肆 蝕まれる
汚れている自覚はあるんだ。だけど、原因がわからない。俺が汚しているのか、他の誰かが汚しているのか。いや、そもそもが…、※◉×
ガサ………………、ガサガサ…
黒く艶のある何かが寝ている俺の上を蹂躙している。そいつは俺の体に、黒くて少し重みのあるものをだした。それをだしたらソイツはどこかに行ってしまった。
ああ、そうか。でっけぇゴキブリだ。てことはこれは
どうでもいいか。
人間の宿敵のようなもんがでてきたんだ。目覚めがいい朝とはとてもいえない。
だけど、どうせただの夢だ。どうでもいい。正直言って、俺はゴキブリ以下かも知れないし、卵を産みつけられても仕方のない存在かもしれない。
俺は布団のすぐ横にある携帯を手に取り、職場からのメールを確認した。
「今日は2件ね。ぼちぼちってとこだな」
俺はすぐさま歯磨きやら着替えやらを済ませて家を出た。
ターゲットは桂花地在住の
「ってまあ、俺のやってることはクズの極みだよな」
俺の仕事はシンプルだ。暗殺、略奪、強姦等の、まあ簡単にいえば裏社会の何でも屋だ。それも業界の中では1番身近だ。簡単にネットで引っかかる。そんな浅くて広い層のところだから従業員もそこまで腕は利かない。俺もただただ人を殺したり、攫ったりすることに対して罪悪感も感じないクズなだけで採用された。
真っ当な人間になろうと思ったことももちろんあった。でも、高校の時、他人を半殺しにして学校は退学処分、そして少年院入り。少年院を上がっても結局ダメで、喧嘩しては補導されて、万引きすれば親呼ばれてで、とうとう愛想つかれて成人した瞬間に家を追い出された。
そんな人生だった俺がどう足掻いたところでまともな企業に就けるはずがなかった。今もそうだろ、俺の足元にある血溜まりと、男女の死体が証明してくれている。
「終わりました。ターゲットの他に、浮気相手と思われる女もいたので、依頼通り殺っておきました」
上司へ連絡を済ませてターゲットの家の窓から外へ出た。
朝っぱらから裸の男女を殺すなんて普通じゃねえよな。
次も暗殺か。だけど時間までまだまだ時間あるし、車で寝るか。
俺を迎えに来た車の中は酒くさくて眠れそうになかった。この
「おいマサ、酒飲むか?」
「いらないっすよ。てか酒くさいんでちゃんとゴミ捨ててもらえます?」
「マサ酒クソ弱いからなぁ。げっこ
「クソうぜえ。事故んないでくださいね」
「おうよ!まあどうせお前はそろそろ酒の臭いにやられて寝ちまうんだろから、事故っても気づかず逝けるだろ」
笑いごとじゃねえっつの。まあこの先輩は上戸だし、心配ないんだけどな。
「てか先輩。最近結構危険な依頼多くないっすか?」
「いやいや、いつも危険だろ」
「そうじゃなくて、企業のお偉いさんとか、大々的なテロとかが俺にはたまたま回ってきてないけど、最近そういうのがあるって聞いた。それで遂行できずにみんな死んでる。ああいうのって、俺らじゃなくてガチのほうの奴らに依頼するんじゃねえの?」
俺がそう聞くと先輩は苦い顔をした。
「そういやさ、お前ルーンってやつ知ってるか?」
「ルーン?なんすか?」
「知らねえのか。最近俺らの業界では話題になってたんだぜ。アジト潰しのヤベエ女ってな」
「アジトって、大分暗いほうのやつっすか?」
「ああ。それなりにエグい奴らも集まるとこだったらしいが、そこが爆発してな」
「爆発!?」
「まあまあ聞けって。とりあえず粉々になったんだ。そして、今では深く暗い闇の裏社会は崩れかけてきている。だから最近はこっちの浅い方に依頼が多いわけ。ってまあ、裏社会ってのはしっかり根は張ってるんだから今は崩れていても、そのうち戻って俺らのほうとの均衡は取り戻されるだろうよ」
ふーんと返して俺は目を瞑った。うざったい酒の臭いで瞼が重たい。
そんなとこで俺は眠ってしまった。
真っ黒で境界線もなくただただ黒くて無機質な空間。そんな空間に1人、ゴキブリの卵が張り付いた俺は立っている。
黒い空間に馬鹿みたいに目立つ真っ白な卵鞘。前は白かったか?俺は詳しくはないからわからないが、成長過程で色が変わるものなのか?
することがない空間でただただ彷徨っている俺は、突如何かに躓いたことに気がついた。
「なんだこれ、ノート?」
拾ったノートは俺の腹部にびっしりとある卵鞘と同じく真っ白だった。俺は何も考えずにノートの表紙をめくってみた。数学のノートだったようだ。二次関数、方程式…。俺が知っている単語もあったから、俺が退学になった頃と同じくらいのやつだろう。
ペラペラとページをめくっていくと違和感を覚えた。一瞬何が起こったのかわからなかった。今まで暗黒だったこの限りのなく広い空間は、真っ白になった。そして俺の持っていた白いノートは、黒くなっていた。
どうなってんだ?空間の色が全部反転したってのか?ノートの文字も丁寧に白くなって…、、
俺はノートを見ると、さっきまで持っていたノートは変わり果てていた。綺麗に整えられた数学のノートなんかではなく、小学生の自由帳みたいにグチャグチャに書かれた文字がある傷だらけのノートになっていた。
死ね?キモい?グズ?地味?ノロマ?
てめえらが死ねよぉぉぉぉ!!みんな燃えちまえ!!
不意にノートを手放してしまった。ノートは地面に落ちると消えてなくなってしまった。
派手にやってしまったな。
俺の周りは真っ赤に染まり、あたりには男女合わせて6つの死体があった。
朝っぱらからよくわかんねえ乱行現場を血祭りに上げることになるなんてな。普通じゃねえな。
俺はどうも悪運が強いらしい。去年の裏社会衰退期を生ききることができて、この業界でキャリアを積むこともできた。自慢のできる仕事ではないが、俺はここを離れることはできないみたいだった。
「終わりました」
去年の
「お疲れ様です。さすが仕事が速いですね」
「お前に言われてもな」
こいつは女のくせして殺しの才能がある。基本俺らはお互いの現場に立ち会うことはないが、ちょっと前にたまたま現場が被ってこいつの業をみた。
現場でのこいつはまるで人が違くて強気な態度だった。赤い短剣で斬り、銃で撃つ。無駄のない殺しをしていた。ただ一つ欠点を挙げるとすれば、服装が華やかすぎる。何を血迷っているのかはしれないが、コイツの服装は真っ赤なドレスだった。普通は仕事の時にはあんなフリフリしている服は動きづらいため着ないし、そもそも赤なんて目立つ色は着ない。コイツは本当になんなんだろうか。
「そういえば先輩って、どうして依頼要求が殺人系だけなんですか?私の知ってるうちの会社の男はみんな他にも強姦とか下のほう引き受けてますよ?」
「全部の男がそうだと勝手に思うな。そういうのは俺の仕事じゃない。俺は暗殺が1番得意なんだよ。勝手に転職だと思ってるんでね。そういうお前こそ殺人しか要求してないだろ」
「それくらいしかできないので」
「そんなもんさ」
女はチョコを一つ口に入れた。さっきからする甘ったるい匂いはこれか。
「先輩も一個食べます?美味しいですよ」
「ああ、それじゃあ一つ」
俺は受け取った四角いまるで宝石のようなチョコを口に放った。
口の中で噛むと中からドロッとした液体が溢れてきた。鼻にツンと匂いが刺し、口の中には苦味が広がった。
酒入りかよ…。。
真っ白な世界にまた俺はいた。俺の腹部…、いや腹部だけじゃなくて腕とか、脚にも、いつの間にか卵鞘は体中に張り付いていた。
去年以来だなこの夢。いつの間にか増えてるし、てか孵化してないのかよ。
またもあてもなく歩く俺はこの空間の以前からの変化に気がついた。真っ白なんかではなかったのだ。白の時は絶対になかった黒がポツポツとあるゾーンがところどころにあった。
なんだここ、乳牛みたいだ。前は統一性があって神秘的なとこだと思ってたのに、黒に侵食されているのか?
さらに進むと黒と白のマダラ模様のガラス瓶が置いてあった。手にとって見るとそれは香水だった。ちょっと高そうな瓶だ。
あたりに香水を噴射して見ると甘い花の香りがした。その瞬間、また空間が反転した。
すると持っていた香水は鋭利な包丁に成り代わっていた。そして辺りは香水の香りの中から不意打ちのように、むせ返るような血の匂いが鼻腔を刺してきた。
「気持ち悪い…」
香水の甘ったるい香りと普段の仕事で嗅ぎ覚えのある香りが混ざり合っている。それともう一つ他の香りが混ざっている。知ってる匂いだ。あ、そうか。高校生くらいの男子の股間からは誰からでも嗅げるあの臭いだ。なんだこの異臭は…。
アハハハハハハハハハ!!
頭がズキズキする。吐き気もしてきた。反転した…、のか?今、、
今日の依頼内容は、、
俺はスマホの画面を信じることが最初できなかった。
「鮮音日菜の暗殺…、動機不明…、これって」
ターゲットの写真に写っていたのは、一昨日も俺の迎えをして送ってくれた後輩だった。
俺は今日、コイツを殺すのか。依頼は絶対だ、いくら身内でも情けはかけれない。
「殺ろう」
いつもの黒の服を身にまとい、ナイフを腰にさし、拳銃を隠し持つ。
俺がドアを閉めた後の部屋は暑さで揺れていた。
今日のシナリオは単純だ。鮮音日菜との関係性は不明だが、依頼主が鮮音日菜を呼び出し、何か話をしているらしい。その時に俺が鮮音日菜を殺すというものだ。
確かに気づかれないで殺せる方が楽だ。3ヶ月とはいえ、一緒に行動を共にした仲だ。多少は躊躇ってしまうだろう。それに、アイツは正面からやり合ったら、勝てるかはわからない。油断はできない相手だからだ。
俺は待機場所についたらすぐに手袋をはめ、マスクをつけた。準備は万端だ。後は待つだけ。と、このように気合が入っていると、ジンワリと苦しめてくる夏での、一番ありがたい爽やかな風が吹いた。風からはふんわりと甘い香りがした気がした。
俺は眠っていた。
真っ黒な空間、いつも通りだ。だけど空間には白がどんどん侵食している。
俺の体の顔以外のほとんどのパーツにはゴキブリの卵鞘がついていた。
とりあえず進むしかない。俺はひたすらに彷徨った。
すると俺はそこでこの空間に来て以来、一番の衝撃を目にした。
「サマヨッテ ナニガアル カラカラネ」
中学生くらいの高校生だった。その子はカタコトな日本語で俺に何かを伝えようした。もちろん言っている言葉はわかる。けどなんの言葉なんだ。
それになんと言っても、彼女には色があった。このモノクロの世界で唯一、白と黒以外の色を身につけていたことだ。
「アナタガ ワタシニ キョウカラ ニガサナイ」
「逃がさないってお前、何言ってんだ」
「ニガサナイ ニガサナイ ユルサナイ!!ニガサナイニガサナイユルサナイユルサナイ!!!!」
う……、俺の体に張り付く卵鞘たちがうねうねと動きながら、光を発し始めた。気持ち悪い光景の他に、俺はまだそいつの言葉を聞かされていた。
「サラサナイデ シナセルコト クルシマナイデ シシャとグシャ アナタハワタシ」
静かな声で言葉を言い終わると、マダラ模様の空間は何度も何度も何度も反点を繰り返し始めた。
ビリ ガサ カサカサカサカサカサカサ………。。。
何かが身体中で破けた音がした。
寝テタのか、俺は。
って、まずい!アザねヒナ!
待機場所から覗くとそこには依頼主もあざねヒナの姿も見当たらなカッタ。
「どうなってんだ?」
バン!!!
「さよなら。先輩」
視界が霞むなかで後ろを向いてから倒れるまでの間に見えたのは、涼しげなワンピースをきたターゲット、俺の後輩の鮮音日菜だった。
「アナタハワタシ アナタハワタシ シンデイイ イラナイ モウワタシダカラ 」
「俺が、沼…、オワリがクルコとは、ナい サヨナラ か」
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