竜は魔法使いと子ウサギとヒトといたい
神美
かわいい子ウサギ三人組は母をたずねて…
第1話 落下したけどキノコでセーフ
「ギャアァーッ! 落ちるーっ! ていうか落ちてるーっ!」
鳥のさえずりが似合う、普段は静かな深い森の中。真っ直ぐそびえる巨木から足を滑らせた青年――ルディの悲鳴が木々をなぎ倒さん勢いで響き渡る。
ただいま絶賛、地面に向かって真っ逆さま中……強風が全身に吹きつけ、短い黒髪がバサバサ揺れ、あっという間に草と土の地面が迫る。
(もうダメだぁぁぁ!)
そう思って目を閉じた。もう次には全身が叩きつけられ、痛みに自分はうめくか、もしくはうめく間もなく意識消失か……ひどい場合は昇天……と覚悟したのだが。
「うぉぉっ⁉」
痛みはなかった。代わりに全身がやわらかい何かに包まれ、それがクッションのようにはずむと自分の身体がはじき飛ばされた。
例えるならやわらかいクッションの上に落ちて一瞬身体が沈み込み、今度は反動で外に投げ出されたような……。
そのまま自分はどこかに放り出され、今度はやわらかいものに包まれることなく、ちょっと硬い土の上に放り出された。
「いったぁ……」
それはちょっとだけ痛かったが昇天には至らなかったので助かった。
「いてて……全くもうリカルドめ、死んだらどうしてくれんだよ」
友人への愚痴を口にしつつ立ち上がり、打った頭をなでてみる。頭から出血していたらお気に入りの赤いバンダナが血で湿っているかもと思ったが。バンダナは布のサラサラした触り心地を指に伝えてくれた。
「今のはなんだったんだぁ? ……え?」
自分の身体を包んだ物の正体を確かめようと振り返ると。予想外の物体に度肝を抜かれた。
目の前に赤くて肉厚の巨大キノコが生えている。食べたらうまいだろうか……いやいや、こんなもの、この森に存在していないはずだ。こんな珍しい物があれば間違いなくリカルドが調べている。
触ってみようかと手を伸ばした時。
「どわぁっ!」
キノコはシューッと空気が抜けるように小さくなっていき、プツンとその姿を消した。
「大丈夫かい、お兄さん?」
キノコが消えると。今度は小さな物体が目の前にピョンと現れた。
赤い三角帽子をかぶり、長い両耳を三角帽子の穴から出し、赤いつぶらな瞳を持つ愛らしい姿。小さな法衣の下にある身体はベージュ色のモフモフとした毛に覆われ、立ち上がった自分の膝ぐらいの背丈しかない、小さな生き物だ。
「ウ、ウサギ?」
この世界では自分のような種族はヒトと呼ばれ、彼らのような存在を獣人と呼ぶ。特別珍しい存在ではないが、この森で獣人と会うのは初めてだ。
「突然お兄さんが上から落っこちてくるから、とっさに魔法でキノコ出したんだ。でもやわらかすぎて飛ばされちゃったね、ごめんね。でも大したことがなさそうで良かったよー」
ウサギ獣人――いや幼い子ウサギ獣人は二本の前歯をのぞかせ、ケタケタと明るい笑い声を発した。
すると森の中の茂みがカサカサと揺れ、さらに二人の子ウサギが顔を出した。
「あ、二人とも! このヒト無事だったよー」
青帽子と緑帽子をかぶった二人に、赤帽子のウサギが声をかける。同じような出で立ちをしていることから見た目で兄弟とわかる三人だ。
「……ピア、何遊んでんだよ。人間なんか別に助けなくったっていいだろ」
青帽子の子ウサギは目を細め、冷たく言い放つ。
「で、でも危なかったんだから助けた方がいいよ……」
もう一匹の緑帽子の子ウサギは怖いものを見るように自分を見てビクビクしている。
「別に助けたからって僕達の旅になんの影響はないでしょ。困っているヒトは助けなきゃって、お母さんも言ってたじゃない。ねっ、ディアにニータ!」
ルディは頭をかきながら子ウサギ達を順番に眺めた。とりあえず命が助かったのはこの子達のおかげのようだ。
ありがとう、と礼を述べると。赤帽子のピアはまたケタケタと笑い、青帽子のディアはフンッと鼻を鳴らし、緑帽子のニータはやわらかな毛に包まれた指をモジモジと動かした。
「……で、三人はなんで森の中に? ここはモンスターも多いし、ちびっこ達にはあまりオススメな場所でもないけど」
ルディが問うと三人は顔を見合わせる。青帽子のディアが「バカにするなよな」と小声で言っていたが聞き流しておいた。明るそうなピアに、ぶっきらぼうなディア、臆病なニータ……三人はとてもわかりやすい性格だと感じる。
三人で耳をヒョコヒョコ動かし、話し合いが終わる。
多分しっかり者の長男なのであろう赤帽子のピアがルディの前に立ち、つぶらな赤い瞳で見上げてきた。
「僕達はお母さんを探しているんだよ」
「お母さん?」
「そう、僕達のお母さん、一年ぐらい前から行方不明でね。僕達はお母さんを探して旅をしているんだよ」
なんて切ない理由だ。まだ小さい身であるのに母親と別れてしまい、その行方を探しているなんて。
(そうなんだ、一年も前に……)
でも……と、不安がよぎる。
一年前から行方不明という子ウサギのお母さん。この世界には獰猛なモンスターも多い。言いたくはないが……もしかしたら、もう――。
「大丈夫だよ」
自分の考えに勘づいたのか、ピアがパッと手を上げた。
「僕達はこう見えても魔法使いの端くれだよ。お母さんの気ぐらいわかる……そしてお母さんの気はこの森から感じられたんだ。だからここに来たんだ。そうしたら面白いものを見ちゃったけどね」
ピアは思い出したようにまたケタケタ笑う。どうやらピアの脳裏には先程、自分が落ちてきた光景があるようだ。
「だから僕達はあきらめないよ。必ずお母さんを見つけるんだ。でもこの森って結構広いよね。入って数時間にはなるんだけど……」
急にピアが言葉をにごす。視線を下に向けたかと思えば、こちらを伺うようにチラッと視線を動かした。
なんだか助けてほしいように見えるが……。
「もしかして迷子になってるのか?」
赤い帽子が残念そうにカクンと縦に揺れた。
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