第7章~砂嵐~
悲鳴が様々な場所から生まれる。
人々が逃げ惑う。
たった今、
いわゆるクーデターである。
その
もう1人の
協力者は…
カン・テウン。
チャン・ノギョル。
ソル
4人はまず…
王の家・
王妃の家・
政の家・
王の宝箱・
世子の家・
を
ホン・ジュギルの執務室に王の使いが来て
そこには王と、
いぶかしみながら、ムアン大君とホン・ジュギルは挨拶をする…
話を切り出したのは、王であった。
『先の主客郞中の道中でリウ殿の護衛に向かったのは、ソル公主であったと聞いておるが
ムアン大君の背中に嫌な汗が一筋流れた。
『…その様に聞いております…』
と苦しみに満ちた声で答える。
ホン・ジュギルはどのような助け船を出せばいいのか…
を自身の
『ソル公主をこちらのリウ殿が
『!?…』
ムアン大君は、言葉が詰まり、何も出てこない…
結局、視線を下へ向けることしか出来なかった…
この申し出に、
ムアン大君の握った手からは、ポタポタと血が流れていた。
下を向いて反すうしていたホン・ジュギルがややあって、口を開いた。
『リウ様には、奥方と先月お生まれになった皇子がおられる聞いておりますが、ソル公主様はご
と進言する。
この発言は、場を変えれば、
しかし、親友の
ソル公主とカン・ジフの婚約を先日、竹馬の友の家族皆を呼んで、
幸せな約束を交わしたのは、互いに大切な友の子どもたちである。
嬉しくないはずがなかった…
幸せそうな若い2人は、若い頃の自分自身にも重ねられ、胸が温かくなり、
そこへきて、この話である…
これに対し、リウ
『
と食い下がる。
『道中に乱入した
ジュギルの
王も王で、ヘジョのことは耳に入っているはずであるが、何も言わぬままであった…
この場で、ヘジョの葬式は本日であり、
ジュギルにとって、世の
ジュギルの心が
『一度持ち帰り
とムアン大君は、
『あい、承知した。
と弟の苦悩を知ってか知らずか…王は答える。
ジュギルは、親友のムアン大君に掛ける言葉が見つからなかった。
ムアン大君も、親友に兄の
どこへ向かっているのか分からず、ゆっくりとした足取りで進むムアン大君の少し後ろをジュギルはついて行く。
『一度屋敷へ戻ることにする。この話はわしとジュギルの話で止めておいてくれぬか。』
どれくらいの時間、
ぽつり、とムアン大君は口にした後、静かに
ホン・ジュギルは執務室に戻り、静かに考えていた。
自分たちに何が起こっているのか。
果たしてこれは現実であるのか。
まだまだ
可愛い盛りであった、ヘジョ…
子を失う辛さは身を削る思いである。
ジュギルが執務室を辞したのは、明け方近くであった…
ムアン大君は雅都宮を後にし、そのまま屋敷へは戻らず、
先日のソルとジフの婚約を披露する宴での2人が幸せそうにはにかんだ笑顔が
ジフの父、カン・テウンとは喜びを分かち合い、共に子どもたちの幸せを噛みしめ、互いの子どもたちの将来に期待を膨らませた。
テウンにも会わねばならぬ…
ジフにも話さねばならぬ…
シムソの意識は戻ったのだろうか。
時折、痛みに顔を歪ませていた息子の顔を思い出す。
自身に振りかかる災難を受け止める心が未だ定まらぬまま、夜が明けていった。
ホン・ソンギョンは、夢の中をさまよっていた。
真っ暗やみの中で、少し離れたところにいる妹のヘジョが一生懸命に何かを姉のソンギョンに伝えようとしている。
『ヘジョ?何?今、そちらへ行くわ。待っていて…』
と話したところで、ヘジョが消えた…
『ヘジョ?どこ?』
と首を左右に動かして探していると、親友のソル公主がソンギョンと手を繋いでいた。
『ソル…ヘジョがね…』
と話したところで、ソルに抱きしめられる…
体が離れると、ソルが泣いていた。
『ソル?…どうしたの?』
と聞くと、後ろから肩を叩かれる。
振り向くと、大好きな笑顔のシン・ジョンウだった。
『あのね、ジョンウ…ソルがね…』
と話ながらソルに顔を向けると、ソルはいなかった…
ジョンウに振り向くと、ジョンウも消えていた…
大切な皆が消えてしまった真っ暗闇は、寂しさと
涙が止まらなかった。
涙を流れるままにしていたら…
いつからか、手が温かくなった。
遠くから、大好きなジョンウの声も聞こえる。
ジョンウの声に耳を澄ますと…
辺りが明るくなってきたところで、ソンギョンは目をつぶっていた自分に気づき、真っ暗やみは
と同時に、目を開けるとジョンウの顔が見えた。
『…ジョン…ウ…?』
愛おしくてたまらないソンギョンの可愛らしい声が自分の名前を呼んだ、気がした…
ソンギョンが眠ってしまってから、
今回も自分の願望がそうさせるのだろう…
と苦笑いをしながらソンギョンの顔を確認すると、目が開いていた。
『!?…ソンギョン?目が覚めたのか?』
ソンギョンがこのまま目を覚まさずにいたらどうしよう…
とジョンウは不安でたまらなかった…
ソンギョンへの思いを込めて手を強く握った時、頬に涙が流れるのが分かった。
『よかった…』
ただただ思うこと、思いつくこと、言葉にできることは、これだけだった。
ソンギョンは、ジョンウの頬から流れる涙を定まらな意識の中で眺めていた。
ジョンウが泣いている…
大好きなジョンウ。
何かあったのだろうか…
ジョンウを悲しませる何か。
『ジョン…ウ…?どうして泣いているの…?』
ソンギョンがそう聞きながら、起き上がると…
ジョンウに強く強く抱きしめられた。
ジョンウとジョンウの匂いに包まれて、目を閉じる…
と、唇に何か柔らかなものが当たる。
しばらくすると唇が離れ、
ジョンウにつられて笑顔になると、また、抱きしめられた。
ジョンウの匂いに再び包まれる。
『ずっとこうしていたいけど、皆が心配している。祖父どのに、ソンギョンが起きたこと、伝えてくるよ。もうしばらく横になって。』
と、耳元でささやくと、布団に戻された。
横になったソンギョンの頭を数回、優しく撫でると、おでこに唇を優しく当てて、立ち上がり部屋を出ていってしまった。
ひとりきりになって、反すうする…
自分は一体何をしているのか、していたのか…
を。
思い起こすと、自身の記憶が途切れたのは、通りの向こう側にヘジョが倒れ、シムソ君が
ジョンウは、ヘジョやシムソ君、ソル公主の話は何もしなかった…
確かめることへの恐怖で誰にどう切り出すべきか、考えあぐねていると、部屋のドアが開いた。
『ソンギョンや、痛むところはないか?食べたいものはないか?欲しいものはないか?じいに何でも言うんじゃぞ。わしから
祖父はソンギョンの顔を見て、
意識を失って、早10日…
そろそろ諦めの
年甲斐もなくジョンウに呼ばれて、走ってきた…
足元を見ると、片足だけ靴を履いている。
ヘジョのこと、ソル公主のこと、いつまでも隠し通す訳にはいかぬが、今しばらくソギョンには自分のことだけを考えて、身体を休ませてほしいと、ヒョイルは願った。
あと、2、3日でいい。
このまま、しばらくこのまま…
『ジョンウや、少しソンギョンを休ませてやってはくれぬか。頼みたいこともある、少し話せるかの?』
この
『ジョンウや、ヘジョとソル公主の話はソンギョンにはしておらぬな?』
部屋を出て、廊下の曲がり角まで来て祖父ヒョイルは声を
『今は身体の回復に、心の負担が影響するのではないかと、何も話していません。ただ、ソル公主は来週には
と、同時にソンギョンを大切に思う気持ちが伝わってくる。
ヒョイルは考えた…
真実を知る日は必ずや、やって来る。
ただ、その時期を選ばねばならぬ。
間違えてしまうと、ソンギョンの心に大きな黒い染みが出来るであろう。
ジョンウは、一度自らの屋敷へ帰ることにした。
屋敷への道すがら、この先のことを考えていた。
何よりもこの様な状況であるが、ソンギョンが近くにある、と言うことだけで、ジョンウは幸せであった。
屋敷へ帰ると、ソルとジフが待っていた…
『お久しぶりですね、ソル公主、ジフ殿。』
ジョンウは、疲れきった表情を浮かべる、ソルとジフに驚いたが、2人に気取られずにいられるよう、表情を固く引き締めた。
『
とソルから切り出した…
『はい…。先日、ソンギョンのお祖父殿からうかがっております。何とお伝えしてよいやら…。』
と、どう話していいのか分からず、何も言えぬままのジョンウであった。
『ジョンウ殿に願いがあって、訪ねてきたのだ。ジョンウ殿のお父上は商いをしており、船をお持ちだとか。ソルは、陽国までの道中、
ジョンウは黙ってしまった。
黙ることしかできなかった、と言う方が正しいかもしれぬ…
やつれきった2人を
そして2人ともに、着の身着のまま春港まで来たことも明らかであった。
しかし、だ。
自らが咎められることがあれば、害が父や店、使用人にまでも及ぶのは明らかである。
だが…
ソンギョンの大切な2人であることも知っている。
どうしたものか…
返答が出来ずにあぐねている、と言う状態であった。
と、そこで父が部屋へ訪ねてきた。
『失礼致します。』
父の声と共に、部屋の扉が開く。
『ソル公主、ジフ殿、お久しゅうございます。ソル公主、お美しくなられましたな。ジフ殿、立派にご成長あそばされました。お2人とも本当に大きくなられました。息子と通りを走り回っておられた日が
父はゆっくりと、2人の眼を代わる代わる見つめながら続けた。
そして、大きくひと息入れてから話始める。
『今回のお話、この
父が床に手をついて頭を下げていた。
ソルとジフの話を聞いていた時、ジョンウの
しかし、父が頭を下げる姿を見て、これ程のことであったのか…
と改めて思う…
と言うより、口からこぼれ出る何かを止めることができた。
しばらくもせず、ソル公主とジフはジョンウから
ジョンウも分かっているのだ。
もし、ソンギョンがソルと同じ立場に立たされたら、手当たり
ただ、ジョンウは
自分の行動ひとつが、様々な形で
この話は祖父殿に相談するまでもなく、ソンギョンには知らせずにおこうと考えている。
また、ソル公主にソンギョンの
と言い出しかねない。
これは知らせられぬ、とジョンウの勘が
ここまで考えたところで、はっと気付く…
ソンギョンに
『すぐに戻る。』
と約束してから、かなり時間が過ぎてしまっていた。
急いで屋敷を後にして、ヒョイルの店のソンギョンのいる部屋へ戻ろうと、屋敷を出たところで、ソンギョンの次兄・ダオンに出会った。
『いましがた、
いつもは笑顔で迎えてくれるダオンの表情が固い…
『ソル公主の話は聞いているか?ソル公主のことで、ソンギョンが胸を痛めて何かに巻き込まれることを父上が
ダオンはジョンウを覗き込むようにして確認をする。
ジョンウに何かあれば、必ずソンギョンの心が痛む。
それは、避けたかった…
『はい…頼まれた話が話だけに、返答に困り、黙っていたところを、父に助けられました。部屋の外で話を聞いていたのか、突然部屋に入るや否や、私への頼み事を取り下げて欲しい…と頭を下げておりました。』
ジョンウの話に、ダオンは胸をなでおろす。
ソル公主やジフは、ダオンにとっても昔なじみであり、出来ることならば聞き届けてやりたい相手でもある。
しかし、今回ばかりはそうはいかぬ。
ソル公主の次は、ソンギョンに
想像だけでも恐ろしいことであった。
『ソンギョンは先ごろ目覚め、ソル公主の話を知らぬままである、と馬が来たので、そのうちに都城の屋敷へ運んでしまおうと、父に言われてな、迎えに来たのだ。ソル公主の話を聞いたら、黙ってはいないだろうと思われてな。』
ダオンは、ため息混じりに話す。
『私もちょうどソンギョンの元へ参ろうかと考えていたところです。ご一緒致します。』
と話すジョンウにダオンは首を振った。
『ソンギョンには、何も伝えぬまま眠らせて運ぼうと考えておるのだ。私に会えば必ずや、ヘジョの話、シムソ君の話、ソル公主の話、を聞きたがる。それではまずいのだ…。』
ダオンは、
ジョンウも分かっていた…
妹を、眠らせて運ぼうなどと、そのようなことを可愛がっている妹にしたい兄はいない、のである。
しかし、ジョンウは引き下がらなかった。
『他に方法はないのでしょうか…。ソンギョンが全てを知った時、必ずや心を痛めます。』
ソンギョンは昔からずっと、大切に大切に育てられ、心身にいかなるシミもできぬよう、あらゆる障害から守られて育った、洪家の
心優しく育ったソンギョンが、今回の話を知った時、心を痛めるだけで済むとは思えぬ、ジョンウであった…
しかしヘジョが亡くなり、娘を失う恐怖に囚われている、ホン・ジュギルにとって、命を守ることに関心ばかり向いており、娘の心を守ることまでは考えが及ばぬ状態であるのであろう…
『ソンギョンを迎えに行き、眠ったらすぐに都城へ向かうつもりだ。悪いが、ソンギョンに会うのはまた次の機会にしてくれぬか?』
ダオンにそう告げられ、ジョンウは黙ったままダオンを見送った…
『祖父さま、ダオンが参りました。』
店の戸をくぐりながら、ダオンがヒョイルに挨拶をすると、奥からヒョイルが現れた。
『おお。都城からの馬で大方の話は聞いておる。もうすぐソンギョンに菓子を出そうと思っておったところじゃ。薬は用意してあるの?
ヒョイルに促され、水刺間へ向かうダオン。
自分が恐ろしいことをしていることは承知している…
が、立ち止まって考えてしまうと怖くなるので、考えないようにし、水刺間へ急いだ。
ダオンの心中には、家の為、誰かの為、の思いではなく、ただただ可愛い妹たちの笑顔だけが心にあるのだ。
しかし、可愛い
すぐ下の妹は、流行り病でソンギョンが生まれてすぐに亡くなっていた。
ダオンは今回のことで二度も妹を失っている…
当然の事ながらもう…
嫌なのである…
水刺間へ到着し、
それを手に、ソンギョンが休んでいる部屋へ向かった。
扉を開けると、ソンギョンは床で起き上がって本を読んでいた。
ダオンの姿を確かめると、顔がみるみる華やいだ。
ダオンはソンギョンの笑顔を見て、自分のしていることは間違ってはいない…
と何度も反すうしていた。
『お兄様お久しぶりでございます。屋敷の皆は元気にしておりますか?父上、母上はお元気でしょうか?』
ソンギョンが眠っていた
『土産を持ってきたのだ。もう何でも口に出来ると聞いてな。茶も用意させたゆえ、共に楽しんでくれ。』
先ほどの茶を勧める…
『美味しい…。』
嬉しそうに好物の菊茶と菓子を楽しむソンギョンを黙ったままじっと見守るダオンである。
『お兄さまは召し上がらないのですか?菓子も茶も本当においしいですよ。』
茶を飲み干し、菓子も平らげたあたりから、ソンギョンが眠そうにし始めた…
『まだ
ダオンが優しく
しばらくすると、部屋に祖父が入ってきた。
『ソンギョンは休んだかの?…こんな形でソンギョンを送り出すのは心残りであるが、都城の屋敷の方が安全であるから致し方ない…であろうな。ダオンや、ソンギョンを頼んだぞ。事が落ち着き、快癒したらまた、都河港にいつでも参るように伝えておくれ。じいは、待っておるゆえな。』
眠りについているソンギョンの頭を優しく何度も撫でる祖父のヒョイル…
と、そこへジョンウが
『ソンギョンを見送りに参りました…失礼致します。』
そう告げて、扉を開ける…
『少し前に眠りについた。また事が落ち着き、快癒したら、話し相手になってやってくれ。ジョンウといる時のソンギョンはとても笑顔が多い。世間がざわついておるゆえ、ジョンウもくれぐれも用心するのだぞ。軽はずみな行動がいかに命取りになるか、分かっておるな。そなたに害が及べば、ソンギョンが悲しむ。それに、私も苦しい。自らを大切にするのだぞ。』
弟のようなジョンウの世話を焼く兄のようなダオンの言葉に、ジョンウは黙って頷く。
ジョンウは、眠っているソンギョンの頭を優しく撫で、額に口づけをする。
そして、袖から綺麗に装飾されたポンジョム(かんざし)を取り出すと、ソンギョンに握らせた。
二人だけの秘密であった約束を、
婚姻をした女性は、髪を結い上げて留めておく道具としてポンジョムを使用する。
だからこそポンジョムは、婚約の
ソンギョンが握らされたポンジョムは、ジョンウがソンギョンにいつか渡したいと夢見ていたもので、随分前から大切にしまってあったものである。
「また会える日を楽しみにしている」
と言う約束をポンジョムに託したジョンウは、その日ソンギョンの
あの事件以来、皆が不安な日々を送っていた…
斬りつけられた当事者だけでなく、その家族、それを取り巻く人々…
その人々と繋がりのある人びと…
皆がみな、他人事ではなく、ある日突然自分や自分の家族に、いつふり掛かる不幸であっても不思議ではない、鮮国には当たり前の光景であった。
鮮国に住む誰もが平等に担わなければならない、暗く重い
王の権威が内外にあれば、鮮国民が担わなければならない重圧が少しでも軽減されたのであろうか…
終わりの見えぬ苦しみに、皆の感情が悲鳴をあげていた。
~
【砂漠などで起こる、強風によって巻き上げられた砂が空に高く渦巻く現象。】
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