ミユちゃん、愛の歌を歌って

百合脳

第1話

私はミユちゃんが大好きだ。毎日ミユちゃんの笑顔を見ると元気になって、ごはんを食べる気力が出てくる。ミユちゃんは、いつも私に微笑んでくれる。ミユちゃんがにこっと笑うとえくぼができてとてもかわいい。ミユちゃんは真面目な顔をする瞬間もあって、その時は彫刻のような、凛々しい姿でもある。ミユちゃんが元気でいてくれたら私はどうなったっていい。ミユちゃん、ダンスが得意で、歌声もかわいいミユちゃん。


私はミユちゃんのことを思いながら、毎朝毎晩自慰をする。ミユちゃんのまだあどけない顔、ぱっちりした二重の愛嬌のある眼で私を見つめて、ミユちゃん。ふんわりとした唇で、可愛らしい声でラブソングを歌って、ミユちゃん。ミユちゃんの可愛い服の下に見える柔らかな曲線、ミニスカートから伸びる長く健康的な脚。ミユちゃんの長くて美しい髪。ミユちゃんはきっと手も柔らかくて、きれいに爪も整えられて…。そして何よりも、ミユちゃんはいい匂いがするんだ。私の手の動きは次第に速くなる。ヴァギナの中の隅々を私の指がまさぐる。ああ、そして私とミユちゃんはキスをして…。


何かに足がぶつかり、生温かな液体を被り、私はハッと現実に戻る。指の自己嫌悪の臭いを嗅ぎながら、蹴って倒したカップラーメンの容器をゴミ袋に投げ入れ、適当に落ちているタオルでラーメンの残り汁を足で拭き取る。これが現実だ。閉め切った部屋。ゴミの吹き溜まり。PCの画面にはミユちゃんが歌って踊っているMVが再生されたままだ。ミユちゃんと私の人生が交わることはない。ミユちゃんは今を時めく韓国アイドルガールズグループ、BlueBirdsの唯一の日本人メンバーにしてリードボーカル。それに引き換え、私は高校デビュー失敗からの親と不仲の引きこもり。生きている世界がそもそも違うのだ。PCの電源を落とすと、醜い私の姿が暗い画面に映りこむ。ミユちゃんの明るい表情を真似してみても、歪んだひきつった顔だけが映る。


「佐紀!」と廊下から母親の声がした。「今日くらい学校行きなさい!保健室登校でもいいから!」入ってくるかと思い、慌ててスウェットの乱れを直し、廊下に出るともう母親はいなくなっていた。顔も合わしたくないよね、こんな娘。小学生までは真淵進学塾の素晴らしい優等生、入学した私立中学では問題児。中高一貫にいたのにわざわざ転校した高校に至っては保健室登校。父親は仕事で単身赴任だが、それは建前。たぶん愛人がいて、私のことなど離婚を妨げる邪魔者としか思っていないんだろう。すべてを注ぎ込んだ一人娘がこんなんじゃ、母親もヒステリックになるだろう、その点申し訳ないとは一応思っている。ドアを閉め、もたれかかってため息をつく。


朝というには少々遅い時間に電車に乗ると、制服が少し浮く気がする。詮索好きそうなお年寄りたちの不躾な視線を避けるように、私はうなだれ、イヤホンをはめ直し、BlueBirdsの曲をシャッフルする。授業中の高校の中庭は誰も通らず、居心地がいい。ため息をつきつつ、私は藤棚の下をくぐって保健室へ向かった。保健室の先生には目を合わせないように、小声であいさつし保健室に入る。隅の机でうたたねしそうになりつつ、イヤホンで雑音を消して、適当に学校のワークを解いている時だった、その瞬間は。急に肩をたたかれ…。


「ねえ、何聞いているの?」


目の前にミユちゃんがいた。

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