第46話 穏やかなこの時を

 リカルドの家の前には三人の子ウサギ達が草地に座り、それぞれのエレメントの三つの魔石を開いた足の間に置いている。

 そしてモフモフの手を握ったり開いたり、長い耳を折ったり伸ばしたり。ウンウンとうなりながら、難しそうな顔をしながら。作業に勤しんでいた。


「違うよ、ニータ。もう少し風の力を弱くして」


「え、違うよ、ディアだよ。ディアの水の力が強いんだよ」


「バカ言うな。オレ達の中で一番力が強いのはピアだろ、ピアの力が強すぎんだよ」


 三人は口々に小言を言いながら虹色たまごを作るため、魔法の作業を頑張っている。

 その様子を離れた位置で草の上に座りながら、ルディとラズリは眺めていた。


「ラズリが火の魔石を持っていてくれたから助かったよ」


「いつか何かに使うかもと思ってたからな。こんなところで役に立つとは思わなかった。ルディ、身体はもう大丈夫なのか」


 あの騒動から一夜が明けている。

 リカルドの光魔法によって森は、また穏やかな日常を取り戻していた。


「大丈夫だ、リカルドが全部再生してくれたからな。俺の身体も元通りだ。ピアも無事だし、本当に良かったよ。結局三人を助けるにはさ、ラズリの力が必要だったんだよな」


 言葉には出さなかったが。ラズリは本当に対の竜のような存在だったんだと思う。竜にとっては心を落ち着かせるために必要不可欠な存在。

 だから彼に初めて会った時、もっと仲良くなりたいと思ったのかもしれない。


「……ルディ、昨日言っていたカジャというやつだが、お前はそれに会ったことがあるのか」


「いや、ないよ」


 カジャは世界を育てる存在、いわば神様みたいな存在だ。竜もその力の強さゆえ、神みたいな扱いではあったが会ったことなどない。


「リカルドも会ったことはないって言っていた。でもその存在は知っているんだって」


「なんだか不気味なやつだな。目的とかそういうものが全くわからない」


「目的か……」


 竜が死ねば世界は滅ぶ、多くの者がそう伝えられている。

 しかし世界のためにならない竜を葬ろうとするカジャは世界を育てる存在と言われている。

 それは世界に竜はいなくてはいい、それでも世界は育つことができる、そういうことになる。どれが真実なのだろう。


「なんにしても俺はそのカジャというやつがお前の言うように俺の家族の死に関わっているなら俺は許せない。なぜそれが必要であったのか理由があるなら問い詰めたいところだ。だって生き物はいつかは当然死ぬが、他者の選択によって死ななければならない理由なんてないだろ……俺は許せない」


 ラズリは赤い瞳を苦しげに伏せる。理不尽なことに苦しむ姿に「そうだな」としか、ルディは言えなかった。


 しかしカジャがそうなったのはヒトが竜に疑念を抱いたからだ。必要ないとヒトが思ったから。それもラズリの言う“他者の選択”になるのだろうか。自分達は必要ないから他者の選択で消えなければならないのか。


 そう思うと複雑だ。悪いのはヒトなのかカジャなのか。

 この世界は複雑だ。自分にとって計り知れない存在がいれば、それを脅威と感じれば消えてほしいと思ってしまう。

 逆にその力を利用できるのではないかとも思ってしまう。複雑だ、ヒトの感情は。

 けど、自分が思うのは――。


「この世界に不必要な存在なんていないと思う。みんな考え方はそれぞれ違うし、それぞれの願いがある。それでもみんな生きているんだ。それに対して疑問を抱く必要も不要だと思うこともないと思う。みんなそこまで気にしないで、たまたま会ったヒトが好きだと思ったら、一緒にいればいいし、イヤだったら一緒にいなくてもいいけど、その存在を否定することはないと思う。みんな思いやればいいのに」


 ほんの少しでいいから。相手を思う思いやりを。他者を否定しない思いやりを。別に全てに優しくしろなんて言わない。ただ否定をしないでほしい。気にしないでいればいい。


「そうだな、そんな世界になれば一番いいのかもな」


 ラズリは優しく笑ってくれた。初めて見たラズリの笑顔だ。見ているとこちらも嬉しくなってしまう。


「あららら」


「わぁぁ、なにこれっ!」


 子ウサギ達から悲鳴が上がった。


「なんだよ、これぇ!」


「だ、だから力の配分が違うんだよぉ!」


「もーっ」


 子ウサギ達はギャアギャアと騒いでいる。どうやら虹色たまご作りに失敗したらしい。見れば子ウサギ達の中心には不気味な黒い物体が煙を上げ、ドンッと存在をアピールしている。

 虹色の名称にふさわしくなく、明らかな真っ黒けーの焦げたたまご……。


 隣のラズリがクッと笑いを吹き出し、三人の子ウサギ達はため息をついてひっくり返っていた。


「もう一回やり直しだぁ!」


「なんだよ、この黒いたまごは⁉」


「こんなの食べてもおいしくないよぉ」


「こんなん食べるかよっ」


 虹色たまご作りは結構大変らしい。

 それは優しく見守ることにし、ルディはリカルドがどうしたのかと思って家の中に入った。


「リカルドー?」


 部屋に入ると室内は静かだった。様子を見てみると、リカルドはテーブルに突っ伏して眠っていた。テーブルの上には食べかけの彼の大好きなはちみつバタートーストとお茶が置かれている。


(食べながら寝ちゃったのかな)


 近づいてもリカルドは起きない。こんな無防備な姿は非常にめずらしい。自分の傷を癒やしたことと、森の再生でかなりの魔力を使ったみたいだから。

 リカルドは大きな肩を揺らし、気持ち良さそうに寝ている。リカルドの周りに白い光の玉がフワフワと飛んでいる。


 これはリカルドのエレメント……。

 触れてみるとそれはすごくあたたかい綿毛みたいだ。手のひらに乗せてもはじけることなく、淡い光を放っている。

 前にピアが言っていた。魔法使いは気を抜くと自身のエレメントが具現化される。リカルドのエレメントは光。


 それはすごく優しい光だった。

 リカルドの普段を考えるとウソみたいだけど、ギャップに笑いが生じてしまう。

 でもいいヤツだ、そう思えるのだ。

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