第42話 炎の生き物
森の中の世界が一気に変わる。
静かだった森は炎に包まれ、木々は炎を宿して燃え、炭と化す。驚いた鳥達が一斉に飛び立ち、シカやリスなどの動物達が逃げ惑う。
あたりの空気が火傷しそうなほど熱く、ニータが「熱い……」と手で顔を覆う。
その様子を見たディアはニータの手を握り、青白い薄い膜のようなものを二人の周囲に張った。氷の魔法だ。
自分と違って二人は暑さや寒さに耐えることはできない。こんな状況、魔法で身を守るしかないが、いつまでもここに二人を置いておくわけにはいかない。
「二人とも、しばらくそれで耐えられる? 森を離れられるか?」
抱えていた二人を降ろし、ルディは腹部を押さえながら「俺はピアを探すから」と言った。
今さっきの爆発をかわすべく逃げたが、振り返るとピアの姿はなくなっていたのだ。
ピア……暴走した勢いなのか、それとも罪の意識か、どこかに行ってしまった。
探してあげなくちゃ。しっかりしているけど、ピアは頑張り屋さんすぎて、そして方向音痴だ。迷子になってしまう、一番最初に出会った時のように。
「だ、大丈夫だけどよ……アンタだって、その傷……」
ディアはルディを見ながら苦しげに目を細める。
「ピ、ピアよりも、アンタが死んじまうよ。その傷でうろついたら、アンタが……アンタが死んじまったら、全て終わりなんだろ?」
ルディは笑みを浮かべ、首を横に振ると「それはわからない」と言った。
「でも今になると、それもそうじゃないかもって思う。竜はいなくてもいいんじゃないかって……いや、わからないけどさ。俺はそれよりも大事な友達を助けたい。自分がいなくなるよりも世界が滅ぶよりも、大事な友達をまず助けたい」
刺された腹部からは血が出続け、服を湿らせている。押さえても次第に指の隙間からあふれてくるだろう。でもこうして立ってはいられるのは、やはり竜だから?
わからない、でもいい。まだこれならピアを探しに行けるから。
ディアは泣きそうな顔をしていたが。やがて意を決したようにニータを支えて歩き出すと背を向けたまま言った。
「森の外まではオレ達も頑張る。そっちも、なるべくサクッとやってくれよ……全く、ピアも暴走しちまうなんて、オレ達揃いも揃って情けないよな」
「そんなことないさ、ディア達は立派な魔法使いだ……また三人で笑っている姿が俺は見たい。だからピアを探してくる、じゃあ、またあとで――」
ディア達と別れ、ルディは重い足取りで火の粉が舞う森の奥へと足を進める。
自分は竜だから、これくらいの暑さでは少し暑いなと思うくらいで焼け焦げることはない。
けれど周りの木々がどんどん燃えて倒れていく様子に、慣れ親しんだ森が死んでしまうようで悲しくなってくる。
森、また再生できるかな。リカルドならできるかな……あ、リカルドは大丈夫かな。多分、アイツなら大丈夫とは思うけど。
「ピア……ピア、どこに行った……」
森の中を少し進むと、パチパチと周囲が燃える中に獣のうなり声のようなものが聞こえた。
「ピア?」
低いうなり声だ、ピアじゃない……そうは思ったが気になり、その声の方へと足を運ぶ。
すると燃える木々の間に巨大な炎の塊が現れた。少し身体が丸みを帯びているそれは生きているようにゆっくりと動いている。
まさかと思いつつ、ルディは声をかけた。
「ピア……なのか?」
炎の塊が動くと炎の中にある赤い二つの瞳がこちらを向いた。この瞳はもちろん見覚えがある。
「ピア……」
ピアはこちらを見て再びうなると、身体に纏うもの炎の色を濃くした。
これがピアの暴走。ピアのエレメントは火だ。ピアの身体はいつもの小柄さが嘘のように巨大化し、触れたら消し炭になりそうな炎の塊となっている。
ニータやディアの時よりもすごい威力だ。それだけ魔法使いとしての素質があるんだろう。それとも自分への憎しみが強かったからか。
この暴走を止めるにはどうしたらいい?
他の二人の時は、どうしていた?
ニータの時はニータの心を落ち着かせ、事態を静めることができた。
ディアの時は身体に宿る水のエレメントを最大限まで引き上げることによって静めた。
でもそれができたのは、どちらもラズリがいたからだ。
今はいない。
今、動けるのは自分しかいない。
「……くっ」
腹部の痛みに吐く息が震えた。思うようには動けないかも、でもやらなくては。ピアを助けなくては。大事な小さな友達を助けなくては。
そうこうしているとピアが再びうなり声を上げた。
すると空中にいくつもの火の玉が現れ、ルディ目がけて飛んできた。
「ヤバい……!」
腹部を押さえながらそれをなんとか避けると、また別の火の玉が飛んでくる。避けた火の玉は地面や木にぶつかり、激しく飛び散る。
全て避けたと思ったら、さらに火の玉の数は増す。ディア達に比べ、熱に耐性があるとはいえ、火の玉が当たれば皮膚は焼けるだろう。
それに眼球が熱で焼けそうでシバシバするし、皮膚全てがチリチリと痛む。血が流れているせいか、頭もクラクラする。足元がおぼつかない……自分、今の状態は最悪なんじゃないだろうか。こんなんでピアを助けられるか。
無情にも再び火の玉が空中を漂うとこちらに飛んできた。
耐えろ、避けろ、自分しかいない。
でもさすがに、もう足が動かないんだ。息が苦しいんだ。
飛んでくる火の玉を見つめるしかできない。
それが眼前まで迫る。あぁ、くそっ――。
目の前に、細長い剣が現れた。
剣は飛んでくる火の玉を真っ二つにし、火の破片を霧散させた。
ルディの前には見覚えのある緑色のマントがはためいていた。
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