第25話 ネコと優しいヒト

「リカルド、化けるのはいいけどさ……もう少しなんとかならなかったのか?」


 先に行ったラズリと離れないようにと思って歩き始めると、青いネコはピョンっとルディの肩の上に乗った。いつもの体格を考えるとネコの軽さがものすごく違和感がある。


『ふん、それより、またえらいことになってるじゃねぇの。今度は青いウサギのガキか、やれやれだな』


 リカルドの青い尻尾が首に絡みついてくる。どうやら寒さ対策をしてくれているらしいがサラサラな毛が少々くすぐったい。


「リカルドの力でどうにかならないのか」


『残念だな、赤いウサギも言っていただろ。呪いは消すしかない。俺の魔法には“消す”力は備わっていねぇ。ちっ、またあの野郎かよ、すぐにでも塵にしてやりてぇ』


「ネコルド、その姿でギャアギャア言われても怖くないな」


『変な名前をつけんな』


 リカルド――ネコルドが爪をちょっとだけ立てたので痛かった。


『それより、あのフード男のことだ。あいつ、やけに詳しいな』


「ラズリか。どうせ全部見てたんだろ。何者なんだろう」


『ただの竜が嫌いなヤツ……と面倒だから言いたいところだが、そうもいかねぇな。あいつ、竜に似た気配がしやがる、なぜだ。今までそんなヤツ見たこともねぇのに』


 リカルドでも知らないことがあるのか。竜に似た気配とは一体?

 だからラズリは竜の気配を感じられるのか。さっきディアの暴走を静めた力もそれが関係あるのか。後でダメ元で聞いてみよう。


『あのフード男、過去にも竜と対峙したと言ってやがったな。んで竜を斬ったと』


 ネコルドがしゃべると長いヒゲを頬に当たり、もしゃもしゃする。


『確かに竜は何度も手傷を負わされたことがあるが……やりやがったの、ホントにあいつなのか、そんなはずはねぇんだが。けどその度に何度俺が治療したことか。もしホントにそんなことができんなら、あの闇魔法野郎より先に始末してやろうじゃねぇか』


「やめなよ。それになんだかんだ、ラズリは悪いヤツじゃない。ディアを助けようとしてくれているし」


『お前なぁ、もし竜がやられたら……まぁいいや。俺がいれば、やられやしねぇし』


 リカルドはあきらめたようにフンと鼻を鳴らす。いつもは憎たらしいような仕草だが、ネコの小さな鼻での仕草だと全然憎しみもわかなかった。


 それからリカルドは拗ねたのか、何もしゃべらなくなり、先を進むと下り坂もあってラズリに追いつくことができた。

 ラズリの横に並ぶと、彼は肩に乗る不思議な生き物を見て目を見張っていたが特に何も言わなかった。このネコの正体、わかっているのかな。


「……なぁ、ラズリは今までどんな場所に行ってどんな冒険をしてきたんだ?」


「冒険?」


「あぁ、冒険とかあちこちの、よその国とか。俺はあちこちに行ったことないから。もし良ければ教えてほしいんだ」


 竜のことは衝撃的だったが、ラズリは悪い人物ではないだろうと、ずっと思っていた。

 彼の落ち着いた振る舞いや備わる知識を見て聞いて、彼は自分の知らないことをたくさん経験しているんだと感じた。

 だからチャンスがあったら冒険のこと、異国のことなど聞いてみたいことがたくさんあった。


 ……でもこんな大変な時に、なんて断られるだろうか。質問を口にしてから少し不安を感じていると。


「お前って変わってるな」


 そう言って、ラズリは小さく笑った。


「竜が憎いとか斬るとか、そんな話の後で、そんなことを気にしてくるのか?」


 若干、拍子抜けしたようにも感じられるラズリの言葉に、ルディは苦笑いする。


「へへ、いや、だってさ……俺、実は記憶がほとんどなくてさ。一人だけ腐れ縁のようなヤツはいるけど、あとは身近に同年代そうなヤツとか、いなかったから。だからラズリに会った時、助けられた時、仲良くしたいなって思ったんだよ」


「俺と?」


「あぁ、だってラズリ、いいヤツだし」


 ラズリは「ふぅん」という言葉を白い息とともに吐く。自分の正直な気持ちを伝えてはみたが、ラズリは迷惑だと思っただろうか。

 そこが心配だったが……そんな心配はいらなかった。


「……そうだな、俺も世界あちこち行くには行ったな。暑い地方、寒い地方、山に囲まれた神殿跡とかモンスターのいる洞窟とか」


 ラズリの冒険譚が始まり、ルディは「へぇ〜」と感動し、何度も白い息を吐いた。ラズリが経験したのは本当の物語みたいな冒険だった。竜を探しながら各地を転々とし、腕を磨き、旅の資金を得るため、旅人の護衛などもしたらしい。


「色々やってるんだなぁ、すごいや。ラズリ、旅の途中で子守りとかもしていたのか」


「子守り? なぜだ」


「いや、ディアの抱え方とか。なんか小さい子供慣れしているみたいだったから」


 ラズリは左腕に抱え、自身のマントにくるんだディアを見て、優しくほほえんだ。


「……子守りというか、俺には年の離れた弟がいた。親が忙しかったから子守りはもっぱら俺の役目でな。ギャアギャアうるさかったが、かわいかった。無邪気であどけなくて」


 ラズリの様子が幸せそうな一方で濃いさびしさに満ちる。無理に微笑を浮かべているが心は泣いている、そんな表情。


(そうだ、ラズリ、家族も竜に焼かれたんだった……)

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