第6話 入隊

「フンフンフフーン」


 鼻歌を歌いながら車から見える景色を眺めている千詠をよそに、俺はこの先どうなるのか、ということしか考えていなかった。


 藤井さんがやってきてから三日が経ち、俺たちは藤井さんの自家用車に乗せられて魔法省に向かっているところだった。

 こんな世の中になり、千詠だけを家に置いていく、ということも可愛そうだったので、千詠も俺の入隊に合わせて引っ越しすることになった。


「多々良くん、飲み物でも飲むかい?」


 そう言って藤井さんはミネラルウォーターを差し出してきた。俺は軽く礼を言い、受け取ることにした。


「多々良くん、そんなに不安がらないでくれ。魔法隊にいる人たちはみんな良い人だよ? ちょっと一癖あるかもしれないけどね」


「そりゃ不安にもなりますよ。一応、あのモンスターと戦う魔法隊の一員になるんですから」


 むしろ、こんな状況でのんきに鼻歌を奏でている千詠が異常だと思う。まあこいつは魔法隊に入るわけじゃないから他人事なのかもしれないけど。


 そうして車で移動すること二時間半。俺たちはようやく魔法省が管轄する地域に到着した。

 どうも魔法省自体急遽設立されることになったため、今は郊外に仮設された基地のような場所が魔法省になっているらしい。事務所のような場所もプレハブ住宅のようなもので、正直あまりお金がかかっていないのではないかと感じてしまった。

 

「この魔法省も国の上層部が全員協力的って訳じゃないんだよ」


「え? なんでですか? 一応国の機関なんですよね?」


「そりゃあ、魔法なんて使わなくても今の科学技術ならモンスターくらい簡単に撃退できるだろう、という話さ。実際、それは否定できない」


「じゃあなんで魔法省なんか……?」


「それはあとで説明するよ」


 藤井さんはそう言ってプレハブの前に車を停めた。

 千詠は基地内にある仮設住宅で生活することになっているので、魔法省の職員らしき人に連れていかれた。


 俺と藤井さんがプレハブに入ると、数人の隊員らしき人たちがいた。しかし、それぞれ仕事をしているようには見えない。筋トレをしていたり、目の前にお菓子を山ほど積み上げていたりと、無法地帯のようである。


「みんな、注目。今日から魔法隊のエンジニアとして入隊する多々良拓也くんだ。いろいろ教えてやってくれ」


「よ、よろしくお願いします」


 藤井さんの紹介を受け、俺が軽く挨拶をすると金髪の若い男性隊員が俺に近づいてきた。


「やあ、多々良くん! 僕の名前は永田ヒカルって言うんだ。僕のことは『王子』と呼んでくれ! よろしく!」


 キラン、と効果音が流れそうなほどの眩しい笑顔で手を差し出されたので、とりあえず握手しておいた。にしても、『王子』か……。さっき、自分のデスクでずっと鏡を見ていたし、かなりのナルシストのようだ。実際、めちゃめちゃイケメンだし。


「こんな奴だが、魔法の腕はかなりのものだぞ? 王子は土魔法の使い手で、足場を作ったり壁を作ったり、と補助的な役割を頼んでいる」


「へえ、土魔法ですか……」


「もっと僕にふさわしい派手な魔法が良かったんだけどね。隊長が僕にしかできない役割があるってスカウトしてくれたんだ」


 藤井さんのことだから、上手い事口車に乗せたんじゃないかと考えてしまったが、追求するのはやめておこう。俺も、弱みを握られているわけだし。


「エンジニアって……。ただでさえ人不足なんですから戦える人を集めてきて下さいよ」


 王子と話していると、機嫌の悪そうな顔をこちらに向け、藤井さんと話している一人の女性隊員がいた。千詠と同い年じゃないか、というほど若く見える。


「そんな態度を取るな早紀。一応、私たちの進退が彼にかかっていると言っても過言じゃないんだぞ?」


「……へえ、こんなのが?」


「こんなのって……」


 お前みたいなガキに言われたくねえよ。どうみても高校生じゃん。


「まったく、少人数なんだから仲良くやってくれ……。多々良くん、あそこで筋トレしてるのが立花武志。そして向こうでお菓子を食べているのが凪沙織だ。後程挨拶を済ましておいてくれ」


「わ、わかりました……」


 入隊初日、ここでやっていけるかどうか不安になってしまう俺だった。




  ◇◇◇



「それじゃあみんなは訓練に向かってくれ。多々良くんはこの場に残ってくれ」


 俺の紹介が終わりしばらく経った後、藤井さんは隊員たちにそう声を掛けた。

 すぐにみんなは事務所を出て行ってしまったが、俺は一つ気になっていることを尋ねることにした。


「訓練って、いったい何をしているんですか?」


「ああ、それも含めて今から話すよ。さあ、座って」


 藤井さんはそう言ってソファに腰を掛けた。俺もその対面のソファに腰を掛ける。


「まず最初に話しておかなければならないことがあるんだ」


「……それってもっと前から言っておくべきことじゃ?」


「ハハハ、まあ一応国家の機密情報なんだ。さて、結論から話そうか。……三か月後、この世界は『絶望の日』を迎えることになる」


「絶望の日……? なんですかその物騒な話」


 もちろん、そんなことがメディアに取り上げられているわけもないので、初耳の情報である。


「もう少し詳しく言おうか。三か月後、この世界はモンスターが溢れ、地獄のような世界に変わってしまう、らしいんだ」


「……は?」


 何言ってるのこの人?

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