第44話 ラズリと一緒に
自分の身体がとてつもなく大きいというのは、ちょっとでも身体を動かせば周囲の空気を大きく裂いているような感じがする。同時に足元に細心の注意を払わなければ、足元にいる炎の塊を踏み潰してしまう。
ラズリ――彼は自分の左肩に留まり、静かに状況を見守っている。まさか己が竜の肩の上に乗るなんて思ってもみなかっただろう。
「ルディ、俺の一族は竜を守るために存在していた一族なんだと思う」
……ナンダッテ。
言葉は話せないが頭の中で返事をする。
ソレ、ドウイウコト……?
「昔のことであまり覚えていないが、俺達は竜の住処のそばに村をかまえ、竜に変な輩が近づかないように見張っていた気がする。俺の両親が俺の小さい頃、大きな存在を見上げ、笑っていたような気がするんだ。多分、それは竜だったんじゃないか……俺は大きくなってから竜を見たから、当時はそれがなんなのかわからなかったけどな」
ラズリは小さく鼻で笑うと「皮肉だな」と言った。
「俺は竜は家族を襲った仇だと思っていたが……それはただの俺の思い込みだったのかもしれない。俺はあの時、村を炎で燃やして飛び去る竜の姿しか見ていなかったから。てっきり家族は竜に喰われたか、炎で燃やされたとずっと思っていた」
ラズリは自分の話を信じてくれているようだ。といってもリカルドから聞かされた話だが、リカルドもそんなことでウソはつかないだろう。
自分はラズリの家族の命は奪っていない。その事実は正直、よかったと思う自分がいる。不謹慎だけど、ラズリの大切なものを奪ったのは自分じゃないと。安堵できるから。
「俺は何をしてきたんだろうな。何もかもそっちのけで。きてしまったよ……だが、お前の言ったこと、俺はウソだとは思っていない。お前はまっすぐで素直なヤツだからな」
ラズリ……。今、声を発することはできないけど、そう言ってくれたことがすごく嬉しい。
「ルディ、俺は真実を確かめたいと思う。これからは自分が信じるもの、思うものを目指して進んでみようと思う。俺の今の願いも、あのウサギ達を助けたい。小さな子供達にはなんの罪もないからな」
ソウダナ、ホントウニ……ラズリ、ピア、タスケヨウ、イッショニ。
足元には依然、炎の塊がいる。逃げるべきか迷っているようだ。
ダイジョウブ、ピア、ニゲナイデ。
ルディは深く息を吸う。肺の中に空気を満たし、腹の奥底にある火力を上げる。
口の中がチリチリしてきた。でも最大に炎を吐いてはいけない、少し抑えるんだ。
今までは暴走するしかなかった力も今ならコントロールできる気がする。手足も自由に動かせる。ラズリのおかげだ。
ふと昔、ウィディアがいた時のことを思い出した。自分を思う存在がそばにいる安心感。何があっても大丈夫と思える。
(ピア、イマ、タスケ――)
炎を吐こうとした瞬間、自分の身体が横からの衝撃を受け、思い切り吹っ飛んだ。
身体は地面にズゥンと横たわり、周囲の火の粉が舞い上がる。勢い余って口から吐きかけていた炎も飛び散ってしまった。
自分が倒れたことで肩にいたラズリが空中に投げ出される中、宙を漂っているハロルドは無表情でその光景を見ていた。
「これは厄介なことになったねぇ。まさかその中途半端な存在が片竜みたいになれるなんて思わなかった。そんなことになったら竜が暴走できないじゃないか」
ハロルドは手を空へとかざし、地を揺らす。何もなかった足元から土で形成された巨大なゴーレムが動き出し、くぼんだ目が主を見上げていた。
「まぁいいや。この場にいる全員、踏み潰してやるから」
ゴーレムはズズズと足を引きずり、大きな身体を動かす。先に狙いをつけたのは自分達が助けようとしている炎の塊だ。炎の塊もゴーレムを見て怯えているのか、炎を小さくしている。
それを見て感じる。この炎はどんな形をしていてもビアだ。あの子ウサギに違いないのだ。
「――させるかっ!」
ラズリはゴーレムに飛びかかり、剣を振った。
しかし相手は泥の人形だ。ヒトの振るう剣では歯が立たない。ラズリの剣はゴーレムの身体をズブリと切ったが、傷はすぐに再生する。
だけど俺の炎なら。
竜の炎なら歯が立つだろうか。
しかしコントロールを誤って炎が激しくなってしまった場合、ピアに被害が及んでしまうかもしれない。
……ムズカシイ。
この場には消し去りたい存在と守りたい命がある。この場所で大きな力を振るうのは難しい。
けれどハロルドだって、やっていることは許せないけど完全な悪いヤツではない。ただリカルドに見てほしかっただけなんだ。
その側面はルディの戦う意志を揺らがせる。
でもやらなきゃ、ハロルドを止めるんだ。お前にとって必要なのは、なんなのか。教えてやるんだ。
その時、足元から小さな声が聞こえた。木々がパチパチと燃える中、火が轟々と燃える中、ゴーレムが巨大な身体を動かす中、自分ははっきりとその小さな声を聞いた。
小さな存在は叫んでいる。
ハロルド! と名前を呼んでいる。
この声は……ルディは足元に目を向けた。
「ハロルド! もうやめろ! バカか、てめぇは!」
ゴーレムと自分の足元に豆粒のように小さい青い存在がそこにいる、小さな猫だ。小さいけれど態度はでかい猫。
「ホントにてめぇはロクでもねぇな! こんなことはもうやめろ! これ以上関係ないヤツを傷つけるんじゃねぇ!」
ハロルドもその存在に気づいた。目を細め、その存在を見つめて小さく笑うと。スッと手を動かし、ゴーレムを操った。
ゴーレムは巨大な身体を動かし、足を高く上げる。足の底には青い存在を捉えていた。
リカルド、アブナイッ!
ゴーレムの足はゆっくりと――けれど生き物が避けることはできないスピードで落とされる。ゴーレムが地に足をつけた瞬間、ズゥゥンと全体が揺れた。
リカルドッ!
ルディは身動きできないまま、ゴーレムを見つめる。
リカルド、ウソダ……リカルド、オレノ、ダイジナ、ソンザイ……。
頭の中がズンと重くなる。気が遠退きそうだ。
その時、下に降りていたラズリが叫ぶ。
「ルディッ、心を乱すな!」
ルディはハッとした。今、自分が心を乱したらまた暴走してしまう。ピアもラズリも傷つけることになってしまう。彼はまだ死んだわけじゃない。
リカルド、ドコダッ?
ルディは足元に目を凝らす。
するとゴーレムの大きな足の横スレスレに、小さな青い生き物が見えた。
青いネコは逃げるでも怯えるでもなく、青い尻尾をフヨフヨと動かしていた。
「リカルドッ……!」
ハロルドは歯噛みしていた。
「なんで、なんで逃げない⁉ ボクは本気でアンタを踏み潰してやろうと思ってたんだよ⁉」
その疑問に答えるようにリカルドはフンッと鼻を鳴らした。
「だったらなんでゴーレムは俺を踏み潰さなかったんだぁ?」
リカルドは愉快そうだ。まるで弟と遊んでいる最中みたいに。
「さては迷ったんだろ? 今、俺を殺すの、迷ったろ? ダメなヤツだな!」
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