壱 堕とす
雨の日は最高の日だな。
私の大好きな泥濘みが力を増す。
彼らと私はきっと一緒になれるんだ。
ほんと楽しい。
「夢みたいね」
こんこんとダイコンを切って、ニンジンも切って、
切った野菜は火にかけた大きな鍋にぼたぼた入れる。
野菜が楽に噛めるくらいの硬さになったら薪を少し離して火を弱める。
そこにお味噌を溶かす。
「よし。美味しい」
お味噌汁をお椀に移して、他の料理と一緒に大広間に運んでいく。昼間はずっと
田舎の小さい両替商だから雇われて仕事をする女中も私を含めてたった3人だけだった。
ご飯一式が並ぶと、ここの家主であり、取締役の
「いただきます」
「いただきます!」
和田のビリビリと痺れ、威厳ある掛け声の後に、女中含めた皆が復唱した。
11人の男達が私らの作った料理をがむしゃらに食べている。こんな彼らを見ていると、私は彼らを支配している気分が味わえるからご飯の時間は好きだ。
「
「ああ、なんか、こう、疲れた身体に沁みてくるよな」
「姫弍ちゃん可愛いのに相手いないんだ。いっそ俺が嫁に欲しいくらいだ。そして家に帰ったら姫弍ちゃんのお味噌汁と他の料理をたべたいなぁ」
「いえいえ、私なんて未熟者ですから。松倉さんにはいい女性がきっと巡ってきますよ」
「こういう謙虚なとこもまーたいいんだこりゃ。オラがこの間行った遊郭の女なんざ、ワテが1番だ、いいやワテじゃみたいな感じだったんだぁ。まああれはあれでいいんだがな」
「海野はべっぴんさんなら誰でも良いんだろ」
彼らは使用人の私たちも分け隔てなく、気さくに楽しい会話の中に混ぜてくれる。おかげで昔と違って、寂しくて、辛い食事をしなくて済んでいる。彼らには感謝しかない。
この仕事に就いてから、私はたくさんの幸せを学んだ。今までの暮らしでは信じられないほどの楽しさが私を侵蝕しているものだから、もう過去のようにはなりたくない。だから私の身の回りにある危険要因はなんとしてでも排除しなければいけない。
さて、そんなことは置いといて、私には食事の時間の他にもう一つ好きな時間がある。それが睡眠だ。
この生活を始めてから何故だか寝付きが良くなって、たくさんいい夢を見れるようになった。これもきっと諭吉様や他の従業員のみんなのおかげだな。本当に感謝してもしきれないな。
「明日の朝ごはんにはワカメをいれようかなぁ。今日もいい夢が見られますように」
私は静かに目を瞑った。
……敵だ…………
うみ…の、、きょうへい
死すべき存在…
姫弍……、、
………………………………………………
己を守れ
「えぇ!!こんな立派な味噌汁に入れちゃっていいんですか!?」
「いいのよ。今日はわたしが焼いてだすよりも、あなたがいつものお味噌汁で出したほうがみんな少しは楽になるはずだわ。お願いね?」
「任せてください!」
同じ女中の中井さんが焼き魚に使う用だった鮭を私の味噌汁に使っていいらしい。
今日は朝からみんな絶望したような顔だった。でもそれは私もそうだ。落ち込んでいるけど、でもみんなには、とってもお世話になったみんなのために、私は美味しい味噌汁を作らないと。
「お夕飯ができました〜」
「おう、食べよう」
バラバラで新聞を読んだり、帳面を見つめていたみんなが集まってきた。1人分がポッカリと空いている。それに和田が少し気まずそうに言った。
「あー、、英輔と真は、そこいい感じに詰めろ」
「あ、はい。わかりました」
あれ、なんで今日こんなに空気が重いの?ちょっと重いのは仕方ないと思って身構えてたのに、これは重すぎないかな。嫌だよ、楽しくないご飯は。
「あー、和田さん、海野さんのご家族はお元気でしたか…?」
「あぁ。だが、酷い顔をしていた」
「そっすか」
沈黙が続くと私は苦しくなる。嫌だ…。
「あの、みなさん。私も辛いです。確かにみなさんの方が長い付き合いだから悲しいのは当たり前だと思うんですけど、きっと海野さんも、今のみなさんみたいに落ち込んでいる姿は見たくないと思います。だから、明日からも頑張りために、楽しく食べましょ?」
「そ、、、そうだな。俺らが楽しく明るくやってねえと、海野の野郎が安心して天国さ行けねえじゃねえか!」
「そうだな!切り替えるぞ!」
よかった。また戻ってくれた。
今日、ちょっと美味しくないな。ちょっと動揺してたのかな。
…、お味噌汁、ちゃんと美味しくしなくちゃ。
おい!こんなん誰が食えるんだ!!
てめえは砂でも舐めてろ!
てめえは料理しかできねえんだ!!
帰り……散らせ……
はらだ…、、、こう、き
くる、、しい、、
最低……
….……………….…
正義の釘が落とされる時だ
私はよく頭の中にかっこいい女性の声が聞こえてくる。
彼女からの声が聞こえると私は心が躍る。
そして、厨房にある包丁を握りしめて、下ごしらえを始める。
今日も私は聞こえたから、材料を取りに行く。昼間だと取れないものだから、暗くなった時間帯に私は忍び足で行くの。
大きな寝息を吹きながら寝ている間抜けな材料の肩に私は包丁を突き刺す。
叫ばれては困るの。襲われたことが周りにバレてしまう。だから私は傷を負わせる時には敷布団に顔を、掛けてある布団で押さえつけて刺している。
肩を刺したあとは一度血を舐めてみるの。食材本来の新鮮な味を確かめてみたいものね。
あら美味しい。早くしないと色が暗くなっちゃうわね。
気を失ってグッタリとした身体を背負って私は夜の田舎を走る。
私の真の厨房は山にあるの。
それから私はその自然に生まれた鍋を育てるように材料を見つけては鍋に入れた。
“いつかできる料理は私のものになって欲しい”
そんな願いを込めながら私は作る。
材料は彼女がきっと美味しいものを厳選してくれているんだと思ってる。だから私はこれからも頑張るんだ。
それなのに、迷惑なことは必ず起きる。
岡っ引きが私を訪ねてきた。
料理をやめるわけいにはいかない。
そう思って私は、せめてもの復讐をと包丁で千世の横腹を斬りつけて、そして逃げ出した。
明るいうちに走るなんて大変だからしたくはないけど、背に腹は変えられなかった。
いつも野菜や肉を買うお店に並ぶ商品を私は落としていった。岡っ引きの連中がいつも私に贔屓してくれるおばあちゃんの大事な野菜を踏みつけてしまうのを見るとイライラした。
私は生き辛辛に、穂浪山へと逃げ込んだ。
「ここまできたら追って来れないはず……」
気がつけば雨が降っていた。泥濘んで歩き辛い山道だ。流石に岡っ引きの連中も登るのは諦めるはず。
イライラしていると私はハッとし、私は獣道を走り、厨房に向かう。変わった匂いのする私の鍋は雨に打ち付けられて、力を増していた。
美しいと思った。だけどその分腹がたった。もう下には降りれないのだから……。
降りたら私は捕まって町奉行に引き渡される。そんなの許せないわ、まだ料理を作り終えていないのに。
完成させるには選りすぐりの食材を使わないといけない。そのためには……、私がやらないと……、、、。
「あれ?」
私はとあることに気がついた。
「食材集めはわざわざ私がやらなくてもいいじゃない」
私は鍋の中に足を入れた。私の足にドロドロとしたものは引き摺り込むようにまとわりつく。私は体から力を抜いて寝転んだ。
「ひんやりしてて気持ちいいなぁ」
私は手に持っていた包丁で自分の太ももを刺した。真っ赤な血が溢れ出てくる。雨でサラサラと流れる血は鍋に注がれていく。
「流石に痛いなぁ」
太ももから抜いた包丁を次は横腹に刺した。
全身に痺れるような衝撃が走ったが、それはすぐに感じなくなった。
私は包丁を鍋の外へ放り投げた。
「もっとちゃんと投げればよかった。そうすればもしかしたらうざったい奴らのどいつかには刺さったかもしれないのに」
私は朦朧とする意識の中で誰かを呪えたらと後悔しながら、私は死んだ。
いつか私が目を覚ました時、また食材を探しに行かないと。今度はあっちから鍋に来てもらおう。きっとここでならできるはずよね。彼らに呼びかければ、きっと自ら食材となってここに堕ちてくれる。それできっといつか料理は完成する。
ああでも残念ね。きっと私以外の誰かはこれを鍋とか料理とは呼んでくれない。ただの沼とか泥濘と呼ぶわ。でもいいの。私だけが料理と認識していればこの子はそうある。そうね、きっと夢のような子になるはずだわ……。
これはきっと始まりに過ぎないの。だってまだまだ料理は始まってもいないもの。ここで私がいなくなるのは悲しいけれど、でもいつか、この料理の終末を飾るのは私でありたい。
それまで一度、おやすみなさい。
夢沼に堕ちろ 大和滝 @Yamato75
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