第38話 竜は不必要

 以前リカルドは『竜が死んだのはヒトの毒気にやられたから』と言っていた。まさかヒトである王がその事実を知っているとは。

 だがランス王の口から出たのは、リカルドが言っていたこととは少し違う真実だった。


「竜達が死んだのは“カジャ”のせいだ」


 初めて聞く言葉、いや誰かの名前か。思わず自分もピア達も「カジャ……?」と小さな声を出していた。


「カジャはこの世界にいる、なんら害のない無垢な存在であり、世界をただ育てるための不思議な存在だ。だが世界のために良くないものを、ためらいもなく排除する者でもある。そのカジャが竜を良くないものと判断したのだ」


 話がすんなりとは浸透してこない。呆然としながらランス王の口元をルディは見ている。


「無垢な存在であったはずのカジャだが、ヒトの影響を受け出した。ヒトが増えたことでヒトが抱く疑問に侵食されてきたのだ。ヒトの疑念……竜というものはなぜ存在しているのか、なぜ竜がいないと世界は滅びてしまうのか。ただいるだけの存在になぜ自分達の命が左右されなければならないのか」


 人々の抱く疑問、それはもっとものようでもあり、悲しく感じる。確かに竜は世界に干渉はしない、ただいるだけの存在だ。自分も小さい頃に『変な存在』と感じたことがある。


「きっかけなど些細なものだ。人々の抱く疑問、不信。そういうものは徐々に膨れ上がるばかりだ。さらに一部の者はそんな強大な力を持つ存在なら捕まえれば戦いの道具として使えるのではないかと言い出した。人々の不信と邪な企みの数々……カジャはそれを感じ取り、竜はこの世界にはいらないものだと決断したのだ。カジャは竜の心身を狂わせ、竜達が互いに殺し合うようにした。竜は竜でないと傷がつけられないからな」


 ルディは思わず立ち上がっていた。


「そんなっ、けれど竜は世界の要であるはず。いなければ世界は滅びるんじゃ――」


「それはわからんことだ。実際、竜が滅びたことはないからな。カジャは世界を育てる存在だ。そのカジャが決断したなら竜は消えても大丈夫な可能性はある」


 なんとも傾きの幅が大きすぎる天秤だ。竜と世界。竜がいなくなった時、天秤は一体どうなってしまうのかは誰も予想がつけられない。それでも世界は竜を排除しようとする。


「けれど何もしていないのに。竜に滅びろなんてひどすぎるっ。俺は――いや、竜は何もしていないのに。ただいるだけなのに。それすら許せないなんて」


「そう、だから一部の者は竜を存在させるために動いていたのだ。私もそうだ。懇意にしていた最長老達に死んでほしくはなかったからな。だがカジャは聞き入れない。竜の自我を奪い、竜同士で争わせた。その上、竜に加担する私も良くない存在と認識し、呪いをかけたのだ」


 それが太陽の下に出ることを許さない呪い。その時はランス王も、まだ若い時だったはず。若い時から地下での生活を余儀なくされるなんて。

 だから息子のフィンが太陽の下に出られるのが、それが許せないのか。

 それは……そのつらい気持ちはわかるが、フィンは関係ないはずなのに。


「王よ、あなたはそこまでして、なぜ竜を守るのですか」


 膝をつき、黙って話を聞いていたルザックが提案する。


「竜が滅びても世界が大丈夫だというなら、そのカジャという者の言う通りにすればいいじゃないですか。竜が消えても問題はないはず。いくら親しい竜のためとはいえ、王も呪いをかけられたのに」


「ルザック、それは誰にもわからぬことだ。そんな危険な賭けをするわけにはいかない。それに私は竜が好きなのだ。何もしていない彼らをみすみす絶滅させたくはない……と言っても、すでに一体しかいないが。最後の竜は、なんとしても守らなければならない」


 ルザックは意味深に「最後の竜ですか」と言うと黙ってしまった。

 先程、ランス王が自分のことを『竜の気配がする』と言ったが、それについて彼は勘づいたのだろうか。

 フィンは竜を求めているから……それにしてもフィンが竜を探す理由は一体――。


「あの、王様。フィン王子も呪いに関わっているのですか」


 ルザックから事情を聞いて、すでに知ってはいるが。ルディは王に直接確かめてみたいと思い、たずねてみた。


「あぁ、あいつが生まれる前に私が呪われたからな。あいつが生まれ、何事もないことを願ったが成長すると異変があった。あいつは声が出せない。私と違い、少しは日に当たることができるようだが声が出せねば次期国王としての統治はできない」


「だからここには住まわせてないのですか」


「そうだ」


 王は少しも動揺は見せず、言い切る。その様子にフィンへの愛のなさを感じる。


「ここにいることができるのは王族のみ。フィンは次期王にはなれない……その事実がわかった時、私がどんなにくやしかったか。母は死に、せがれは一人しかいないというのに」


「でもフィン王子も血の繋がる子供でしょ? 親はどんな時でも、どんな姿でも愛してくれるものじゃないの? 危険な時には命をかけてくれるぐらい」


 そう言い出したのはルディではなく、人前に出るのが苦手な緑帽子の子ウサギだった。


「声が出せなくてもフィンは生きてるよ。きっと王様と一緒にいたいって思ってるよ。それなのに――」


 ごほん、と男の咳払いがニータの言葉を遮る、それはルザックのものだ。


「みんな、そろそろ行こう。王とはこうして会話をすることも普通はできないんだ。貴重なお話も伺えたことだしな」


 立ち上がったルザックに「ほらほら」と促され、ルディ達は会釈をして魔法の間を退室する。


 少し通路を歩き、魔法の間が遠のいたところでルザックは言った。


「あの王にはフィンのことは何一つ届かない。親の愛など持っていないんだからな」

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