第30話 ヒトじゃないけど
「うぁぁぁっ!」
身体が熱い。頭が痛い。胸の奥が苦しい。
封じられていたものが、記憶があふれ出してくる。
自分が竜である――その事実はハロルドとリカルドが戦ったあの夜に一度は知ったはずだが、その記憶はまたリカルドによって封じられていたようだ。
自分は何度も竜になって暴走をしたはずだ。竜になっている間の記憶は、もちろん自分には全くない。だからその時に何があり、何をしてきたのか、自分にはわからない。
けれど我に返って辺りを見た時、周りは黒く焼け焦げ、煙に包まれ、様々なモノが焼けたような臭いが充満していた。それは草や木、建物……生き物、全ての臭いだった。
なぜそうなってしまったのか、わからなかった。焼け野原になった惨状を見たはずなのに。
気づけばリカルドの家で目が覚め、あれは恐ろしい夢だったと思い、何事もなかったようにお茶を飲んだり、本を読んだり、静かな日々を過ごしていたのだ。
その前に自分が何をしでかしてきたのか……その記憶は封じられていたというのに。
「俺は、なんてことをっ……!」
ウィディアが死に、自分は一人になった。そのさびしさはどうしようもなかったとはいえ、暴走という形で色々な命を奪ってしまった。
どんな言い訳もしようがない、全部自分がやってしまったこと。
「みんな、ごめんよっ、みんな……」
ルディは天を仰いだ。自分の身体が変化していくのがわかる。身体全体が炎に包まれているように熱い、そして自分の身体の感覚がなくなっていく。皮膚が硬くなり、骨が、指が、身体が巨大化していく。
そして意識は遠退いていく。
「……ルディ、ウソ、だろ」
遠退きかけた意識が、弱々しいディアの声を聞き、留まった。
しかし身体は動かない。自分の意識は足元にいるだろう小さなウサギの声を聞いてはいるが今は何も見えない。自分は今、どこを見ているのだろう。悲しげな声は聞こえるのに。
「オレ、アンタのこと、気に入っていたのに。ヒトは嫌いでもアンタのことは違うと思っていたのに……いや、アンタはヒトじゃなかったんだ。アンタは竜だった……オレ達のお母さんをどこかにやった竜だったんだな!」
身体に衝撃を感じた。胸に冷たい何かが当たったが、これは魔法だろうか。ディアの魔法。
ディアは自分に魔法を当てたのか。
「くそっ、クソッタレ! なんで、アンタが竜なんだよ! なんなんだよっ!」
いつも冷静なディアが怒り任せに叫んでいる。それを聞いていると涙が出そうなくらい胸が痛くなるが涙は出ない。身体の感覚がないんだ。
けれど勝手に身体は動いている気がする。腕が動いている。大きく振り下ろした手が大地を殴ったような気がする。それに合わせて聞こえたのはディアの「わぁっ」という悲鳴だ。
待って、くれ。俺、何してる。ディアに、何かしてるのか。やめてくれ。
何が起きているのかを見せてくれっ!
そう望んだ時、何かが繋ぎ合ったかのように視界が広がり、全てを見ることができた。さっきまでより断然高い位置から全てを見下ろしている自分と足元にいるのはディアとラズリ。
そして踏み潰しても気づかないだろうほど小さなネコとなっているリカルド。
自分の振り下ろした腕は大地に埋もれ、大きく土をえぐっている。そばにはディアが転んで自分を恐ろしいものを見る目で見上げている。
自分はディアに対して攻撃を仕掛けてしまったのだ。
(やめてくれ……!)
大事な存在、大事な友達だ。まだ出会ってそう何日も経っているわけではないが、ディアもピアもニータも大事な友達なんだ。
「……ディア、これはどうしたことなの!」
騒ぎを聞きつけたからか、ディアの魔法が解けたピアとニータが駆け寄り、信じ難いものを見るように自分を見上げた。
「なんで、竜がこんなところにっ!」
驚く二人に、ディアは真実を告げた。
「う、ウソ、ルディなの……? なんで……」
ニータが怯え、身体を小さくする。ピアも赤い瞳が震えていたが。
ピアの小さな口は「やっぱり」とつぶやいていた。
「ピ、ピア、知っていたの?」
ニータが泣きそうな顔で問うと、ピアはうなずいた。
「ルディからはなんとなく、妙な力を感じられたんだ……それがなんなのかはずっとわからなかった。でもただのヒトじゃないんだろうなって思っていたよ……その証拠に僕達はディアの魔法で凍ったけど、ルディは効かなかった。ニータの風魔法だって、普通なら全身切り刻まれていたぐらいの威力だったんだよ」
ピアは苦しげに目を細め、涙を溜めた目元で自分を見上げる。魔力を感じ取る力に長けたピアには最初からわかっていたらしい。
それなのに、どうして、ピアは一緒にいてくれたんだ。
「でも気づきたくなかった。ルディからはとても優しい気を感じたから。実際ルディはとっても優しかったよ。いつも僕達のことを気にかけてくれて。ルディは記憶はなくても、どんな境遇の人々にでも“思いやり”を持てるすばらしいヒトなんだよ……!」
思いやり……そんなの、誰だってあるんじゃないかな。だってみんな、自分以外の誰かを傷つけたくないし、元気でいてほしいとか、大好きだとか思うもんじやないのか。
『俺、リカルドが大好きだっ!』
リカルド? ……リカルド。
自分もリカルドにそんなことを言ったことがあったな。
ウィディアが死んだあと、俺は一人になって……よく覚えていないけれど、傷だらけのところをリカルドが助けてくれたりして。
最初は嫌いだって宣言しちゃっていたけれど、結局心を許しちゃって。
幼い頃、いつだったかは覚えていないけれど『リカルドが大好き』なんて言っちゃって。今思い出すと恥ずかしすぎる。
あぁ、そういえばリカルドはどこにいる……?
リカルドの姿を探していると、真下にいたピアが「ルディ!」と名を呼んだ。
「ルディ、僕達はルディが大好きだよ! ルディが竜だろうと関係ない! 僕達はルディを助けたいっ!」
ピアの小さな赤い三角帽子の上にピョンッと飛んだ何かが姿を表した。
小さな小さな、青い毛のネコ。
だがそれを阻むようにピアの前に立ったのは細い剣をかまえたラズリだった。
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