第52話 人々は苦しみ、ウサギは見送る

 世界中の生き物は突然現れた光が身体の中に入り、それによって突如現れた気だるさと息苦しさに謎の流行病かと不安を感じていた。


 ひどい者は十分も経たないうちに衰弱し、動けなくなっていた。

 ランス王子フィンもその一人だった。

 今さっきまで演説もできていたフィンだったが。元から喉の病気を患っているせいもあり、謎の光のせいで呼吸をするのも困難になっていた。


「ルザック……! フィンが、倒れたというのは本当か」


 珍しく慌てた様子のランス王――元から光を失っているまぶたは閉じたまま、眉間にしわを寄せ、側近に腕を抱えられながら歩いてきた。


「はい、王子はこの部屋で寝てらっしゃいます。とても苦しそうです」


 側近に抱えられた王はうつむいたまま、扉の中へと入っていく。

 王にもこんな一面があったのかと、ルザックは心の中で驚いていた。


 倒れたフィンをいつも彼が過ごしている暗い部屋ではなく、ランス王の住まう城に連れてきたのは正解だった。瀕死の状態になっているフィンを、どうしても父親に会わせてやりたかったから。


(しかしなんだったんだ、さっきの光は……俺も苦しさはあるけどな)


 ルザックは苦笑いを浮かべ、壁に寄りかかりながら「竜を傷つけたバチが当たったのかもな」と、つぶやく。きっと誰もがそう思っている。

 ただ竜を愛していただけの、光の魔法使いを怒らせてしまったのだから。






「ピア、さっきの光って、リカルド様の魔法だよね……」


 怯えた口調のニータの問いに、ピアは赤い帽子を縦に揺らした。


「そうだね、リカルド様、怒っちゃったんだよ……仕方ないよ、リカルド様はルディのこと、とても大事にしていたんだもん。それをみんなが追い詰めてしまったから。ルディは優しいから怒らなかったけど……」


 でも自分も最初は竜を憎んでいたんだよね。

 ピアは苦い考えに、耳を折り曲げた。


 お母さんを奪った竜を、許すことは難しかった。ルディと出会った時、彼からお母さんの気配と村を襲った時の竜の気配を感じたんだ。

 最初は何かの間違いかと思った。でも光の魔法使いであるリカルド様がルディをとても大事にしている様子を見て、気づかされてしまったんだ。


 どうしようと思った。怖くてディアとニータには言えなかった。だってルディはとても優しくて、何かあれば自分達を助けるのに必死になってくれたんだ。

 それに竜の暴走はわざとじゃない……それは孤独ゆえという、とても悲しい事実を含んだものだったから。


 ルディはリカルド様の力を借りてお母さんをよみがえらせようと必死に頑張ってくれていた。

 そんなルディを誰が嫌いになれるというの。


「みんな、大丈夫か……何が起こっているんだ」


 ラズリが胸を押さえたまま、子ウサギ達に声をかける。ラズリもまた身体の中に種を埋め込まれているのだ。


「うん……リカルド様が怒っちゃったんだ。誰にも消すことができない魔法をみんなにかけちゃったんだよ」


 誰一人として逃れることはできない、悲しいけど仕方ないとピアは思っていた。


「そうか……ルディは大丈夫なんだろうか」


 ラズリのつぶやくようなその言葉に、三人はうなった。ルディのことはとても心配だ。ルディも苦しんでいるかもしれないと思うと心が痛んだ。


「ラズリさんもルディのこと、大切なんだね」


 ピアの言葉に、ラズリは小さく笑う。


「優しいもんな、あいつ」


「……うん、すごく優しいよね」


 そこが好きであり、そこがとても心配だ。どうかルディもリカルド様も、みんなも。また楽しく暮らせる時間が戻ってきてほしい。

 そんなことを思っていた時、ピアは垂れていた耳をピンと伸ばした。


「誰かの気配がする……これ、ルディだっ。ルディともう一人、すごい力のヒトが近づいてる!」


「それはリカルド様じゃないよね……誰?」


 心配そうなニータに、ピアは「大丈夫だよ」と声をかけた。


 もう一人の、この気配。きっとあのヒトだ。

 ルディと一緒にこちらに向かっているなんて、仲良くなったのかな。


(……もしかしたらこれを使うかもしれない)


 ピアは“これ”が割れないように丈夫な布袋に入れた。三人で挑んだ、とても困難な作業の末に、自分達は二つのアイテムを生み出すことができた。

 当初の目的であったものと失敗作として生まれた、ちょっと不気味な黒い物体。これも何かに使えるかもしれない。


「それも持たせるのかよ、卵焼きにもできねぇからな、それ」


「ディアったら食べることばっかり」


 二つの卵を袋に入れ、ルディともう一人の帰りを待った。

 まもなくその二人が訪れると卵を渡し、全員で二人を見送った。


「いってらっしゃい、ルディ!」


 ルディ、帰ってきてね。

 また会おうね……。

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