第53話 あなたの願いは

 ハロルドの力を借り、ラズリがいなくても理性が保てるようにしてもらった。

 今、自分は赤い竜となり、両翼を広げ、空を飛んでいる。ハロルドには肩につかまっていてもらい、上へ上へと上っているが空気とか、大丈夫なんだろうかとちょっと気になる。


 こうして飛ぶのは初めてじゃないけど初めてな気がする。鱗の肌を強めになでる風が、遮るものがない景色が、上に広がる白に近い青と下の雲が、こんなに幻想的できれいだなんて。

 世界がこんなにきれいだなんて知らなかった。


(ハロルド、ダイジョウブ?)


「大丈夫だよー、闇の魔法使いをナメてもらっちゃあ困るなー。どんな状況下でも魔法で体質を変えちゃえば適応できるんだよ」


 竜となったら言葉は発せないが、頭の中に思い浮かべればハロルドと会話することができている。まさかハロルドとこんなふうに近距離で会話できるようになるとは。


「しっかしねぇ、リカルドもやることが派手だよね。昔っからだよ。昔もシュークリーム勝手に食べたら辺りが焼け野原になったことが――」


 前に話された内容では山が飛ばされたような気がしたが。

 けれどリカルドのことを話すハロルドは、どこか楽しそうだ。

 ハロルドは兄が好きなのだ。


「でもバカがつくほど、実は真面目なんだよ。一辺倒過ぎてまいっちゃうけどね……今回はリカルドを止めるのが目的だけど、ルディ、リカルドのことも、助けてあげられそう? ボクを助けてくれたように、リカルドのこともできそうかな」


(リカルド、タスケル、ノ?)


 ハロルドは明るい声で「そうだよ」と答えた。


「リカルドはずっと一人だった。それはヤツの性格もあるけど、やたらと魔法を使わないように、狙われないようにするためだった。癒やしの力なんてとても好都合な魔法、どんな手を使っても入手したいヤツだっているからね。たとえばキミを人質に取られたりしたら、もうアウトだったから。リカルドは極力、誰とも会わない、話さない、関わらないようにしていた……ルディ以外はね」


(……そうなんだ)


 いつも一緒だった魔法使い。

 全ては俺のためにやってくれたこと。

 なら、こちらだってリカルドのためになることをしたい。

 リカルドが望むのは、なんだろう。


 空を登っていくと妙な雲があった。中に潜り込めそうなぐらいに一塊になった白い綿雲だ。


「ルディ、雲の中に入って。多分どこかにつながっているよ」


 ハロルドの言葉を信じ、雲の中へと突っ込む。全身が何かに包まれたようになり、一瞬何も見えなくなった。

 だが少しすれば世界が開けた。


 ここはどこなんだろう。

 音も風もない、ただ静かな空間。空の遥か彼方なんだろうか。

 空は白く澄み渡っていて眼下に広がるのは白い雲の海。やわらかそうだがしっかりしていて、なんだか歩けそうだ。とても美しい世界。


「空の彼方だけど、リカルドの生み出した空間だね。さすが光の魔法使い。あいつが生むのは空でも海でもきれいなものさ。ルディ達、竜達が住処としていた青の岩場、あるでしょ。あれもリカルドが生み出したんだよ」


(ソウナンダ)


 リカルドの生み出すもの、それはいつも心が現れるほどにきれいで、素晴らしいもの。そんな彼が今は世界に死を生み出そうとしている。


(トメナキャ)


 空間の中をしばらく飛び続けると、白い世界の中にポツンと青の光のようなものが見えた。

 リカルドだ。リカルドの青い髪。

 彼は両手で一本の杖を握りしめ、目を閉じてうつむいていた。祈るようにしながら、何もない空間に立っている。


(リカルド)


 ルディはリカルドに近づく。目の前に来たら羽ばたきを小さくし、その場に滞空する。

 だが彼は身動きひとつせず、変わらず空中に立っている。こちらの声を聞いてくれるだろうか。


(リカルド、モウ、ヤメヨウ)


 世界中の人々を犠牲にしても俺は嬉しくないよ。リカルドにはきれいなものだけを生み出してほしいよ。

 色々伝えてみたが、リカルドは変わらず、動かない。


「ふぅ、随分集中してるみたいだね」


 どうしたものか、とハロルドがうなる。


「魔法使いは強力な魔法を使う時は、それはそれは集中力を高めるんだ。それこそ周りの声が聞こえないくらいね。それは邪魔すれば魔法は止められるけど、集中を壊すってことはその人自身を壊すことになっちゃうんだ」


(ソンナ、ソレジャ……)


「うん、そうだね。リカルドを壊すか、世界中の生き物を犠牲にするか。今求められるのはその二つ、かな」


 そんな……。

 ルディは竜の瞳で、リカルドを見つめた。


 ずっと一緒だった魔法使いは俺にとって大事なヒトだ。俺はこのヒトを死なせたくない。

 このヒトはきっと、世界のためになる存在だ。だって光の魔法使いだもん。


 ……でもどうなんだろう。

 魔法が必要なほど、この世界は弱いのかな。

 この世界は竜を必要としていない。強大な力を必要としていないんだ。

 それは……魔法も同じではないか?


 ルディは竜の口から細くため息を吐いた。


(ハロルド、オネガイガ、アル)


「なぁに?」


 俺がこれからすることを見守ってくれるかな。それで良ければ協力してくれないかな。

 何言ってんだよと思うかもしれないけど。


「なるほどね」


 あまり深くは考えないのか、ハロルドは優しく笑った。


「キミが世界を面白くしてくれるなら、いいよ。それで、何をするつもり?」


 ハロルドの陽気さ、無邪気さ。今はそれがありがたいかもしれない。

 ルディも竜の中でフッと笑った。


 この大きな力を消すんだ。

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