第2話 隠された魔法使いの家

 ピアは迷子になったことを認めると、ごまかすようにグーに握った両手を上下に慌てて動かした。


「で、でもねっ! この森には変な力があるんだよ! 僕達の魔力をぼやかすような何かがさっ! だからお母さんの気を感じられても、なんだか煙みたいにモヤモヤしてるし、あとあと……変な結界みたいなのが張られてるのっ!」


「へぇ、よくわかるんだな〜」


 ピアの見解に感心すると、ピアはピンク色の鼻をピクッとさせて「ふぇっ?」と声を上げた。


「確かに、この森には“ある男”が結界を張ってる。まぁ、出られないようにするわけじゃなくて見つからないようにするためなんだけどさ。そいつならピア達のお母さんの気もわかるかも。だから行ってみるか?」


 三人の子ウサギ達が「ホント?」と顔をそれぞれに見合わせる。


「あぁ、ただ気難しいヤツだから素直に教えてくれるかわからないけど。ピア達は俺の命の恩人だしって言えば大丈夫かな……あ、俺はルディ、よろしくな」


 そうと決まれば善は急げだ。

 ルディはピア達を連れて森の中を進む。なんの変哲もない木々に囲まれた日光も届かない深い森だが、ここには“その男の家に行くため”の結界をかいくぐる通り道みたいなものが存在する。

 それを教えられているのは自分だけだ。その男はヒトだろうが獣人だろうが他者と関わるのが好きじゃないから。


(……と、ピア達に連れてくって言ったけど、あいつ怒るかねぇ……)


 けど相手はこんな小さな子供達だ。しかもお母さんを探しているのだ、無下にはできない。

 あの男には後程、大好きな“はちみつバタートースト”を、ごひいきのパン屋で買ってきてやろう。


 ルディはピア達が後ろについてきているのを確認しながら木々の合間を抜け、茂みをくぐり、草を踏みしめて右へ左への歩みを続けた。


「ね、ねぇ、ホントに大丈夫かな……」


 後方で怯えるニータに「なんとかなんだろ」とディアが答えている。

 そういえばこの子達は何時間も森の中を歩いていると言っていた。ということは体力的にきついはずだ。早くあの男の家で休ませてやった方がいいな……と、思ってもなかなか着かないのが、あの男の家だ。毎回行き来する身にもなってほしいと思う。


 それからも森をしばらく進み、やがて一本の枯れそうな老木が立つ地点にたどり着いた。地面から伸びる二メートルほどの小さな木。葉は数えるほどしか生えていないが、この数枚はもう何年も落ちずに枝にくっついている。


「この木……何か感じる」


 ピアが木を見上げる。さすが小さくても魔法使いだ。


「そうだ、この木が目印なんだ。数枚ある葉の一つに触れ、呪文を唱えるんだ」


 ルディは見定めた葉に触れ、声に出さない声で男から教わった呪文を唱える。

 その男との付き合いは数年になるだろうか、定かではないがずっと共にいる親友で家族のような存在。

 しかし他の誰かを呼ぶことはないし、自分以外の人物と関わることがない変わり者。

 そしてその男は“魔法使い”だ。


 目の前の景色が歪む。絵の具が混ざり合うように木々がグニャリと混ざり合い、冷たい風が吹いた。


「みんな、目を閉じるんだ、チカチカしちゃうからな」


 ルディは目を閉じた。

 冷たい風がひゅうと周囲で渦を巻く。ガサガサと音が鳴り、目を閉じていてもまぶたの向こうで白く光っているのがわかる。

 この時、周囲で何が起きているのかいつも確かめたくなるが。


『目を開けたら目がつぶれるぞ。まっ、つぶれても俺が“再生”してやるけどな』

 

 男はそう言って笑っていた。

 少しして光が収まり、目を開けると。後ろにいた三人が「わぁ」と声を上げた。

 先程まで木々しかなかった光景はいつの間にか大きな木を掘ったような二階建ての家が現れ、その家を囲むように泉が湧いている。同じ森の中でもここだけは日当たりもよく、枝葉の隙間から日光がもれて家に当たり、よりこの光景を神秘的に見せている。


「よし、行こう」


 泉にかかる小さな木の橋を渡り、家の中へ入るための木の扉を開けた。


「……あれ?」


 これまた予想外。中は真っ暗だった。いつもは魔法を使って火ではなく“光”を使って明るくしているのに。


「……お〜い、なんで暗いんだよ?」


 ルディが中の様子を見ていると暗闇からヌッと何かが伸びてきた。手のようなもの――巨大な黒い手だ。それは自分の胴体をつかむと暗い室内に引きずり込んだ。


「ルディッ⁉」


 慌てたピア達が叫ぶ中、木の扉は勢いよく勝手に閉まり、室内は完全な闇と化す。自分は胴体を握られたまま逆さまにされ、逆さ吊り状態となってしまった。


「うわぁ! こら、リカルドッ! いい加減にしろっ!」


 この家の主の名を叫ぶ。

 すると目の前――暗闇から、いきなり浮かび上がったのは。今の名前が示す、男の顔面。


「ギャアァァーッ!」


 本日二回目の叫び。

 だが叫んだ拍子に胴体を握っていたはずの手がパッと力を抜き、解放された自分は頭から床に着地した。

 頭部への予想だにしないクリティカルヒットに数秒、動けなくなってしまった。

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