第5話 天秤
「あれは、ですね……物心がついた時にはすでにあった穴で……」
「そうなのか? そんなに昔の穴なら朽ち果てていてもおかしくはないと思うんだけどね?」
そ、そうだよな! くそっ……良い言い訳が思いつかない。というよりも、どんどん追い詰められているような感覚がある。溢れ出てくる冷や汗が止まらない。
「まあ、君が何を隠しているのか大体想像がつく。大方、魔法具の実験で着いた傷なんだろう?」
「それは……」
ついに核心をついてきた藤井さんの質問に対し、俺は言葉を詰まらせた。
はあ、どうやらチェックメイトのようだな……。
「お兄ちゃん……」
千詠に視線を向けると、不安そうな表情を浮かべながらも軽くうなずいていた。
もう大体バレているようだし、観念するしかないか。
「これから見せるものを世間に公表しないと約束してもらえますか?」
「うーん、まあこういうことがあっても不思議じゃないとは思っていたけど……その条件を飲む代わりに私のお願いも聞いてくれないかな?」
「交換条件、ですか?」
俺がそう言うと、藤井さんはとびきりの笑顔を見せて右手を差し出した。
藤井さんもかなり容姿が整っているので、普通であれば惚れてしまったかもしれない。
しかし、その笑顔は俺から見ると悪魔のような、魔女のような悪い笑顔にしか見えなかった。
「条件は、魔法隊への入隊ですか?」
「物分かりが良くて助かるよ。給料もしっかり出すし、もし心配なら妹さんも連れて行っていい」
「はあ……藤井さん、俺がもう断れないって知ってますよね」
「まあね」
もう後には引けない、と思い俺は藤井さんの手を取った。
「条件は悪くないみたいですし、その話受けることにします。ただ、後からこの話を無かったことにしたら許しませんから」
「その点は安心してくれたまえ。すでに入隊申込書などの書類関係は持ってきているんだ」
「……準備が良すぎです」
この女性にはどうあがいても敵わない、とため息を吐きつつ、俺は自分の部屋から木刀型とリボルバー型の魔法具を取ってきた。
「これは……見た目だけ、ではないんだね?」
「ええ、木刀のほうは魔力を通せば金属より硬くなりますし、リボルバーの方は実際に撃つことができます。さっき指摘された大木の穴も、このリボルバーで開けました」
「多々良くんだけが扱える、というわけじゃないんだね?」
「ええ、だからオークションサイトにも出品しなかったんですよ。千詠にも物騒すぎると言われてましたし」
俺がそう伝えると、藤井さんの取り繕っていた笑顔が若干引き攣っていた。
信じてもらえないのだろうか?
「気になるなら藤井さんが撃ってみますか? 裏の雑木林は人が全く出入りしないので」
「そ、そうか。まあ、良い機会だし試させてくれ」
そうして俺たちは家の裏にある大木の前にやってきた。そこには以前リボルバーで打ち抜いた大穴がぽっかりとあいていた。我ながらすごい威力である。
「リボルバーに魔力を込めるイメージを考えれば、少し魔力が吸われる感覚があると思います。その後、引き金を引けば魔力の弾が発射されますよ。反動は意外と少ないから安心してください」
「へえ、たったそれだけか。ずいぶん簡易的なシステムだな……」
藤井さんはそう言いつつも、リボルバーを大木に向け始めた。すぐにリボルバーの銃身が光り、ドオオオンという激しい音と共に弾は発射されることになった。
大木には以前と同じようなサイズの大穴が開いていた。使う人によって威力が変化するということも無いようだ。
「多々良くん、君はこれがどのような性能なのか本当に把握しているかい?」
「え? そりゃあ、まあ。こんな威力の魔法具が作れるなんて、一歩間違えたら犯罪者に……」
「そういうことじゃないんだよ!」
藤井さんは先ほどの様子とは打って変わって、余裕のないような表情を浮かべてそう言った。
「多々良くん、この魔法具で消費する魔力はどのくらいか分かっているかい?」
「感覚的にはたくさん撃てる、ってことくらいしか……」
「そう、そこなんだよ。魔法隊の隊員は色々な魔法が使える。それもかなり威力の高い魔法がね。ただ、威力の高い魔法はその分消費する魔力が高いんだよ。それなのに、多々良くんの魔法具は消費魔力がかなり少ないのに簡単に高威力の攻撃ができてしまう。これは普通じゃないんだよ?」
「そ、そうですか」
まくしたてるように早口で説明してくる藤井さんに、俺は何も言えなかった。
だって、魔法具を比較できる機会もなかったし、世間一般の普通が分からなかったんだよ。
「はあ……多々良くんが想像以上に規格外だということはよく分かったよ。約束通りこのことは世間には公表しない。むしろ公表できないけど。ほら、多々良くんも約束を守ってもらうよ?」
「はい、わかりました……」
こうして、日課だった魔法具作りが原因で、魔法隊への入隊が確定してしまうのだった。
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