第26話 ルディの記憶

「……悪い、ラズリ」


 ラズリは「気にするな」と言うと気を使ってくれたのか話題を変えた。


「お前だって大変な立場じゃないか。記憶って全くないのか」


「途切れ途切れで何かは思い出すんだけど、すぐに消えるっていうか。ほとんどわからない」


「ふぅん……なぜ、なんだろうな」


「うん……」


 話しながら滑る足元に注意する。

 自分はいつどこで生まれ、どうやって生きてきたのか。なぜこうしているのか。なぜリカルドと過ごす記憶しかないのか。

 肩に乗ったネコ姿のリカルドは素知らぬ様子で、ただ肩の上で息をしている。


「ルディ」


 ふとラズリが立ち止まり、自分を呼び止める。


「どうした?」


 ルディも合わせて立ち止まる。

 ラズリは数歩歩み寄ってくるとディアを抱える手とは反対の手を、ルディの頭の上に乗せた。

 その時、リカルドが驚いたのかピクッと動いた。


「な、なんだよ、ラズリ」


 突然の行動に戸惑ったが身動きせず、ラズリの行動を見守る。何か感じ取ってでもいるのだろうか。少しするとラズリは「なるほどな」とつぶやき、手を下ろした。


「俺にわかるのはお前の記憶は“誰かが封じ込めている”ということだ」


 すんなりと頭に浸透しない事実に、ルディはポカンとする。


「お前の記憶は力のある魔法で封じられている。お前に触れてわかった」


「力のある、魔法……?」


 自分の知る、力のある魔法使いは今のところ二人だけ。そしてずっと長い時を共にしたのは一人だけ……。

 ルディは肩に乗るリカルドを視界の端に捉える。さっきリカルド、ラズリが頭を触った時に驚いたようだった。


(なんで、リカルド……)


 リカルドは何も答えなかった。ラズリがそばにいるから話せなかったのかもしれない。

 ラズリは左腕のディアを落とさないように抱え直すと左の深紅色の瞳を淡く光らせた。


「ルディ、俺ならその記憶、よみがえらせることができる。お前が望むなら、やってやる」


「えっ」


「俺にはその力がある。望んで手に入れたわけじゃないが、この力のおかげで俺は生き、竜を追うことができている。ひとまずこの子を助けてからだ。それまでにどうするか考えておくといい、お前が何者なのか、知りたければ」


 そう言うとラズリはまた歩き出した。

 何も言葉が出ないまま、ラズリが歩くのを少し見送った後、ルディは歯噛みした。胸の中に、くやしさに似たものがモヤモヤとしている。


「……なんでだよ、なぁ」


 肩に乗るリカルドは何も言わない。


「ラズリの話がホントなら、お前なんだろ。ラズリがなんでそんなことがわかるのかはわからない。けど力のある魔法使いなんてお前しか知らない……なぁ、教えてくれよ、リカルド」


『……んなの知らなくていい、傷つきたくなきゃ聞くんじゃねぇ』


 リカルドはそう言っただけで、また何も言わなくなった。絶対、真相を教える気はないのだろう。


(……誰だって傷つくのは嫌だろ。でも自分が何者で、何をしてきたのか。それを知らないままで、もし自分が誰かを傷つけたりしているなら。誰かに憎まれているかもしれないなら、その方が嫌だぞ、俺は……)


 ルディは拳を握りしめるとラズリの後を追った。






 ようやくたどり着いた、山に囲まれた麓の湖。湖は白い空気を漂わせているが凍ってはいなかった。


「ラズリ、これからどうするんだ」


 ラズリは湖を見つめると寒い空気にもかまわず、深呼吸をした。


「ここは水の力に満ちている。今からこの子ウサギのエレメントを限界まで引き上げる。元から呪いで暴走状態だったが、それをさらに引き出すんだ。そうすれば黒い刻印は強い力に耐え切れず、壊れるだろう」


「力を限界まで……それって危険じゃないのか?」


 先程ディアが力を暴走させた時、周囲は凍りつき、二人の兄弟までも氷と化した。あれで限界までいっていないのだとしたら限界までいったらそれ以上のことが起こるのでは。ディアも危ないんじゃないか。


 ラズリは落ち着いた様子でディアを湖のそばの地面に横たわらせる。ぬくもりから離れた小さな身体は寒そうにブルッと震えた。


「危険だろうな。だがそうするしかない。どっちにしろやらなければ、こいつも他の二人も死んでしまう。なら危険だとしてもやるしかないんだ――いくぞ」


 ラズリはディアの首筋に手を触れた。

 その途端、ディアの身体が青白く発光し、ディアは苦しいのか、顔をしかめた。


「ディア、ディアっ、頑張れ!」


 周囲の空気が、一段と冷たさを増していく。冷たすぎて呼吸すると肺が凍るのではないかと思った。風も強くなり、辺りに氷の破片が舞ってゆく。身体が痛いと思った次の瞬間には破片によって皮膚が切られていた。


「ラズリ、これっ、大丈夫なのか⁉」


 その時、ディアの身体から黒い雲のようなものが出て、ディアを中心に渦を巻き始める。

 ディアが小さな声でうめき「くそっ、やめろ」と声を発する。何かに抵抗しているようだ。


「ディアッ!」


 名前を呼んだ時、ディアの赤い瞳がカッと見開いた。同時にディアの身体から何かが飛び出す。

 黒い影のようなもの。それは鳥のように羽ばたき、白い空気の中、宙を漂う。


 見たことがある、あれは大きな黒いコウモリ。リカルドがハロルドと戦った時に使役したモンスターだ。あれが呪いの正体なのかっ!

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