第29話 さびしさゆえに

 それから何年か経ち、とうとうウィディアと自分以外の竜達は死んでしまった。

 この青い岩場には自分達以外いない。元から静かな世界が湖面が揺れる音のみとなり、ルディはさびしさに身体が震えた。


「もう炎も吐けるのに……」


 どうして仲間が減っていくの。家族同然の仲間達が。

 さびしい、ウィディアがいるけれど。

 さびしい。

 でも自分にはどうにかできる力がない……。


「おい、ガキンチョ」


 声がした方向にはいつの間にか青い魔法使いが不機嫌そうに立っていた。


「ブルブル震えてんじゃねぇよ。竜のくせに弱虫な野郎だな」


 またウィディアを待っているのだろうか、リカルドは舌打ちをしながら青い岩場に腰を下ろした。


「……うるさいやい、アンタなんかにわかる,わけない」


「あぁ、わかるわけない。知る気もない」


 ぶっきらぼうに答えられ、ルディはまた口の中がピリピリした。今ならしっかり炎を吐けるが、この魔法使いを焼いてもいいだろうか。ウィディアに怒られちゃうかな。


「誰も相手の気持ちなんか、全部わかるヤツはいねぇんだよ。それでも相手が大事だと思えば、その相手のためにいてやりたいと思うだろうし、何かあれば守ってやりたいとか思うんだろうよ。お前を気にかけてくれるヤツだっていんだろ。メソメソしてんなよ」


 自分を大事に思ってくれる相手、それはウィディアだ。自分だって大事なのはウィディアしかいない。

 けれどウィディアはこの魔法使いのことも大事みたいだ。じゃなきゃウィディア自身の体調不良を相談したりしないだろう……俺にすら、教えてくれていないのに。


「でもウィディアも体調がよくないんでしょ……俺、知ってるんだから」


「ったく、メンドくせぇヤツだ。ウィディアに常にくっついてやがるからな」


 リカルドは肩を動かし、大きく呼吸をした。まるでイラ立ちを静めようとしているかのようだ。

 イラ立っているということは、それが真実であるということ。いつもイライラしているような魔法使いだけど、ウィディアのことになると感情表現がよりわかりやすいと思う。


「ウィディアに言うんじゃねぇぞ。あいつはお前に心配をかけたくねぇんだ」


「うん……わかってるけど。ねぇ、ウィディアは治るの? 元気になるの?」


 ウィディアがいなくなってしまったら、ついに自分はこの世界でただ一体の竜になってしまう。竜は対じゃないとダメだと聞いている。実際にどうなってしまうのかはわからないけど、きっと一体では生きられないんじゃないかと思う。

 だってさびしいもの、一人は、絶対。


「ウィディアは、とにかく俺が治療を施している。お前は何も気にしなくていい。俺がなんとかしてやる」


 いつも自信にあふれているリカルドが「大丈夫だ」とは言い切ってくれなかった。こういう時こそ、不遜な態度でそう言ってくれた方が安心感があるというのに。


「……ウィディア……俺、俺、イヤだからね。もし、ウィディアに何かあって、もし俺が一人になっちゃっても、俺、アンタに助けてもらうのはイヤだからね」


 こんな性格の悪いヤツに。自分のことしか考えてなさそうなヤツに。いくら力のあるすごい魔法使いといっても自分は最初からこの魔法使いは嫌いなのだ。


 ルディは尻尾を振り、リカルドに背を向ける。そう言い切ったものの(でもウィディアに何かあったらどうしよう、俺は一人ぼっちだ)と考えたら泣きそうになってしまった。見栄を張った手前、リカルドの前で涙は出せない。


 ルディがバレないように小さく鼻をすすると、背後から「好きにしろよ」と突っ張ねるリカルドの返事があった。


「お前が何を言っても世の中の理は変わらねぇんだ。仮にお前がこの世界でただ一体の竜になったとしても世界はお前を放ってはおかない。お前という崇高な存在はどんな手を使っても探し出され、様々な欲を持つ生き物達のエサにされんだよ。その時、お前はどうする? たった一人でどうするよ」


 背中から聞こえる重い言葉。

 そんなの、どうしたらいいかなんてわからない。この先がどうなるのかも。自分がどうなっていくのかも。

 とにかく一人はイヤだ、でも……どうしたらいいの。


「ガキンチョ、お前の望みってなんだ?」


 不安に沈んでいた時、暗闇にポッと光が灯ったようにルディの気持ちが持ち上げられた。

 なぜなら今のリカルドの声が、とても優しいと感じたから。


「俺の、望み?」


 なぜ急にそんなことを聞くのだろう。またバカにするつもりなのか。

 けれど意地になって答えない、とは思わなかった。それぐらいにリカルドの声があたたかい光のように優しげだ。


「俺は……普通に暮らしたい。さびしくない場所で、みんなで、楽しく暮らせたら、それが一番いいかな……」


「なるほど、わかった」


 リカルドはそう言ったきり、何も言わなくなった。振り向いてみると、いつの間にいなくなったのか彼の姿はなかった。


(……なんなんだろ)


 聞いたからって何かをするつもりじゃないだろうけど。あの性悪な魔法使いがそんなことを気にするなんて。

 でも今のリカルドの言葉は、あたたかかった。まるで「俺がなんとかしてやる」と、言われているみたいだった。


 なんとかして、くれるのかな。不本意だけどリカルドが助けてくれるなら、なんとかなるような気がしてくる。なんだかんだ言ってリカルドはいいヤツかも。


「俺がさびしくないように、してくれるのかな……」


 後にそれが――リカルドのその気持ちは本気だったとわかった。

 リカルドはウィディアが死んでしまってから、ずっと離れず、そばにいてくれた。病気やケガをすればいつも癒やしてくれた。


 それはきっとウィディアとの約束だからだ。

 そして自分の望みを聞いて『わかった』と答えたのはリカルドの善意だ。自分はリカルドのことがイヤだと突っ張ねたのに。


 記憶を封じたのも自分を守るため。思い出して、傷つけないため……暴走をしないため。


 今ならわかる。

 自分の力の暴走は溜まった力の発散のためじゃない。それもある意味、そうだけど。

 力の暴走は自分の感情。

 自分が一番イヤだと思っている、この“さびしい”という感情。これが引き金となり、自分は暴走して多くのヒトを襲ってしまう。


 しかし襲う記憶も、逃げる生き物の姿も、泣き叫ぶ命も、消える命も。全て記憶は封じられていたんだ。

 ずっとそばにいる、光の魔法使いによって。

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