第48話 孤独な竜
人々が「なんだなんだ」とどよめいていると、どこからともなく現れたのは土色の光を放つオーブのようなもの。
それはフィンの隣に並ぶと水に落ちる水滴のように床にポトンと落ち、一瞬にして人の形を作った。
人々が再度どよめく。
そこに現れたのは泥の人形――ハロルドが使役していたゴーレムのようなものだ。
(ゴーレムは闇魔法じゃなかったのか?)
だがフィンの隣に並んだのはハロルドが作った無機質な物体よりも、しっかり目と鼻と口があり、まさに“人形”という呼び方が合っている。
「へぇ、やるじゃん、フィンのやつ」
ルザックが感心している。
「フィンだって魔法使いの血を引いているからな。ああいう芸当だってできるさ。しかもあいつ、しゃべれるんだぜ」
しゃべる人形……嫌な予感がした。
「ランス国民の皆様、このような形で皆様の前に姿を現し、驚かせてしまって申し訳ありません」
泥人形は性質は茶色い泥のままだが、いつのまにかフィンと同じ姿形となり、流暢に口が開いて言葉を発している。
その声は凛とした青年そのもの。フィンがもししゃべれるとしたら、こういう声をしているんだろうと思う。
「皆様の前にこうして姿を現すのは初めてです。王族でありながら、なかなか姿を現さなかったご無礼をお許しください。私はフィン・ランス。このランス王国の正統なる後継者です。ですが皆様ご存知の通り、私は生まれつき、喉の病で声を発することができません。また長い時間、日光に当たることができません。実はそれは父も同じです。父はもっとひどく日光に当たることすら許されない。それゆえ私達は地下での生活を余儀なくされていたのです」
フィンがこれまで国民に公表しなかったことをスラスラと話している。このことを父親は知っているんだろうか。
「私達はそのような状態でも地下で懸命に生き、この国のために尽力していました。しかし、今、すぐ近くに……この国を滅ぼしかねない厄災が迫ってきているのです。その厄災は私と父の病――呪いの元凶ともなっている存在です」
厄災……。
その言葉にルディは胸を押さえる。人々を苦しめようと思って、したわけではないのに。
(ん、あれは……なんだ?)
ふとルディは壇上に立つフィンの後ろに、何かの影のようなものを見た。小さな子供のようにも見える影。それは朧気に足のようなものはついてはいるが、地に足をついてはおらず。無表情かつ感情のない瞳で空中に漂い、成り行きを見つめているようだ。
(子供の、亡霊? なんなんだ……)
フィンの操る泥人形が力強く拳を握った。
「この世界の厄災、それは竜です。皆様にとっては物語や伝承でしか聞いたことがない人もいるでしょう。しかし竜は存在します。竜は大いなる恐ろしい力を持っています。竜はかつてこの世界を見守る神のような存在でしたが今は違う。今や人々や国を襲う厄災なのです!」
悲しかった。そこまで言われ、息が苦しくなった。
望んでそうしていたわけじゃないんだ。
謝るよ、ごめん。俺は一人でさびしかったんだ。それはフィンも同じはずだろう? なぁ……。
「国民が幸せに暮らすためには厄災は払わなければなりません。そこで私はこの世界の神のような存在と交渉しました。実は厄災である竜……これはこの世界に存在しないと世界の均衡が保てず、世界が滅ぶと言われています。つまり竜を完全に滅ぼすことはできないのが今の状態です。そこで――」
泥人形の後ろにいるフィンは腰に差している細身の剣を抜いた。その切っ先を天に向け、笑みを濃くする。
「私は自分のこの魔力を、その存在に強化してもらいました。この力で竜を“石化”すること。そうすれば竜は完全に滅ぶわけではない。けれど再び息を吹き返し、この世で暴れることはなくなる、そういう結論に至ったのです」
「石化……?」
頭の中が真っ白になりそうだった。
なんだよ、それ。石化って。
「ランス国民の皆様、私に力を貸してください。私の力をもっと強力にすれば竜を石化することができます。竜は世界にとっては必要かもしれない。でも私達にとっては必要ではない! 竜が二度と動けないように封印するのです!」
フィンが、泥人形が、声高らかに言い切ると。広場の人々が歓声を上げた。人々は驚きもしたが同時にその言葉に感銘を受けたようだ。
「フィン王子っ!」
「竜に滅ぼされてたまるか!」
「竜を石にするんだ!」
人々の言葉にルディは力が抜けた。
目の前で多くの人が竜は必要ないと言った瞬間だった。
「そして……その竜は今、近くにいます。この機会を逃すことはありません。今すぐ皆様の力を、私に与えてください!」
フィンが剣を大きく一振りする。
その言葉に人々が同意する。
それだけでフィンの力になる。
「というわけだ……悪いな、ルディ」
隣にずっと立っていたルザックは申し訳なさそうに首を傾けた。
「ルディ、お前のことは知っていた。ハロルドになんとなく聞いていたからな。まぁ、確信がいったのはランス王との話を聞いてからだ。お前を竜の気配がすると言っていたからな」
やはりわかっていたのか。そしてフィンに教えたのだ。
「くっ……そんな、こんなの……」
動悸がしてくる。すぐにこの場から逃げなければ、自分は――。
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