第27話 異次元

「死んだな……」


 戦闘が終わり、アイガス教の男の体はボロボロになっていた。右足も失い、満身創痍という言葉がしっくりくる。


「拓也、大丈夫……?」


「ああ、心配するな。やらなきゃ俺たちがやられていた。前向きに考えよう」


 初めて人を手にかけたことを心配されたが、俺はすでに気持ちを切り替えていた。起きてしまったことは仕方がない。それだけこの男が強かっただけだ。


「悪いが、すぐに次の現場だ。白銀の騎士団の南さんから連絡が入った。白銀の騎士団でもまったく手が付けられないやつがいるそうだ」


「他の場所は? 東京中にアイガス教のやつらがいるんですよね?」


「騎士団で対応にあたっているそうだ。南さんたちが戦っている敵はおそらく幹部だろう。他の地域はなんとか制圧できそうだという話だ」


 そうして、俺たちは遠くに停めていた移送車に急いで移動した。


「拓也、さっきの男は幹部だったのかな?」


「最初の男とレベルが全然違ったからな。おそらくそうじゃないか?」


「じゃあ、次の相手も相当手を焼きそうだね……」


 俺たちはより気を引き締めて、騎士団が戦闘している現場に向かった。



  ◇◇◇



 現場に到着すると、多くの探索者が地面に倒れていた。


「南さん! 遅れてすまない!」


「助かる! 相手はあの女一人なんだが、厄介な転移魔法の使い手だ。他にも飛翔魔法や身体強化魔法も使っていると思われる!」


「分かった! ひとまず、あの女を片付ける! 立花くん!」


「おうよ! 言われなくても!」


 そうして、立花さんはアイガス教の女に近づいていく。

 アイガス教の女は高校生に見えるほど幼い少女だった。その手には日本刀のようなものを持ち、騎士団の探索者をバッタバッタと切り捨てていた。


 立花さんは相手の意表を突くように真後ろに転移した。転移魔法は消費する魔力が多いということなので、確実に相手を仕留めるときに使うことが多いと言っていた。


 本来であれば、その大剣を叩きつけて終わりだった。

 しかし、遠巻きに見ていた俺にも、女が不敵な笑みを浮かべるのが見えてしまった。


 立花さんの大剣はいとも簡単に受け止められてしまった。小柄な少女が大男が繰り出した攻撃を簡単に受け止めたことに、周りからはどよめきが上がっていた。


「立花さん!」


 俺はライフルの引き金を躊躇なく引いた。

 あいつはやばい。俺の本能が少女から発せられる殺気を感じさせていた。


 ドドドドドド、とけたたましい銃声が鳴り響き、ライフルから弾が発射される。

 だが、器用に飛翔魔法を操る少女は俺目がけて高速で移動してくる。


「化け物め!!」


 なんで銃撃に対して真正面から突っ込んでこれるんだよ!

 

 その時、鈴石が爆炎魔法を発動した。大きな複数の火球をさすがに警戒したのか、少女は一旦距離を取った。


 その隙に、俺は空間魔法を発動し、武器を交換する。

 取り出したのは、モンスターを相手にする時に使っているライフルだ。普通の人間が攻撃を受ければ、簡単に四肢がもげてしまうほどの威力がある。


「やはり、手加減はしていられないな」


「ええ、それに転移魔法が厄介です。いつ裏を取られるか分かりません……」


「アハハ! その通りだよ!」


「「!?」」


 少女が消えたかと思うと、後ろから聞きなれない声が聞こえてきた。聞こえてしまったと言うべきか。


 ただ、こちらもそれに対処することは可能だ。

 

「僕には分かっているんだよ!」


 探知魔法を発動している王子は、少女の攻撃を土魔法の壁で防いでみせた。


「ありゃ? なんで?」


 攻撃を防がれると思っていなかったのか、少女は首をかしげてしまった。

 その隙に、鈴石はショットガンを構え引き金を引いた。

 だが、その攻撃を易々と受けるほど敵も馬鹿ではない。再び転移魔法を発動し、俺たちと距離を取った。


「クソがっ! 本当に手が付けられない!」


「相手は一人だ! そのうち魔力が切れるはずだ!」


 そうして、俺たちは全力で攻撃を始めた。だが、少女とはレベルが違いすぎた。魔法隊の総攻撃でさえ、少女はいとも簡単にいなして見せた。

 戦闘を続けていくうちに、俺たちは少女が普通ではないことに気が付くことになる。


「立花さん、あんなに転移魔法って連発できるものなんですか?」


「無理に決まっているだろう! あいつ、おかしいぞ!?」


 いつまで経っても少女が魔力切れを起こすことがなかった。常に身体強化魔法を使い、転移魔法も使い放題というように見えてしまう。


「んー? 君たちって、魔力ポーション持ってないの?」


 俺たちの話が聞こえたのだろう。少女は首をかしげてそう尋ねてきた。


「魔力ポーション?」


「ほら、こういうのだよ? 飲めばすぐに魔力が回復するっていう優れものだよ?」


 そう言うと少女は小さな試験管のようなものに入った液体を飲み干した。


「ほら、あたしって魔力の消費が大きいじゃない? これがないとすぐにばてちゃうんだよねー。ところで、その様子だとポーションのこと知らない?」


「南さん、そういうのは聞いたことはあるか?」


 隊長は南さんに尋ねた。財閥が一般的なポーションを独占しているので、騎士団に聞くのが一番だと思ったのだろう。


「いや……聞いたことも無い。あるならとっくに販売されているはずだ」


「あれえ? おかしいなあ……魔力ポーションは誰かが売りに来てたはずなのに……」


 少女は南さんの言葉を聞いて首を傾げた。誰かが売りに? アイガス教で生産しているわけではないのか……?


「まあ、いいや。仕事には関係なさそうだし」


「来るぞ……!」


 少女は話すのをやめて、再び俺たちに突っ込んでくる。

 騎士団の探索者も全力で魔法を放っているが、その攻撃が当たることは一度もなかった。


 ただ、そんな少女が唯一嫌がる攻撃があった。


「……! ほんと、君の攻撃はイライラするなあ」


「褒め言葉として受け取っておくよ!!」


 俺の銃撃をかわすために、彼女は転移魔法を使うことが多かった。発射される弾のスピードに、飛翔魔法の機動力のみでは足りないようだ。


 しかし、だからと言って俺たちの攻撃が当たることは一度もなかった。

 魔力ポーションを飲み続ける彼女は、言ってしまえば魔力が無制限ということになる。戦闘が長引くほど、戦況が悪化するのは目に見えていた。


 しかし、その戦いはいきなり幕を閉じることになる。


「ありゃ、もうこんな時間か……。楽しかったのに残念だな……」


「おい、どこに行く!」


 少女は時計を見ると、途端に戦闘をやめて高く飛び上がった。


「こっちにも事情ってものがあるんだよー。また会いに来ると思うから、それまで勝負はお預けかな。じゃあね」


「おい! 待て!」


 少女は、俺たちを残してあっという間に飛び去ってしまった。



 

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