死を生む光の魔法使い

第47話 幸せからの一転

「ルディさん、一昨日もいらしたのに今日もいらして下さったんですね! ホントお店のお得意さんで助かりますよー!」


 毎度おなじみココ家の女店主サリは金色の毛の耳をヒョコヒョコと動かしながら嬉しさをアピールしてくれた。


「だって二十個も三十個もパン買ってくれますからねー、なんなら定期便にしたいくらいです。ルディさんのところって、そんなに大所帯なんですか?」


 大所帯……そう言われればそうかもしれない。小さい子供が三人食べ盛り。大人の男が三人というよりも一人の魔法使いが一番食べるのだ。お金はもらってるから文句は言えないが。


「そういえばルディさん聞きました? この後、国の中心にある広場で王族の方が国民に向けて演説をするらしいですよ」


「王族の、演説?」


「はい、なんかすごく大事なことらしいです。集まれる人は集まってくださいって言われてますよ。私はお店があるから行けないけど」


 王族の演説。それができるのはランス王かフィン王子しかいないが。王はカジャの呪いにより、太陽の下に出ることはできないし、フィンは話すことができないのに。


「でも重大なことってなんでしょうね! そんな演説、私もこの国へ来てから初めてかも! 気になりますねー」


「サリは王族を見たことがあるの?」


 サリはぶんぶんと首を横に振り「あるわけないですよ!」と言った。


「だって王族ですよ、王族。地下に住まう尊い方で、そこらを歩いているわけでもないし」


 いや、フィン王子は時折そこら辺を歩いていると思う。でもサリは見たことはないらしい、というよりも誰もそこら辺を歩いているのが王子だとわからないということか。


「でもちょっと不思議じゃないか? ランスの王族はなんで地下に住んでいるんだろうとか、なぜなかなか姿を見せないんだろうとか、サリは変だと思わない?」


 サリはきょとんと目を丸くしたあとで「全然!」と笑う。


「確かに地下に住んでる王族なんて他の国にはいないと思うし、ちょっと不思議ですけど。でも王がちゃんと国を統治してくれているからランスはこんな平和な国なんだし。それを疑問に思う人は誰もいないと思いますよ!」


「じゃあ王子のことは?」


「フィン王子ですか。王子は生まれた時から不治の病を患っていると聞いたことがあります。でも地下のお城でできる限り王様の手助けをしているって聞いたことあります!」


 なるほど、とルディは思った。

 これがランス王による魔法の力か、記憶の操作。リカルドが俺の記憶を操っていたようにランス王も人々の記録を操り、地下に住んでいても、人々の前に姿を現さなくても、変だなとは思われないようにしているのだ。

 そう思うと魔法はすごい力だ。

 そして恐ろしい力だ。


「ルディさん、王族のことが気になるなら広場に行ってみたら? ご注文のパンを作るのにも、まだまだ時間かかりますからね!」


 そう言われ、ルディは広場に向かった。

 人々も王族の演説に興味があるのか、それとも 義務感からか。道中には中心の広場へと向かう人々の姿があった。


 この広場は時期になるとお祭りや様々なイベントが行われ、大勢の人々が集えるようになっている。

 広場の前方は劇団が演劇を行うことができるレンガ造りの舞台になっているが、このあと演説が行われるために赤い絨毯が敷かれており、警備兵も立っていて物々しい雰囲気が漂っている。


「お、そこの、ルディじゃないか!」


 ふと誰かに呼ばれ、声の方を見ると。

 そこには見慣れた人物がいた。


「ルザック!」


「ルディも演説を聞きに来たのか」


「はい、まぁ。でも演説って一体誰が?」


 ルザックは周囲にチラリと目をやると、少し声のトーンを落として「フィンだ」と言った。


「フィン? だって、フィンは」


「まぁな、ただあいつだって父親から受け継がれている土の魔法の使い手だ。そこら辺はなんとかできるだろう。あいつは今やるべきことのために動いているからな、もう止められないさ」


 ……やるべきこと、まさか竜を?


「でもそれはランス王にとっては」


「そうだな、父親とフィンの思いは正反対だ。だが俺はただそれを見守るだけだ」


「ホントに? フィンの言うことは間違ってはいないと、そう思うんですか」


 フィンの行動は人々のためになるのか。竜を滅ぼすこと、それはフィンの私怨が大きいのではと思うが。

 ルザックは「そこまでは知らない」と無情なことを言う。


「もし、フィンの選択で人々が滅んでしまうようなことがあったら、それはそれなんだよ。それか、もしかしたらもっと良い方向に進むかもしれない。それはやってみないと誰にもわからん。みんな自分の思うことのために進んでいるんだからな」


 それもそうだ。ラズリもリカルドもハロルドもピア達も、自分の願いのために動いていた。それぞれの思いが交錯していたけれど今はちょっと繋がったりもして楽しい時間の中にいる。

 それが滅ぶのは正しいのか?

 フィンは竜の滅びを望んでいるけど、それを選べば、どうなるのか。


「ルディ、お前は何が望みなんだ」


「俺の望み?」


 突然の問いに、ルディは目を泳がせる。

 そんなこと……俺はただ生きていたいんだ。滅べなんて言われないで、消えろなんて言われないで。生きていたい。

 心の中で思っているとルザックは笑った。


「じゃあそれのために前に突き進めばいい。その権利を誰も奪うことは誰もできないんだからな」


 そうだけど。  

 だけど奪われそうになっている。

 俺にそれを止める権利はあるのか。


「間もなく演説が始まる。ルディは特等席で見せてやるから行こうぜ」


 そう言われ、連れて来られたのは広場を高いところから一望でき、見張りにも使われる塔だった。鍵のかかった扉を開け、階段を登り、上に上がると。

 そこは空が開けた塔の上。

 広場には演説を聞くために訪れた人々がぎっしりと集まっている。


 しばらくその景色を眺めていると、やがてトランペットによるファンファーレが流れた。

 それが終わると人々はしんと静まった状態になり、舞台にはゆっくりと一人の青年が上がっていく。


 栗色のサラサラした髪、人形のように固まったの微笑、白いマントを羽織るほっそりした身体。

 フィンは舞台上に立つと空に向かって左手を挙げた。

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