第35話 お腹すいた

 急に現れたルザックに一同はキョトンと彼を見上げる。彼の周囲を見渡してみたが今日は“王子”はいないようだ。ルザックの胸にも王室関係者を表す銀の剣のブローチはなかった。


「今日は非番でな。暇だから街をぶらついてたわけ。よかったらなんか一緒に食わないか? おごってやるけど」


 ルディと子ウサギ達は「どうしたものか」と顔を見合わせる。確かにお昼時でそろそろ何か食べたいなというお腹模様だ。

 けれど昼を一緒にするのがこの男という点が気になる……大丈夫かな。


「くくっ、なぁに険しい顔をしてんだよ。怪しんでやがるな?」


 自分達の顔を見てルザックは笑った。そんなに怪しむ顔をしていただろうか。子ウサギ達は自分の頬をモニュモニュと手で動かし、ごまかそうとしている。


「言っただろ。今日は非番なの。だからいつものお仕事はしない! うまいメシ食いながら世間話でもしようぜ」


 うまいメシ、という単語にみんな惹かれてしまった。お腹が「行こう!」とゴーサインを出している、お腹は正直だ。

 変な話はしないと心に決め、ルディ達はルザックと昼食を取ることにした。


 連れられてきたのは、ひいきにしているココ屋もある国の中心、レンガ通りに立ち並ぶ一件の店だった。外に立て看板が設置され、この店のオススメメニューが張り出されている。


「ニ、ニンジンたっぷり、キノコのクリームシチューだって……」


 緑帽子のニータが看板を見つめて目をキラキラさせている。やはりウサギだからニンジンが好きなんだろうか。他の二人も今までになく耳がピーンとなっている。


 ふとニータの周囲に淡い緑色の光の玉のようなものがホワホワと漂い始めた。なんだろうと思って触れてみると、それはシャボン玉のようにパチンとはじけた。その途端、自然の中にいるような優しい香りが漂った。


「こらこら、ニータ! 無意識に力が具現化しちゃってるよ」


 ピアの声にニータはハッとして耳を折り曲げる。なにやら恥ずかしそうだ。

 不思議に思うルディに、ディアが苦笑いしながら説明してくれた。


「魔法使えるヤツは自分の持つエレメントを具現化するって、前にリカルド様が教えてくれたろ。普段は制御して出ないようにしてんだけど未熟なヤツは気を抜くと出ちまうんだよ。今みたいにな」


「へぇ、おもしろいな」


「おもしろいもんでもないっての、結構大変なんだぞ」


 リカルドもそうなんだろうか。あいつが気を抜く姿は見ているような、見ていないような。

 そんなことを考えていると隣でピアがププッと笑い出した。


「そっ、僕達魔法使いは大変なんだ、常に気を抜けないの。でも前にさ、フフフッ、ごめん笑いが……ディアは水のエレメントだから寝ている時に気を抜くと、まぁ大変で。おねしょなんだか、そうじゃないんだか――」


「ふっざけんな! ピアそれ以上――」


 ケンカしそうな子ウサギ達の頭をグシャグシャとなで「はいはい店先で暴れないのー」とルザックが制してくれた。

 そんなこんなで中に入ると店内は木目調の床やテーブルで落ち着く雰囲気満載だった。


「大人二人、あと子供用のイス三つお願いな」


 案内係の店員にルザックが注文する。子供用ところが、なんだか笑えてしまう。

 案内された席はボックス席という形でルディはルザックの横に座り、子ウサギ達は並んで子供用のイスにちょこんと座る。

 店員にニンジンシチュー三つと、日替わりセット二つを注文し、出されたコップの水を一口含んだところで「さっきの魔法って風だよな?」とルザックが話し出した。


「え、あっ。か、風、ですけど」


 急遽、指名されたニータは肩を小さくした。


「そうか、ちょうどよかった……って仕事の話はなしだったなぁ。でも手伝ってくれたら、それ相応の報酬は出すけど……って、ダメよな」


 ルザックは話を切り上げようとしたが、自分も子ウサギ達も報酬という言葉に、今は敏感になってしまう。ルザックだって王子の側近という立場だ。さっき話題に出てきた『金持ちなら魔石が〜』に該当する人物だ。


「そこまで言われたら聞きたいじゃないですか。仕事ってなんですか」


 ルディがたずねると、ルザックは頭をかきながら「わりーわりー」と言った。適当そうだが意外と約束は守ろうとする律儀さはあるようだ。


「いやさ、このランスは地下に城があるのは知ってるだろ? ランス王は常に地下で生活を送っておられる。けれど地下での生活には色々準備がいるんだよ。暗いから明かりの魔法やら酸素を生み出す魔法やらな」


「なら地上で暮せばいいのに」


「まぁ、そりゃそうなんだけど……そこはあとでまた教えてやるから。とにかく地下で暮らすには定期的に魔法で強化をする必要がある。そろそろ城全体の強度を固めるために、外側と内側から同時に土を固めるみたいに圧縮する必要があるんだな、これが」


 そこで指差しで指名されたのは怖ず怖ずと心配そうな表情をしているニータだった。


「お前さんの風魔法の力を借りたい。力を貸してくれたらできる限りの礼はする」


 ニータは返事に困り、左右に座るピアとディアの顔を見た。

 するとタイミングが良いのか悪いのか、ちょうどおいしそうな匂いを漂わすシチューがテーブルに運ばれた。


「わりーわりー、すっかり仕事の話になっちまった! とりあえずこの話はお預けだ。おかわりも自由だ。ごちそうしてやるから、いっぱい食べろよ!」


 ルディも仕事の話よりも、腹を刺激するたまらない匂いに、またお腹がグゥッと鳴ってしまった。

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