミソが熱く燃え上がるのを感じる。
そして、クリスティーナ隊の臨時作戦会議が終わる。
後は事を成すだけだ。
「さあ、ぶっつけ本番ですのよ!」
お嬢様の如きお嬢様が拳を”バシン”と鳴らす。
騎馬の制御系を再確認し、準備完了の合図をクリスティーナに送る。
「観客の皆様、心配ご無用ですわ!!私達赤組が、ド派手な勝利をお見せ致しましょう!」
『うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!!!』
冷めきった会場が、クリスティーナの言葉で一気に盛り上がる。
会場がクリスティーナコールで溢れかえる。
「では、行きますのよ」
クリスティーナの凛とした落ち着いた声音を合図に、作戦が開始された。
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