第32話 ここから


 夜が明けた。

 窓から差し込む陽光で、刻哉は目を開ける。

 視線を左腕に向ける。そこには、リコッタが丸くなって眠っていた。刻哉の腕を抱き枕のように抱えて、安らかな寝息を立てている。時々、ふさふさの耳が小さく動くのは、何か夢を見ているせいだろうか。


 反対側を見る。

 刻哉の枕元で、フィステラが目を閉じて休んでいた。

 正座している。

 精霊である彼女は、どうやら横になって眠る必要がないらしい。ただ、こうして外界の刺激を断ち、静かに目を閉じていると心地良いとのことだ。

 睡眠が趣味の領域とは、羨ましい限りだった。

 刻哉たちの睡眠の邪魔をしないためか、周囲を舞うマナの蝶が輝きを抑えている。この配慮は彼女らしいと刻哉は思った。


 小屋の中に空調などない。木組みのシンプルな造りは、現代の計算された断熱構造とはまったく異なる。

 耳を澄ませば聞こえるか聞こえないかくらいの、鳥の声。梢のさえずり。

 光のカーテンに浮かんでは影に消えていく、細かな埃。

 刻哉の眠気を一瞬で覚ます、異世界のリアルがここにあった。


 刻哉が目覚めたのを感じとったのか、フィステラとリコッタがほぼ同時に目を覚ました。

 ふたりに「おはよう」と声をかける。それぞれの言葉で返事があった。

 不思議な感覚だと刻哉は思う。

 これまで、実父母はおろか養親となった祖父母とすら、朝の挨拶をまともにしてこなかった。祖父母にとって刻哉は、強大な権力者から問答無用で管理を押しつけられた『触らぬ神』である。そして刻哉もまた、腫れ物扱いに慣れきってしまっていた。

 おはようと言えて、おはようと返される。

 これが世の人々が当たり前に行っている朝かと考えると、妙な感慨があった。


 寝床から抜け出し、外へ。

 森の空気は小屋の中よりさらに清浄だった。とてもフォレストベアやトレント、スライムが闊歩かっぽしている場所とは思えない。

 その原因は、おそらく――。


「おはよう!」


 刻哉は声を張った。

 相手は、今朝もそこにいるヴァルトドラゴン。

 彼――彼女かもしれないが――は、やはり面倒くさそうに刻哉を見ると、低く唸った。

 挨拶を返してくれたのだと、刻哉は好意的に捉えた。

 そんな彼の様子を、戸口からフィステラとリコッタが、畏怖混じりに見つめていた。


 ――朝食を軽く済ませ、片付け作業を再開する。

 刻哉は元々、こういう身体を使った地味作業は嫌いじゃない。リコッタとお揃いで腕まくりをし、ゴミ山へ向かう。


 そのとき、フィステラが遠慮がちに手を挙げた。


「あの。提案です。ここにある魔物の素材、すべて地粘材に分解してよろしいですか?」

「あ、そっか。その方が早いね確かに。けど大丈夫かい、フィステラさん。かなりの量があるけど」

「はい。お任せ下さい」


 表情とともに、周囲の蝶もぱぁっと輝く。

 ようやくやれることができたと、フィステラは張り切って取りかかる。

 アダマントドラゴンのときは地粘材化に時間がかかっていたが、あれはマナの量も質も別格だったためらしい。

 ドラゴンよりもずっと力の弱いモンスターの素材であれば、より早く分解できる。


 刻哉とリコッタは、ゴミ山の中から使えそうなものを選別していった。


 鼻歌を歌いながら、モンスターの素材を軽快に地粘材化していくフィステラを、リコッタが時々振り返っていた。

 ふと、獣人少女に袖を引かれる。


「――、――」

「ごめん。何を言ってるかわからないや」

「――、――!」


 身振り手振りでアピールされた内容を推測するに、どうやらリコッタは『外のドラゴンも精霊の力で何とかすればいい』と訴えているようだった。

 マナに分解する能力。アダマントドラゴンのことを考えると、相手がどれほど硬い鱗を持っていようとまったく問題ないはずだ。


 精霊少女に提案してみる。すると良い顔で「無理ですよ!」と一蹴された。


「私の能力は意志ある生物にはほとんど効果がないんです。以前、龍を分解できたのは、トキヤさんがほとんど原形を残したまま討伐してくださったからですから。その代わり、こうした牙とか毛皮とか、魔物の素材の一部はいくらでも地粘材にできます! 何でしたら、不要になった道具からでも!」

「ふぅん。やっぱりフィステラさんがドラゴンを倒すのは無理なのか」

「無理です!!」

「だってさ、リコッタ」


 両腕で『×』印を作ると、リコッタも真似た。思いっきり頬を膨らませ、精霊少女に何か言っている。

 フィステラがとても情けない顔で「無理ですよぅ」とこぼしていたので、きっと容赦なくダメ出しされたのだろうなと刻哉は思った。


「あ」


 不意に、フィステラがつぶやいた。

 少し黒ずんだ地面材が積み上がっている横で、精霊少女や周囲の蝶がその場に凍り付いている。

 直後、ガラガラッと荷物が崩れる音。

 見ると、小屋の壁の一部に穴が空いていた。そこから軽い荷が外へと転がり出てしまったのだ。

 穴の側には、小さな地粘材。心なしか、小屋の壁と同じ色に見える。


「フィステラさん?」

「ごごご、ごめんなさいっ! やることができて嬉しくて、つい調子に乗ってしまいました!」


 つまり張り切りすぎた結果、勢い余って壁まで地粘材化してしまったのだ。『不要になった道具からでも地粘材化できますよ』という彼女の言葉を、これ以上ないほどわかりやすい形で実践してしまったらしい。

 さらに。


「あれ。これは……炉、か?」


 フィステラが地粘材化を進めたことで、ゴミ山に埋もれていた設備が顔を出していた。

 簡素ではあるが、石と泥とで組まれた炉が壁面に設えられている。おそらく、リコッタの同志たちはここで武具の類も生産することを考えていたようだ。


 そして、炉の一部は綺麗に崩壊していた。まるで教科書に出てくる図解のように、内部が丸見えになっている。

 刻哉は腕を組んだ。


「うーん。やっちゃったねえ、フィステラさん」

「ごごごごごっ、ごめんなさいー!!」

「ちなみに聞くけど、一度地粘材化したものを元の姿に戻すことは?」

「あ、はい。できません」

「素直かつ明快な回答で助かるよ」


 これは、修理用の素材集めから始めないといけないなと刻哉は思った。

 彼の後ろでは事情を知ったリコッタが、ポコポコと精霊少女の腕を叩いている。フィステラはただただ縮こまっていた。


 刻哉は口元に手をやった。顔の下半分を撫でる。頬が緩んでいることに気づいた。

 ――稀代刻哉は、自分の自転車が盗まれたときでも表情を変えなかった男である。

 の失敗による状況悪化ごときで、目くじらを立てたりしない。

 むしろ今――彼はワクワクしていた。


「イチから創れるんだ。ここで。楽しくなってきたな」


 言葉通り楽しそうな顔をする刻哉に、精霊少女と獣人少女は目をしばたたかせていた。 





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