第39話 不憫な王子

 次期国王としてふさわしくないと言われたフィンは父から愛されず。

 そんな者に仕えるべきではないと言われた家臣もほとんどがフィンへの関心は持たなかった。


 唯一母からは愛されていたが、彼の母は息子の誹謗中傷に心を病み、フィンが幼い頃には亡くなってしまった。


 フィンは一人だった。

 だがそのことを言葉には出せない。態度で表そうにも誰もいない。何も言えなかったせいか感情も表立つことはなく、いつも微笑を浮かべるだけの人形のようになってしまった。


「そんなあいつが放っておけなくてな。俺はあいつを連れ出したり、言葉や基本的な教養ぐらいは教えたりした。あいつはしゃべれないけど、そこら辺はしっかりマスターできたよ。やっぱり王家の血筋なんだなぁって思うぐらい……いや、母親のおかげかな。たくさん本も読んでいるし、知識も豊富だ。きっとフィンは良い国王になれたと思う、声が出せさえすればな」


 薄暗い通路。コツコツと床を進む二人分の足音とパタパタと小刻みに進む三人分の足音が響く。他にヒトは必要最低限はいるようだが無人と思われるほどのさびしい空間。ここは本当に王家が住まう場所なのか、国の筆頭である存在がこんな場所にいていいのかと思ってしまう。

 同じようにフィンのいる部屋も静かだったが。


「ルザックはなぜフィンのそばに?」


「俺? 俺はただの、あわれみ、だな」


 ルザックは小さく笑った。


「人間ってさ、自分より不憫なヤツを見ると、なんとかしてやりたいって思ったりするだろ。おせっかいだと思われてもな。俺はこの国を守りたくてこの国の騎士になり、フィンを見て『こいつはなんて不憫で不幸なんだ』と思った。別にあいつは悪いことをしていない、ただ生まれてきただけなんだ」


 その言葉に、ルディはフィンが自分と似ているなと感じた。ただこの世界に存在しているだけなのに、なぜうとまれなければならないのか。人々の疑問の対象になったとはいえ、なぜ排除されるまでに至らなければならないのか。


(ただいるだけなのに……悲しいよ、そんなの)


 ふと思った。フィンはなぜ竜を求めるのか。

 その理由を、ルディはたずねた。

 すると返ってきたのは王とは真反対の意味を持つ言葉。


「フィンは竜を滅ぼそうとしている」


 その言葉に、思わず歩みが止まる。後ろを歩く子ウサギ達もハッと息を飲んでいた。


「フィンは全ての原因は竜だと思っている。だから竜を滅せば自分の呪いは解けるって思ってんだ。俺は知らなかったけど、多分あいつは独自で調べてカジャのことは知ってるんじゃないかな。だとすれば竜を消し、カジャに捧げれば、と考えている可能性はある」


「そんな……」


 ここにも自分を憎む存在がいたなんて。

 ショックを感じる一方、ルディは自身の危機の念を抱いた。

 彼のそばには、あのハロルドがついている。ハロルドは自分の正体を知っている。ハロルドの望みは竜というよりも、リカルドを困らせることだ。リカルドが困るのは竜が傷つくことだ。


 今、リカルドは魔法が使えない。

 自分を守ってくれるものはいない。

 自分は大して戦う力はない、今ルザックに襲われたとしても対抗することはできない。


「ルディ、どうした?」


 ルザックに呼ばれ、ふと顔を上げたが顔が強張っていたかもしれない。それほどに今、自分はどうしようもない状況にいるのだとあらためて気づいてしまった。バカだ、なぜ今まで気づかなかったんだ。


「な、なんでもない。あ、用があるから早めに地上に戻りたいんだ」


 一刻も早く、リカルドの力を戻す方法を探さなくては。魔石のこともあるが結局リカルドが元に戻らなければ魔法は使えないのだ。


「……そっかそっか、悪いな。じゃあこの先にある部屋に急ごう」


 ルザックは今のこの状況がわかっているのか。わかっていて知らぬふりをしているのか、なんにしても人は良さそうだが読めない男だから。


 案内された先には台座に支えられた大きな宝玉のみが部屋の中央にある小さな部屋だった。


「ここだここだ。緑帽子のチビさんは中央へ、あとは少し離れるんだ」


 ルザックの指示通り、ニータは心配そうに眉を下げながら宝玉の前へ。他は入り口付近に固まる。


「チビさん、宝玉を触ってちょっと強めの魔法を使ってくれ」


「え、で、でもこんな狭い部屋で使ったら危ないよ?」


「大丈夫だ。その宝玉は全ての魔法を吸収する。吸収して城を維持するためのエネルギーになるんだ。遠慮なくやってくれ」


 ルザックに念押しされ、ニータは「じゃあ」と宝玉に手を触れ、深呼吸をする。

 目を閉じ、もう一度呼吸をしてから目を見開いて赤い瞳を光らせた。


 ふわりと周囲に風が漂った。風は全て宝玉の方へと流れていく。

 みんなでそれを見守る。ニータは特に苦しそうでもなく、宝玉に触れたまま微動だにせず、ただ伸びた長い耳をたまに折ったり伸ばしたりを繰り返していた。


 数分ほどで作業は終わった。


「お疲れさん! これでバッチリだぜ」


「え、これだけでいいの?」


 あっけなく終わった作業にニータは驚いている。それに対してルザックも「おいおい」と驚いていた。


「これだけったって、大の大人もへばるほどの魔力を分けてもらったんだがな。まだ平気なのか」


「うん、全然」


 ニータはピョンッとジャンプをして見せた。その様子にルザックが「マジかぁ」と苦笑いする一方、ピアとディアは笑っていた。


「ニータの魔力、底なしでよくわからないからね〜。さっきいっぱい食べたから元気モリモリなんじゃないかな」


「でもたまにプツンと電池切れる時もあるよな。眠くなったらルディに抱っこしてもらえよ」


「も、もう二人とも変なこと言わないで!」


 両手の指先を合わせ、モジモジと決まり悪そうにするニータを見ながら、みんなで笑ってしまった。

 どうかこのフワフワな子供達との穏やかな時間がいつまでも続いてほしいと、ルディは心の中で願わずにはいられなかった。

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