第26話 アイガス教

「どうした! 魔法隊とやらの実力はそんなものなのか!?」


「くそっ!」


 俺たちはアイガス教の男にかなり苦戦していた。アイガス教の男は間違いなく俺たちを殺しに来ている。しかし犯罪者とはいえ、俺たちは現状男を殺すことはできない。


「隊長、どうにかならないんですか! このままだと俺たちが危ないですよ!」


「分かってる! 本気で対応にあたっていいか、上からの許可待ちなんだ!」


「相変わらず対応が遅い……って、危ねえ!」


 隊長と話し合っていると、アイガス教の男は大きな火球を連続で放ってくる。まったく攻撃の手を止めることは無かった。


「ハッハッハ! やはりアイガス様の言う通りだ。我々アイガス教がこの世界を支配できる」


「アイガスアイガスってうるさいのよ!」


 しびれを切らした鈴石は、身体強化魔法を使って相手に近づくと、ショットガン型魔法具で攻撃する。


「おい鈴石!」


 俺は鈴石がアイガス教の男を殺してしまうのではないかと考えた。魔法具はかなり殺傷能力が高い。


 ドガン、という激しい銃撃音は、鈴石が引き金を引いてしまったことを示していた。

 殺ってしまったか。俺はそんなことを考えたが、その考えは杞憂に終わる。


「グハァッ!」


 鈴石が放った銃弾はアイガス教の男の足先に命中していた。

 見る限り、致命傷には至っていないようだが、アイガス教の男の顔には焦りが見えた。


「おらあああぁぁ!」


 そこに立花さんは畳みかけるように攻撃を仕掛けた。隙だらけの男の後ろに転移すると、男をすごい勢いで蹴り飛ばした。


 地面に叩きつけられた男は、苦痛の表情を浮かべながらもすぐに起き上がろうとしていた。


「王子!」


「分かってる!」


 地上は王子のテリトリーだ。土魔法を器用に操り、相手の体を地面に固定することに成功した。


「くそっ! どうなってる!?」


 男は何度も抜け出そうとしていたが、王子の土魔法からは抜け出すことが出来ないようだった。


「隊長、こいつどうします?」


「今上から連絡が入った。なるべく生かして捕えて欲しいが、自分達の身が危険な場合は生死は問わないそうだ。他の地域で、すでに死亡者が出ているらしい」


「そうですか……ろくでもない奴らだな、お前ら?」


 俺はそう言って男を一瞥する。人が死んでいる以上、この男もタダでは済まないだろう。


「俺ごときで苦戦しているような奴らに東京が守れるわけがない。幹部たちがすでに大暴れしているだろうからなあ!!」


「幹部? お前、下っ端なのか?」


 こいつも何らかの情報を握っているのかもしれない。そう思い、情報を引き出そうとした時だった。


「アイガス様に祝福をおおお!!!」


 男は意味不明なことを叫んだかと思うと、ぱたりと意識が無くなってしまった。

 見てみると、口から泡を噴き出していた。


「……ダメだ。死んでいる」


 王子が土魔法を一部解除し、首元に手を当てたがすでに脈が無くなっているとのことだった。


「ほかのアイガス教の者たちも、自死を選べる手段を持ち合わせているのかもしれないな……」


「隊長、すぐに他の地域に向かいましょう。こいつが言っていたことが本当だとすると、他の地域はもっとマズイ状況になってますよ」


「ああ、そうだな……。ちょうどいい、移送車が戻ってきた。すぐに出発する!」


 重篤な探索者を病院に送り届け終わった移送車に乗り込み、俺たちは次の現場へと移動した。




  ◇◇◇



 ドガアアアン、という激しい音が鳴り響く。それは鈴石が放った魔法の音では無かった。


 アイガス教の男が、爆炎魔法を放った音だ。まさか、鈴石のほかにこれほどの実力を持つ人物がいたのは予想外だった。


 先ほどの男よりも若く見えるアイガス教の男は、黒いローブを身に纏っていた。彼らの制服のようなものなのだろうか。


「あいつ、いつになっても魔力切れを起こさないぞ!?」


「動きも早すぎる! 身体強化魔法を使ってるんだろう!」


 俺たちは先ほど以上に苦戦を強いられていた。


 アイガス教の男は身体強化魔法の機動力を生かし、接近しながら魔法を撃ってきていた。物陰に隠れようにも、すぐに回り込んで攻撃してくる厄介な奴だった。


「多々良くん! 殺るしかない! 手加減をすれば間違いなくこちらが殺られる!」


 隊長はアイガス教の男に攻撃を加えながらそう言った。隊長も、モンスターを相手にするように本気で魔法を使っていた。


「やるしかないのか……!」


 俺に、人が殺せるのか。殺した後、どうにかなってしまわないか。俺の頭に不安がよぎっていた。


 ライフルの引き金を引く右手が震えるのが自分でも分かる。人を殺すということに恐怖を抱いているのだ。


「ポンコツ! 何やってるのよ! 私たちを殺す気!?」


 引き金を引くことに迷っていると、鈴石がそんなことを言ってきた。

 しかし、今は言い返す余裕もなかった。くそっ。このままだと本当に誰かが死んでしまう!

 俺は思考を切り替え、思い切って引き金を引いた。


「……!? へえ、やばそうな攻撃じゃん?」


 俺の攻撃を軽くかわして見せた男は、その威力を見てはにかんで見せた。この状況で笑えるのかよ化け物め!!


 男は、途端に俺めがけて移動してきていた。迷っている暇はない!

 俺は再び男に向けて引き金を引いた。しかし、男は人間とは思えないような動きで弾を避け続けていく。


 男が俺にどんどん近づき、右手を俺に向けて構えた。


 やべえ、死ぬ……!


 その時、男の目の前に立花さんが現れた。転移魔法を使ったのだろう。相手に向けて、すでに大剣を振りかぶった状態で転移してきており、アイガス教の男には初めて焦りの表情が見えた。


「おらああああぁぁぁぁ!」


 立花さんが振りかぶった大剣は相手の脇腹に叩きつけられた。鮮血が辺りに飛び散り、非常にグロテスクな光景が広がった。


 しかし、あれを避けるのか……。普通であれば体を一刀両断している攻撃だったはずなのに。


 男は苦悶の表情を浮かべつつ一旦距離を取った。しかし、ここが勝機とみた魔法隊の総攻撃が始まる。


「多々良くん、立て! 戦闘は終わっていない!」


「……了解!」


 そうだ。油断していると本当に殺される。さっきだって立花さんが守ってくれなかったら間違いなく死んでいた。


 俺は一息深呼吸をついた。そうだ。自分を殺しに来るのはモンスターと何ら変わらない。殺らなければ、自分が殺される。


 ライフルを構え、俺は引き金を引いた。牽制ではなく、相手を仕留めると言う強い意志を持って。


 他の隊員の魔法を避けようとしていた男が宙に跳んでいた。

 しかし、それは逃げることが出来ないことを意味している。


 男は驚愕の表情を浮かべながら、俺の攻撃をその体に受けることしか出来なかった。


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