第33話 家族

 夕飯を食べ終わり、二人でバラエティ番組を眺めている時、俺は勇気を振り絞って話始める。


「多々良家は俺と千詠だけだな」


「ん? 爺ちゃんが亡くなってからずっとそうでしょ?」


「……そうだな。なあ、千詠。もし俺が死んだらどうするつもりなんだ?」


 俺がそう口にしたとき、千詠は目を大きく見開きとても驚いている様子だった。


「え? お兄ちゃんもうすぐ死ぬの?」


「そんなすぐに死んでたまるかよ。もしもの話だよ」


「もう、びっくりさせないでよ……。お兄ちゃんが死んじゃったら……どうするんだろうね? いつまでもここでお世話になるわけにもいかないし、やっぱり探索者になって手っ取り早く稼ぐかな」


 千詠は魔法でモンスターを倒すんだと言い、その手に小さな炎を浮かべた。やはり千詠は探索者というものに大きな憧れを抱いているのかもしれない。


「コネで入隊できると思った魔法隊も断られちゃったしね」


「コネって……言い方ってものがあるだろ。まあ、魔法隊は最前線で戦う部隊だからな。危険なんだ」


「ええ……それじゃあやっぱり、普通に探索者を目指そうかな……。騎士団も常時募集してたんだよね」


 そうだな。その考えに至るのは予想通りだ。


「あのなあ……探索者ってお前が思うより危険なんだぞ?」


「そう……? だってお兄ちゃん、毎日五体満足で帰ってきてるじゃない」


「それは安全マージンをしっかり確保した上での攻略だからだよ。俺の目の前で騎士団の隊員が死んでいったこともある」


 俺がそう言うと、千詠はニヤリと口角を上げた。こいつ、何か企んでいる……。


「それじゃあお兄ちゃんが私を守ってよ」


「はあ? なんでそうなる?」


「だって今お兄ちゃんが言ったじゃない。魔法隊は安全マージンをしっかり確保してるって」


 それは他の探索者に比べてって話なんだよな……。


「それはそうだけど……お前、他に仕事は見つけられないのか? 探索者向けのホテルなんかは意外と儲かってるみたいだぞ?」


「ええ? 儲かってるって言っても従業員の給料が良いとは限らないじゃない。それに、今時人間を従業員にしてるホテルがあるとは思えないけど……」


 そうだった……最近、料理人もロボットになったんだっけ……。


「それに、私は探索者になりたいの! レベルの低いダンジョンなら子供でも行ってるんだよ?」


「そんなところのドロップアイテムで生計が立てられるわけないだろう! 金を稼ぐには希少性の高いアイテムを手に入れる必要がある。目先の利益に目がくらんで死んでいった探索者もいるんだよ!」


 諦めの悪い千詠に、俺は段々と語気が強くなってしまう。

 お互いヒートアップしていることが分かったため、俺は一息深呼吸をつく。


「はあ……良いか? 探索者として生活するにも、きちんと仕事はこなさないといけない。地上のモンスターの討伐なんかもそれに入る」


「分かってるよ? それくらい大丈夫だよ」


「10メートルを超えるドラゴンが何体も出ても、同じことが言えるのか?」


 俺のその言葉に、千詠は息を呑んだ。

 当然、千詠はそんなモンスターを目の当たりにしたことも無い。そいつに殺されかけたことも無い。そういうイメージが出来ないのに、探索者になりたいと言っているのだ。


「これから先、地上のモンスターの力は増していく。そうなった時、探索者は命がけで人々を守らないといけない。お前に、自分の命をかけて人を守るっていう覚悟はあるのか?」


「そ、そんなこと言われたって分からないよ。モンスターとも戦ったこともないもん。それに、お兄ちゃんだって人のためにってタイプじゃないでしょ? 私のこと言えないじゃん!」


「馬鹿にするな!!!」


 千詠の言葉に俺は強く言い返した。俺が千詠に対してこんなに強く言うのは初めてだったかもしれない。


「あ、悪い……。でも、俺はもう誰も失いたくない。そのために、自分の命をかけてでもやらなきゃいけないことがあるんだ」


「わたしも、ごめんなさい……」


 俺たちの間には気まずい時間が流れる。バラエティ番組の音声が流れて無音にならなかったのが救いだった。


「そうだな……とある女の子の話をしようか」




  ◇◇◇



 メアリの話を聞いた千詠は悲痛な表情を浮かべ俯いてしまった。

 この情報は未だに魔法隊の隊員しか知らないことだ。


「だから、俺は異世界に行く。千詠を守るためにも、メアリの仇を討つためにも」


「改めて、ごめんなさい……。お兄ちゃんがそんな大変な思いをしてるって知らなくて」


「いや、大丈夫だ……言ってなかったんだから知らなくて当然だ」


「でも、それなら私は魔法隊に入りたい」


 俺は千詠のその言葉を聞いてガクッと肩を落とした。俺の話聞いてた?


「あのな……死ぬかもしれないんだぞ? 本当にわかってんのか?」


「それはお兄ちゃんも一緒でしょ? それに、万が一の時に自分の身を守れた方がお兄ちゃんも安心じゃない」


「それは、まあ……一理あるけど」


 たしかに、レベルを上げまくればその辺のモンスターは相手にならなくなるとは思うが……。


「多々良家はお兄ちゃんと私だけなんだよ? 知らない間にお兄ちゃんに死なれたら困るし……お兄ちゃんの家族として、一緒にメアリちゃんの仇を討ちたい」


 そう言う千詠の目には少しも恐怖を感じられなかった。

 その目はとても懐かしい気がした。そういえば父さんも、やると決めたらこんな強い目をしていたかもしれない。


 父さんと千詠がなんとなく重なり、俺はため息をついてしまった。


「はあ……。明日、隊長に話しに行く」


「本当!? ありがとう、お兄ちゃん!」


 千詠は年甲斐もなくはしゃぎ俺に抱きついてきた。

 しかし、俺はもちろん喜べない。悩みの種が一つ増えてしまうのだから。








 

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