誰が敵で味方なのか、子ウサギ誘拐騒動

第6話 元気な獅子パン屋さん

 光の魔法使いが住まう深き森から少し離れた場所にランスと呼ばれる大きな国がある。

 賢王とも呼ばれる良識ある王が統治するランスは商業都市であり、ヒトや獣人と多くの者が集まるにぎやかな国だ。


 リカルドの転移魔法でランスを囲む巨大な壁の外までは送ってもらい、昼間は常に開かれている石の門をくぐれば、そこは多くの人が行き交う国内だ。


「すごいすごい、なぁにコレ!」


 後ろを歩く子ウサギ達は初めて見る光景に大はしゃぎだ。


「人がたくさんいる! お店もたくさんある! ピア、ディア! 見て見てっ」


 声を上げ、キョロキョロと赤い瞳をあちこちに向けるのは末っ子で緑帽子のニータだ。いつもビクついているニータがこんなにはしゃぐなんて、それだけ新鮮ということだ。


 ニータの視線には剣士や魔法使いなど行き交う人々、道具や食材を売る出店の商人、猫や鳥のように尻尾や羽根が生えた獣人など多くの情報がひっきりなしに入っているようで「すごいすごい」と言い続けている。


「ニータ、あんまり騒ぐな、田舎者みたいじゃん」


 ニータに釘を刺すのは決まって冷静な青帽子のディアだ。

 ディアはいつも他の二人とは違い、淡々としてクールだ。


「そう言ってるけど、ディアも内心でははしゃいでるんだよ」


 ツッコむのは長男で赤帽子のピア。

 ピアはディアを指差して「クールぶっちゃって〜」とケタケタ笑っている。この三人は本当に仲良しのようだ。


「みんなこういう場所は初めてみたいだな。人が多いから迷子にならないでくれよ」


 ルディの掛け声に、みんな「はぁい」と返事をしてくれた。これでは本当に保護者みたいだが悪くはないな〜と思ってニヤけてしまった。


 目的地は国の中心、レンガ通りと称される多くの店が立ち並ぶ通りだ。

 そこにあるココ屋というパン屋は獅子獣人の女の子が経営しており、おいしいと大評判でいつも客入りが耐えない。あの光の大魔法使いでさえファンにするのだから、あらためてすごい店だと思う。


「先にココ屋ではちみつバタートーストを十個注文しておいて、その後によろず屋だな」


「よろず屋って?」


 ピアは両耳を立て、興味津々に質問してきた。よろず屋とは旅人から売られた物などを再び商品として売買しているお店で、とにかくなんでも物が揃う店だ。

 先程、性悪魔法使いが言っていたのだ。


『よろず屋に、いらねーっつって魔石を売るヤツもたまにいる。手っ取り早いにこしたことはないから寄ってみろ』


 森の外に出ないと思われるリカルドだが、たまに外に出るらしい。その時は何かに“化ける”らしいのだが。


 ひとまず出店が並ぶ通りを抜け、さらに白い壁の家が並ぶ建物通りを抜け、レンガが地面に敷き詰められた通りへ向かう。

 ちなみにこのランスには城というものは造られていない。国王や王族が住まう場所は地下に造られているのだ。その方が安全だからという理由らしいが真意はわからない。


 レンガ通りを歩くとココ屋の赤い看板が軒先に見えた。木の板の看板には『ココ屋』とかわいい丸文字と笑顔の獅子顔がデザインされ、周囲はパンの焼ける良い匂いが漂っている。

 開かれたままの扉の向こうから接客中の明るい声が外まで響いていた。


「いらっしゃいませーっ! ただいま塩サンドが焼き上がりましたよーっ! イチゴパンもありますよー!」


 ココ屋の店内では数人の客がパンを選び、従業員が棚に並ぶトレー上のパン並べ替えていた。

 ルディが店内に入るとカウンター向こうにいるエプロンを着けた獣人の女の子が「ルディさぁん!」と金色の耳を立てて手を振った。


「いらっしゃいませ! またいつものですかねっ! すぐ焼きますよー……あら、今日はかわいいお客さんも連れてるぅ! やだぁ、ウサギちゃんなんて、食べちゃいたいぐらいかわいいっ!」


 ココ屋の店長サリの長い尻尾が子ウサギ達を見てピーンとなっている。獅子獣人がそう言うと、なかなか冗談きついと思う。


「サリ、食べちゃダメだぞ、ホントに」


「失礼な、わかってますー!」


 サリはそう言いながら手早く動き、木の実の入ったロールパンを紙ナプキンに包んで子ウサギ達に「サービスだよっ!」と手渡してくれた。それを食べた子ウサギ達の耳もピーンとなり「おいしいっ!」と声を上げる。


「おいしいでしょー! もっと食べたかったら、このお兄ちゃんにおねだりしてね!」


「何言ってんだ」


「それでルディさんはいつものヤツですね!」


「あぁ、今日は十個頼むよ」


「まっ、十個っ! 一個が半斤サイズなのにいつもすごい! ルディさんのお友達はホントに気に入って下さってるんですねー。かしこまりました、すぐですかね?」


「まだ寄るところがあるから一時間ぐらい後でいいよ」


「了解ですっ! しっかり甘くてフワフワに作りますからねー!」


 サリは元気良く注文用紙に記入すると「そういえば」と店の外を指差した。


「さっきね、すごくカッコ良くて素敵なヒトが通ったんですよー! 一瞬しか見えなかったけどフードをかぶって前髪で左目を覆ったのが不思議でミステリアスで、なんとも言えないカッコイイヒト! 思い出すだけでも尻尾がビリビリしちゃう!」


「へぇ、冒険者かな」


「多分そうでしょうね! 見かけないお顔だったし! しばらくランスに滞在してこの店にも来てくれるといいのにー!」


 ルディが腰の道具バッグから財布を出している間にも、サリは「ホントにカッコ良くて」とまた連呼している。普段から色々な客を見ている彼女がここまではしゃぐのは珍しいかもしれない。


「声かければ良かったじゃないか。サリならパンをプレゼントすれば誰でも振り向いてくれるだろ」


「それ、私じゃなくてパンで喜んでるじゃないですかーっ! やだなぁ! 私だってねぇ――あ、すみません、じゃあご注文いただいたパンは焼いておきますからねー! また後程お待ちしています!」


 次の客が背後で順番を待っていたのでサリにしれっと急かされ、ルディはココ屋を出た。


「じゃあ次はよろず屋に行ってみるか」


 子ウサギ達に声をかけ、移動しながら。サリが『カッコイイ』と連呼したヒトが一体どんな人物なのか、少し気になった。

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