第43話 竜になれ!

「今度は赤いウサギか……お前とはこういうのに巻き込まれる運命なのかもな」


 ラズリ……戻ってきてくれた。


「……本当にたまたまなんだが森の外にいた。そうしたら爆音とすごい魔法の気配を感じた。気配であの赤いウサギのものだとわかったから、さすがに無視はできなかった」


 ラズリには幼い弟がいた。だからか、ラズリは子ウサギ達のことになると必死に助けようとしてくれる。


「ラズリ……ありがとう」


「礼を言うのは早い、ウサギを助けないと。だが今回は前みたいに簡単じゃなさそうだ」


 ラズリは燃え盛る炎――ピアを見据える。


「あいつには、もう言葉が届かない。硬い殻にこもるように心を塞いでしまっている」


「前みたいに火の力を最大にするのは、どうだ?」


「あいつの魔力は、青いウサギより数段高い。あいつの魔力を上回らなければならないが、あいつの火の力より上なものは――」


 ラズリが首を動かし、赤い左目をルディに向ける。その瞳孔は以前恐怖を感じたヘビのような鋭さはなく、事態を憂う色を帯びていた。


「上なものは竜の吐く炎……だが炎の力はこれまた段違いで凄まじすぎる。くらった者はどんな者であれ、炭となるだろう」


 その言葉に腹部がズキンと痛んだ。


「ま、待って……じゃあピアを助けるには」


「もしくは、お前が自分の力をしっかりとコントロールして、最大じゃない力で炎が吐けるなら助けられるかもしれない」


 一瞬、打開策がないと思ったが、その言葉にわずかな希望を感じた。

 だがラズリの表情は依然としてさえない。


「だが竜の力のコントロール……お前にそれができるのか? 暴走をしてしまうお前に」


 それは……。

 それは情けないができない。竜が力をコントロールするためには心を落ち着かせるためにも片竜が必要なのだ。片竜がいない自分は、竜になればまた暴走するだけ。


 ラズリは再び前を向き、燃え盛るピアを見つめる。彼も方法を考えているのかもしれない、くやしげに剣を握る手とは反対の手が握りしめられる。


「他に、方法は……」


「ラズリ……」


 片竜……片竜がいれば。

 片竜、竜の血……血?


「ラズリ、アンタ……俺の片竜、みたいになれないかな」


 ラズリが驚いた表情で振り向いた。


「ラズリは俺の血を浴びて身体が変わったんだろ? 少しだけ竜の力を宿してるんだろ。なら少しの間だけ、俺の片竜みたいになれないかな。そうすれば――」


「俺が、お前の片竜……だと」


 ラズリの手がさらに握りしめられる。

 宿敵――本当は違うんだけど、そう思っているラズリにとっては怖気が走ることだろう。

 でもそれならピアを助けられるかもしれないのだ。


「ラズリ、こんなの言い訳に聞こえるかもしれないけど。俺はアンタの家族を殺してない、村は焼いてしまったかもしれないけど、俺の中にはアンタの家族の魂はない。だからアンタの家族を俺は殺してはいないんだ」


 ラズリの左目が再びこちらを向く。今度はヘビのように瞳孔が鋭い、怒っている。


「じゃあ誰なんだ、俺の家族を殺したのは」


「もしかしたらカジャかもしれない」


 ルディはカジャについて簡単に伝えた。カジャは世界を育てる存在であり、竜をこの世から消そうとする世界にとっての神様のようなものだと。

 だがカジャが危害を加えるのは竜に加担する存在だ。憶測でしかないが、カジャがラズリの家族に危害を加えたのなら何かしら理由があるはずだが、そこはわからない。


「わかってる、ラズリ。そんなこと言われたって困るのはわかってる。でもアンタが力を貸してくれないとピアが助けられない。俺はどうなってもいい、でも大事な友達は……た、助けたい、んだ、ゲホッ」


 ルディはむせ込み、手で口を押さえた。口の中が気持ち悪いぐらいの鉄の味がした。見ると手の平には血が付着している。


「ルディ、お前も、身体が……」


「うぐっ、ゲホッ! お、俺は大丈夫っ……ラズリ、頼む、どうか、お願い、だ」


 胸の中にある臓器が苦しげにドクドクと動いている。だが全身に血液が回っていないようだ、だんだん指先が痺れてきている。


「……俺は何をすればいい」


 そんな自分へのあわれみか、ラズリが近づいてきてくれた。片手に剣を握ったまま、緑色のマントの下から反対の手を伸ばすと自分の身体を支えてくれたのだ。

 もしかしたら次の瞬間には、その剣で刺されるかもしれなかった。それでもよかったが今のラズリはそんなことはしないと思っていた。

 今はピアのためだから。


「ピアの近くに……」


 それだけ言うとラズリは肩を貸してくれながら移動した。


「ラズリ、ありがとうな」


「あぁ、でも森が、大変だな……」


 森はすっかり原型はなく、炎の海だ。静かな森だったのに。


「大丈夫、元に、きっと……」


 足を進め、ピアに近づくにつれ、大気の熱さが増していく。けれど自分達には竜の血があるから熱くても平気だ。


 炎の塊が目の前に迫る。それは怯えているのか低くうなる。

 ルディは「ピア」とそっと名前を呼び、笑ってみせた。

 ピアも原型なく、あのかわいい姿が嘘のようだ。炎の塊、炎そのもの。元のかわいい姿に戻してあげたい。


「今からちょっとでっかくなるけど、びっくりしないで大丈夫だからな。ラズリ、アンタは俺の身体に触れていてくれ……肩とかに乗っかっていてくれればいいから」


「わかった」


 ルディは目を閉じ、ゆっくりと呼吸をする。

 ラズリはまだ腕をつかまえていてくれ、そばにいるだけで安心ができる。

 これは竜の血だから……? いや関係はない気はする。俺がラズリを気に入っているからだ。ラズリを信じているからだ。


(身体が、アツイ)


 全身が燃えるように熱くなる。

 身体が引き伸ばされ、皮膚に硬さを感じる。

 自分が重々しい存在になるのがわかる。


(竜ニ……ナレタ……)


 目を開ければ眼下に炎の塊があった。

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