第25話 敵

 翌日、俺は妹の千詠に叩き起こされることになった。

 

「お兄ちゃん! 鈴石さんが迎えに来てるよ!」


「……んあ? なんで鈴石が……?」


「緊急任務って言ってたよ? いいから早く起きて!」


 緊急任務? そんなの聞いてない……って、緊急だから当然か。

 時計を見ると、時刻は5時をまわったところだった。朝が早すぎて、体が思うように動かない。


「緊急だって言ってるのに、随分余裕な寝起きなのね?」


「……はい?」


 リビングで布団を敷いて寝ている俺は、現在聞こえるはずがない声が頭上から聞こえることで意識は急に覚醒した。


 潜り込んでいた布団から頭を出すと、俺の顔を覗き込むような格好で鈴石が立っていた。


「お、おはよう鈴石……」


「緊急だって言ったでしょ!? 早く着替えなさい!」


 そう言って鈴石は俺の布団を強引に引きはがした。ったく、なんで鈴石が俺たちの家にいるんだよ……。


 朝食を食べる暇も無く、着替えて外に出ると腕を組んで鈴石が待ち構えていた。

 

「ったく、おっそいわよ」


「悪かったって……ところで、緊急任務ってなんだ?」


「テロが起こったみたいよ? それの対応に私たちも駆り出されることになったわ」


 足早に事務所に向かいつつ、俺は鈴石から事件の内容を聞くことになった。

 昨日、モンスターが出現したのは『アイガス教』と名乗るテロ集団の仕業だったようだ。彼ら曰く、アイガス様こそがこの世の神であり、メアリは人々を滅ぼす邪神であると。


 そこからなぜテロを起こすという発想に至るのかはよく分からないが、精神状態が普通ではないのだろう。

 現在、テロ集団が暴れているのは東京各地だという話だ。


「それで? 被害状況は?」


「すでにケガ人が多数出てるみたい。情報が混雑していて詳しいことはまだ何も。探索者が対応しているらしいわ」


「そうか……。まさか人間と戦うことになるとは夢にも思わなかったな……」


 そうして、俺たち魔法隊は基地から一番近い現場に急ぐことになった。




  ◇◇◇




「一応言っておくが、殺すなよ?」


 移送車で移動している途中。現場が近くなったところで隊長はそう言った。


「特に立花くん。君はいつもやりすぎる節があるからな」


「面目ない。この筋肉にかけて、犯罪者どもはきちんと捕獲して見せます」


 筋肉って……脳筋丸出しすぎるよ?


「それにしても、探索者がたくさんいる中でこんなテロを起こすなんて、自殺行為だと思いますけどね?」


「私もそう思うんだが……。まあ、事態を早く収束させることに尽力しよう。ほら、もう現場に着く」


 移送車の小窓から覗き込むと、遠くの方で火炎魔法のような大きな炎が見えた。どうやら、戦闘がすでに始まっているようだ。


「おいおい……こりゃあまずいだろ……!」


「立花くんと早紀は戦闘に加わってくれ! 他の隊員はケガ人の救護だ! 急げ!」


 移送車を降りた俺たちの前には見るも無残な光景が広がっていた。戦闘に参加していたと思われる探索者が多数地面に這いつくばっているのが見えた。

 倒れて全く動かない者もおり、戦況がかなり悪いことを物語っていた。


 今も多数の探索者を相手に、黒いローブを身にまとった男が宙に浮いていた。あいつが『アイガス教』のテロリストだろう。

 風魔法から派生すると言われている飛翔魔法を使っているようだ。


 鈴石はアイガス教の男に魔法を放つ。しかし、男は風魔法で壁のようなものを作りその攻撃をいとも簡単に防いでみせた。


「まじかよ……。手加減しているとはいえ、鈴石の魔法を防ぎやがった……!」


「多々良くん! あそこのビルにケガ人を運び込むぞ!」


「……了解!」


 俺は鈴石と立花さんを信じ、救助活動に移ることにした。

 ケガ人の中にはすでに意識が無い者もおり、一刻を争う状態だった。


「隊長! 救急隊は来ないんですか!?」


「東京中がこの状況だとすると、どこも人手が足りていないはずだ! うちの移送車で病院に運んでもらう! 意識がはっきりしている者は凪ちゃんに任せるんだ!」


 そうして、俺たちはビルに運び込んだ探索者の中で、重篤な状態の者を移送車に移した。沙織が回復魔法をかけても意識が回復しない。出血が酷すぎるのか……?


 移送車が出発して、残された探索者の対応にあたっていると一人の男から声を掛けられた。


「あんたら、何者だ……?」


「魔法隊だ。今俺たちの仲間が戦っている。俺たちが来る前はどういう状況だったんだ?」


「……負けるわけがなかったんだ。あいつ1人相手に、20人以上で対応にあたったんだぞ? だが、あいつの魔法であっという間に壊滅状態に追い込まれた……」


「ちなみにお前らのレベルはいくつだ?」


「俺は54だ。これでも、探索者の中じゃ実力は上の方だと自負していたんだ。他のやつらも、この辺じゃ名の知れた探索者のはずだ。それなのに……」


 この探索者でさえ赤子の手をひねるように圧倒されたということか。

 しかし、そんな実力を持つ探索者なら顔が割れていても不思議じゃないはずだが、どの探索者に聞いても見たことが無い男だと口をそろえて言った。


「隊長、向こうの戦況は……?」


「押されてはいない、が……あの二人相手に五分の勝負をしているんだ。只者ではないことは確かだな」


「まじですか……」


「私たちも戦闘に加わる。危険だから君たちはこの場を離れるんだ」


 隊長は残った探索者にそう声を掛け、ビルを出た。

 魔法隊の長い戦いが始まろうとしていた。

 


 

 





 

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