竜は必要であり、嫌われる
第28話 ウィディアの願い
「ウィディアー、ウィディアー」
大好きなお兄ちゃんがいない。
大きな翼と牙と深紅色の鱗を持つお兄ちゃん。
鱗の色だけはお兄ちゃんと一緒だ。
瞳の色も深紅色で一緒。
違うのは身体の大きさだけ。
だってお兄ちゃんは俺の対の片竜だけど俺より長生きしているんだもの。
「ウィディアー、どこー? 炎の吐き方、教えてくれるって言ったじゃないかー」
広い湖、その周囲を囲むのは青い岩場。夜になると発光する不思議な岩場だけど昼間の今はただ青いだけの場所。
他の竜達はそれぞれ離れた場所で静かな時間を過ごしている。みんな対で決まった色の鱗をしているから空から見ればどこにいるかはすぐにわかるんだ。
自分達、竜は“セカイのカナメ”なんだって、ウィディアが教えてくれた。同じ色の片竜と一緒に、この世界のために生きていなきゃいけない存在なんだ。ただ生きているだけでいいって……なんか変だよねぇ。
けれどだいぶ前、最長老である二体が死んでしまった。お互いに傷つけ合ってしまったんだって。竜は死ぬと他の竜達が力を合わせてまた新たな竜を生み出すのだけど、なぜか新しい竜は誰も生み出せなかった。
数年後にはまた別の二体が死んでしまい、今は四体しかいない。ちなみにウィディアの対の片竜も俺じゃない竜が存在していたのだけど、元から身体が弱くて死んでしまったんだって。
そこで生まれたのが自分で、ウィディアの片竜。パートナーというか弟みたいに扱われてるかな。
「ルディー」
遠くから呼び声がする。空を見上げると深紅色の大きな翼を広げた竜がいた。
竜はバサバサと翼を動かし、地に降り立つ。
「ごめんね、ルディ。ちょっと遠回りしてたから遅くなっちゃった」
ウィディアの優しげな楕円形の目が申し訳なさそうに細められる。
「ホントだよ、炎の吐き方教えてくれるっていうから、遊びに行かないで我慢してたのにっ」
ルディは足をバタつかせる。小柄とはいえ竜である自分がジタバタすると、それなりに大地が揺れる。ウィディアぐらい大きくなったらもっと地震みたいなるんだろうなぁ。
「ほら、ルディ。そんなに暴れないの、大地が割れちゃうよ」
「だぁってー、退屈だったんだもん! 早くやろうよ、早く早くー」
「おい、コラ、ガキンチョ、うるせえぞ」
ルディがもう一度ジタバタした時、離れた位置からドスの効いた声がした。見れば青い岩場に誰かが寝っ転がっていたらしい。声を発した誰かは、のっそりと身体を起こしていた。
「こっちが気持ち良く昼寝してりゃ、ギャアギャアとガキみたいにわめきやがって……あぁ、違うか、最初からガキだったな」
何度も自分のことを「ガキガキ」言っているのは青いツンツンした髪に鋭い目つき、青い瞳の上に眼鏡をかけた男。
そのヒトは“普通のヒト”ではないことは知っている。姿はヒトだけど、とっても長生きをしている魔法使いだ。すっごく口が悪いんだ、だから性格も最悪……でもウィディアと仲良しなんだ。
青い髪の魔法使いは伸びをして立ち上がると面倒くさそうな表情で近づいてきた。
「ウィディア、おせーぞ。さっきからこのガキンチョがウロウロオドオドしてる様子をずーっと見てたら眠くなっちまったぞ」
「ならルディの遊び相手でもしてくれればいいのに」
ただ優しい気持ちで言ってくれているウィディアに対し、ルディは内心で「絶対ヤダ」と思っていた。トカゲの尻尾切りのようにこの長い尻尾が切られるという事態になっても、この男と遊ぶなんてイヤだ。
だって性格悪すぎるもん! おなか真っ黒だもん!
「……おい、ガキンチョ、今ロクでもないかと考えたろ」
勘の鋭い魔法使いにギロッとにらまれてしまい、ルディは「ひっ」と息を飲む。
そんな時、ウィディアが大きな翼を広げて自分を覆い隠してくれた。
「こらこら、小さい子をいじめない。それでどうだったの、最近はヒトの里にも姿を現して色々調べてるんでしょ。俺達が生き延びる方法とか、何かわかったのかい」
青い髪の魔法使いは頭をかきながら舌打ちをした。
「生き延びる方法はまだわからねぇ……だが、もしかしたら獣人達が作れる魔法の道具と俺の魔法があれば新たな竜を生み出せるかもしれない。ただその道具を生み出せる種族がなんなのか、まだわからねぇ」
ウィディアは翼をたたみ「そっかぁ」とつぶやく。残念そうだが残念には思ってはいなく、口の悪い一生懸命な魔法使いを労うような含みのある声だ。
「いつもありがとうね、リカルド」
「別に、まだなんも解決しちゃいねぇんだ。早くしないと竜がいなくなっちまうかも、しれないからな。そしたらこの世界は終わりだ」
二人の話を聞きながら、ルディはウィディアの大きな背中を見つめる。
ウィディアもいなくなるかもしれないんだ……その言葉が胸の中がドヨンとさせた。
「そうだねぇ、俺とルディと、他の対しか、もういないんだもんね。全部いなくなる前になんとかしてもらわないと世界が危ないもんね……俺も色々試しているけど、やっぱり新しい竜を生み出せないんだよ」
「……そりゃ、片竜がガキンチョだからじゃねえの、力不足」
相変わらずの悪口にルディはムッとする。今なら怒りで炎が吐けるかもしれない、口の中がムズムズする。
「こらこら、年は関係ないんだよ。ルディだって立派な竜だ、まだ炎は吐けないけど、これからどんどん大きくなっていくんだから。ねぇ、リカルド、一つ頼んでもいいかい?」
リカルドが「あぁ?」と語尾を上ずらせる。
ウィディアは目を細め、竜の表情だから読みづらいが満面の笑みを浮かべた。
「俺がいなくなったら、ルディのことは頼むね。もちろんわかっているだろうけどさ!」
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