第49話 いつでもそばにいる

 自分の表情が強張っているのが自分でもわかる。多分追い詰められた獣のように怯えた目をしている。


 自分が消されるかもしれない。そんな恐怖を抱きながら、ふと壇上のフィンに視線を向けた時だ。

 彼がこちらを見て笑った気がした。いつも微笑を浮かべているが、その深めた笑みは“逃さないよ”と言いたげだ。


 フィンは動き出していた。剣の切っ先がこちらの場所がわかっていると言わんばかりにルディを捉えた。その切っ先から黒く輝く銃弾のようなものが放たれる。

 それは避ける間もなく、ルディに当たった。


(な、なんだっ)


 特に痛みはなかった。だが銃弾は確実に当たった。

 嫌な予感がする、なんなんだ、これ。

 どうしよう、どうしよう、リカルドッ。


「ランス国民の皆様、今、目の前に竜というものを引きずり出してみましょう。竜は普段はヒトの姿をしています。今ここに現れる少年こそが各国を炎で焼き、人々を苦しめた竜の正体です!」


 なんだと思ってる間に、ルディの身体は魔法の力で塔の上から転移させられた。さっきまで高い場所から見下ろしていたはずなのに。


「え、な、なに……」


 今まで見下ろしていたはずの場所に、自分は立っている。大勢の人の前、あまりに多すぎて何人か知っている顔もいるのかもしれないが、それすらもわからない。


 人々はこちらを驚いた目で見ている。一部の人が悲鳴を上げている。

 後ろを振り向けばフィンと、彼の姿をした泥人形がいた。

 フィンはフッと笑みを浮かべると剣を振り払う。それが彼の魔法の動作らしい。


 自分の身体が、心臓が、全身がドクンと弾み、血肉全てが動き出すのがわかった。フィンが魔法を使い、意図的に竜の力を解放しようとしているのだ。


「や、やめろっ! ここで 竜になったら――」


 フィンも強い魔力を持っていたのだろう、自分は完全に彼の魔力で操られている。自分の身体が竜になろうと血が燃えている。


「フィン! やめてくれっ! 今ここで竜になったら大勢死んでしまうっ!」


「大丈夫、あなたが竜になった瞬間、あなたは石になるように魔法かけました。人々は死なない、あなたが石となるだけです」


 泥人形が冷たく言い放つ。


 そんな、イヤだ、石になんてなりたくない。

 俺はただ生きていたいだけなのに!


 ルディは魔法の力に抗おうとした。

 だがフィンの魔法は凄まじく強く、徐々に身体が変化しようとしている。


 今ここで竜になったら……いや、なっても。

 この世界は生き続けるから大丈夫だ。

 けれど俺は終わってしまう。


「イヤダ、オレハッ、ヤメロォッ!」


 突風が吹いた。突然の事態に人々が悲鳴を上げる。

 突風は右に左に吹き荒び、人々に驚きと恐怖を与える。


「ルディ、大丈夫か」


 人々の悲鳴、激しい風の音。それらが“真下”から聞こえている。

 そんな中、誰かの声がした。


(ナニガ、アッタノ……)


 気づけば、自分の身体は空中に浮かんでいる。さっきまで立っていたはずの舞台やランスの人々を下に見下ろしていた。


 何かと思ったら。青い髪の魔法使いが自分の背中を支え、飛んでいたのだ。


「リカルド……」


「ルディ悪かったな、怖い思いをさせちまって」


 リカルドの優しい言葉、とてもホッとする。

 だがその表情は笑っておらず、ただでさえ悪い目つきがより一層細められ、眼下にいる人々を、舞台にいるフィンを、睨みつけている。


「てめえが俺のことを探していたっていう王子だな、よくも俺の大事な竜をいじめてくれたな」


 リカルドがルディを抱えた手とは反対の手を横に払うと再び突風が吹いた。人々が悲鳴と共に横倒しになり、警備の鎧を着た兵も゙ガタガタと倒れる。


「リカルド、やりすぎだ」


「こいつらは全員、お前の命を奪おうとしたんだぞ、お前は何もしていない、ただ生きているだけなのに」


 リカルドの背中を支えてくれる手にギュッと力が入る。その時、フィンの泥人形が口を開いた。


「光の魔法使い、そうは言っても竜がやってしまった酷い所業の数々、わからないわけではないでしょう。その竜は多くの人々の命を奪った、それは事実のはずです。竜の炎によって多くの人が焼かれたのです」


 リカルドはフンッと鼻を鳴らした。


「あー知ってるけど? だが竜がそうなったのはてめぇ達、ヒトが追い詰めたからなんだぜ。何もしてねぇ存在を、なんで生きてんだ、邪魔なんだよ消えろって、勝手な考えを抱いたからだ。要はてめぇ達が悪いんだよ。なんだ、てめぇらは神様気取りか? てめぇらに命を選択する権利があるって言うのか、てめえらはそんなに偉いのかっ?」


 リカルドの声に燃えるような怒りが宿っている。こんなに怒るリカルドは初めて見た。


「俺にとっちゃ、てめぇ達こそがいらねぇ存在なんだよ。なんなら全員――」


「リカルド、これ以上は……」


 彼に憎しみを持たせるわけにはいかない、持ってほしくない。

 ルディはリカルドの言葉を遮った。

 だが言葉をつむごうとしたら息が苦しくなった、胸が苦しい、痛い。


「どうした、ルディッ……いや、大丈夫じゃねえな」


 胸が痛いのは先程フィンが放った魔法のせいだろうか。急に呼吸がしづらくなった。

 リカルドは腕にさらに力を入れ、身体を支えてくれると。眼下にいる人々に言い放つ。


「覚えてろ、人間ども。俺の大事な竜を傷つけたことを後悔させてやるよ」


 光の魔法使いのセリフじゃないよ、リカルド……。

 ルディは苦しいながらに笑ってしまった。

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