第45話 インフレ



「おはよう、多々良拓也くん?」


 誰かに声をかけられたのに気がつき、目を覚したのはモンスター討伐の最前線、という訳では無かった。

 あいにく目の前には知らない天井は存在せず、この場所が何度か訪れたことのある部屋だと言うことに気がつくのは時間がかからなかった。


「……なんの用ですか、フランソワさん」


「用がなかったら呼んじゃダメみたいな言い方じゃないの……。ちょっと気になったことがあったのよ」


「気になったこと?」


 そんなもん、神の力とやらで覗き放題なんだし自分で解決して欲しい。


「覗き放題ってなによ!」


 あ、そういえば人の心読めるんだっけ。


 俺をジトーッと睨んでいたフランソワさんはわざとらしく咳払いをした。


「コホン……気になったことって言うのはあなた達がいる北海道のことよ。これから北海道を巡ることになったのは知ってるんだけど、そのあとはどうするの?」


「え? そのあと?」


「だって魔法隊が先に進んだ後もモンスターは出現し続けるのよ?」


 そんなこと俺に聞かれたってしょうがないじゃん。隊長とか呼び出せばいいのに。


「緑化活動が進まないんじゃないかって話ですか?」


「そう。だから北海道に出現するモンスターの量は調整しなくても良いのかなって思ったのよ。今より増えることはないけど、世界中のモンスターが北海道に集まってるし、バランスが悪いかなと思って」


 もう1週間近く相当数のモンスターを相手にしていたから、今更な気もするが……。


「あー……ちなみに、モンスターの量を減らすとしたらなにかデメリットがあるんですか?」


「モンスターがその分強くなるってことくらいかしら。イメージ的には今のモンスターを合成するような感じだからね」


 そんなことができるなら初めから調整して欲しかった。弾がいくらあっても足りないんじゃないかと思ってたんだぞ?


「じゃあそれで頼みますよ。一応モンスターが強くなるってことをほかの隊員達にも伝えたいから明日からでもいいですか?」


「良いわよ……っていうか、いちいち私が調整するのも面倒だし、多々良くんに良いものをあげるわ」


 そう言ってフランソワさんはタブレットのようなものを俺に手渡してきた。意外と神達もこんなの使うんだな。


「それでモンスターのレベルや数を調整できるわ。魔素の量にも制限があるから、レベルが高いモンスターを何体も出す、ってことは出来ないからね?」


「え、出来ないの?」


 これで一層レベリングが捗ると考えていた俺は肩を落とした。


「……レベルを上げるって、あなた達、それ以上上げてどうするの?」


「念のためですよ念のため。ノルマをクリアしたからと言って遊んでいられるほど邪神は弱くないんでしょう?」


「だからってね……あなた達のレベル、邪神が封印されてる世界じゃインフレ状態よ?」


 フランソワさんは呆れるようにそう言った。まあ、フランソワさんがそう言うのも無理はない。



多々良 拓也

レベル:150,872

魔 法:真・創造魔法 空間魔法



 今の段階でも、すでにメアリから言われていたノルマはとっくの昔にクリアしているのだ。


 新入隊員も10〜14万レベルくらいだ。レベル1000を超えたあたりから誰も新しい魔法を習得しなくなってしまったが、皆魔法具で攻撃することがほとんどなので特段困ったこともない。


「まあ、強いに越したことはないのは事実だけど……。ただ、邪神が封印されている世界はすでに人類が滅亡しかけているわ。元の2割程度しか生き残っていないの」


「2割? 本当にあと3ヶ月も猶予があるんですか?」


 あと3ヶ月も経てば人類は誰一人残っていないのではと考えてしまう。


「今、他の神が結界を張ってなんとか邪神の使徒に抵抗しているところよ。時間を稼ぐにはそれでも十分だし」


「本当に大丈夫なんですか……他の世界からも人手を集めるっていう話でしたよね? それはどうなってるんですか?」


「とりあえずそれは順調よ。レベルが心許ないけど、あなたが作る魔法具で底上げできるもの」


「そんな簡単にいくとは思えないですけど。まあいいや、このタブレットはありがたく使わせてもらいます」


 そうして、俺はフランソワさんに礼を言った。すぐに俺の周りには黒い煙が充満し始め、あっという間に俺の意識は闇に沈んでいった。



  ◇◇◇



「……長、隊長、起きてください!」


「んあ……?」


 誰かに起こされる感覚がしてぱっと目を開けると、移送車の天井が目についた。

 どうやら運転手の井田が俺の体を揺さぶっていたらしい。


「なんだ……? もう札幌に着いたのか?」


「そんなわけないでしょう……今、江差と呼ばれていた地域に入ったところです。札幌はまだまだ先ですよ?」


「じゃあなんで起こしたんだよ……」


 今まで起こさなかったってことは俺がいなくても問題無かったんだろうに。

 

 俺は渋々倒したシートを起こし、外の様子を見ることにした。

 現在、沙織や里沙が威力の高い魔法をぶっ放して街を更地にしている最中だった。そのあと、麻里が土魔法で倒壊した建物を地面に埋めている。


「一応モンスターが現れた時のために見張っているんですよ。見張りの数も1人より2人の方が確実でしょう?」 


「あいつらがそんな簡単に襲われるとは思えないけどな……」


 絶対見張りもいらないと思うぞ? 建物を粉々に倒壊させられる奴に護衛なんて必要ないだろう。


「他の部隊は先に行ったのか?」


「いえ、ここが最前線です。他の部隊ももうそろそろ追いついてくると思いますよ?」


 井田はそう言って今まで通過した街を説明してくれた。俺が寝ている間に函館から意外と進んでいたようだ。


 さらに、小さな街が多かったためか更地化は順調に進んでいた。

 ただ、函館を出発して時刻はすでに夜7時を回ろうとしている。日が長いのでまだ空は明るい。


「今日はこの辺りで休むか? このペースならあと3日以内には札幌に着きそうだし」


「その辺は隊長に任せますよ」


「じゃあ、ここで休もう。まだ眠いし」


 そうして、他の部隊が合流する前に俺と井田はテントや夕飯の準備に取り掛かった。

 やはり、沙織を含めた女性隊員3人はモンスターが現れても一瞬で葬り去っており、俺の言った通り見張りなんて必要なさそうだった。


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