第5話 全ては竜のために
自分は今まで知らなかったが、リカルドは高名な光の魔法使いだ。
ふと思う、そんなすごい人物がすぐそばにいて自分と言いたい放題言い合って、おいしいパンごときでその力を借りられるなんて。
すごいこと……というか、おこがましいことなんじゃないかなぁと思ったりもする……ちょっとだけ。
だがリカルドは左手の平を軽く天へ向け、目を閉じて、すっかりやる気モードだ。恐るべし、ココ屋のパン。
(だけど俺って、いつからリカルドとこういう関係になったんだっけなぁ……)
リカルドとどうやって出会ったのか。何気なく考えてみるが思い出せない。気づけばそばにいて、いつも口が悪くて横暴で、命がけの仕事を指示してくる。
それでもケガをすれば『しかたねぇな』と言って魔法で治してくれる。それはどんな小さなケガでもだった。
出会いはわからないが、自分には過去の記憶がすっぽり抜けている部分もある……きっとリカルドと出会ったのも、そのへんなのかもしれない。覚えてなくて申し訳ないが、リカルドもそこはわかっていてくれるから。
「……ん、わかったぞ」
気を巡らせていたリカルドは目を開け、手を下ろす。
「お前達の母親はな――」
意味ありげに言葉が区切られる。その様子を子ウサギ達は固唾を飲んで見守る。
ルディも心の中で願っていた、無事だと言ってあげてくれ、と。
「お前達、母親が死んだのは見たのか」
急にリカルドは酷な質問を子ウサギ達に向けた。
「リカルド、なんてことをっ」
「お前はだまれ。おい、赤いの、どうなんだ?」
リカルドの刺すような問いに、ピアはビクッと小さな肩を揺らす。
だがすぐに首を横に振った。
「見ていないです。お母さんは僕達を先に逃して、あと里に残っていたお年寄りや小さい子達を助けていたみたいだから」
「なるほどな」
リカルドは問いの答えをもらうとイスに深々と背を預けた。
「お前達の母親は……死んでなくはない。わりとすぐ近くにはいるが、すぐには会えないだろうな」
その答えに一同そろって唖然とした。
「理由は……ちょっとワケアリってヤツだ、とにかくすぐに会うことはできない。会うには俺の力がいる、俺の魔法を使えばな。だが俺は人助けはしない主義なんでな」
「お前なぁ」
「ルディ、お前はしゃべんな。だから条件ありきの取引ってヤツだ。お前、礼をするっつったよな。俺は“虹色たまご”が欲しいんだ」
ピアが目を見開いて「虹色たまご」と復唱する。
「それを俺に渡すなら母親を助けてやる」
「ちょっと待てよ、リカルド! それはないだろっ、命と引き換えみたいな取引なんて外道過ぎんだろっ!」
リカルドはメガネを指で吊り上げた。
「お前、さっきからうるせぇんだよ。何もわかってないくせに出しゃばるな」
「だって、お前があまりに――」
「ルディ、待って、大丈夫だから」
ルディを見つめるピアの赤い瞳がきらりと揺らめく。迷いのない瞳だ。ピアが首を縦に動かすと「わかりました」と力強い言葉が聞こえた。
「虹色たまご……それば僕達の里の秘技で作れるアイテムです。火、水、風の魔力を合わせ、生み出せる。けれど僕達はまだ未熟だからできないんです。でも魔力をコントロールできるようになる魔石があれば未熟な僕達でも作れるかもしれない」
「なるほど、火と水と風の魔石か」
リカルドは場所ならわかると言わん感じで不敵に笑った。
「なら取引は成立してやろう。心配はいらん、焦ってやらなくても問題はねぇからな。ルディ、お前もどうせ暇なんだろ、協力してやれ」
「誰が暇だっつったよ」
「暇だろ、あ、その前に」
「わかってるよ」
言われなくてもわかっている。
甘党の大魔法使いにパンを買ってこいと言うのだろう――と思いきや。
「ちげーよ、バカ。お前にもう一つ役目があんだよ。こいつらの子守りと同時に、お前は竜に関する情報も収集しとけ。竜を討伐するっつーバカな話や竜が現れたとか、なんでもいい、色々だ。もしかしたら俺の預かり知らんところで新しい情報があるかもしれねぇからな」
そう言うリカルドの態度は横柄ではあるが心底、竜のことを気にかけているんだということが感じ取れた。先程は怒りをあらわにしたし……リカルドにとって竜は特別な存在であるのだろうか。
「リカルドは大層、竜が大事なんだな」
「……ふん、んなもんじゃねぇよ」
だがその理由は夜に教えてくれた。
さすがにパンを買いに行くのも魔石や竜に関することも明日にしようということで、リカルドの家で全員寝泊まりすることにし、子ウサギ達が寝静まった中で。酒を飲みながらリカルドは珍しく、己のことを教えてくれたのだ。
ウサギ達の秘技である“虹色たまご”には、あらゆるものを生み出す力がある。
それと自分の魔力が合わされば神でもある竜を生み出し……この世界でたった一体となった竜に対の片竜を作ることができるのだとか。
そしてリカルドが竜にこだわる理由は――。
「昔、約束したんだ。最後の竜を守って欲しいってな」
最後の竜。この世界で一体だけの孤独な竜。
本来なら世界の要で静かに世界を支えてくれる存在であるのに。孤独ゆえに力を暴走させてしまう、かわいそうな存在。
もしかして、その約束した竜は、最後の竜の対ではないか。リカルドはその竜のため、そして最後の竜のために動いているのではないか。
「お前って良いヤツなのか、悪いヤツなのかわからないな」
ルディが冗談混じりに言うと、リカルドは酒の入った木のコップを傾け、こう言った。
「俺は自分のためにしか動いてねぇだけだ」
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