第23話 暗雲


「久しぶりね。軍務大臣、財務大臣」


「……っ!」


会話に混ざってきた二人組、その正体にゼンは動揺する心を抑えつけた。


特に軍務大臣。つい先日、“絶対貴族☆滅殺団”として彼の息子に無礼を働いたばかりである。


ゼンは二人に一礼すると、会話が聞こえるギリギリの場所まで下がる。


「うむ。久方ぶりだな、レイライン嬢」


「ご壮健そうでなによりですヨ」


ゼンは思わず眉をひそめた。


調べた限り。彼らはシェリルが婚約破棄によって窮地に立たされていたときに手を差し伸べず静観していた。


だというのにこの言いよう、面の皮が厚いにもほどがある。


だが、シェリルはそんな二人に激昂することなく静かに微笑んだ。


「ええ、おかげさまで。壮健すぎて助けが来る前に戻ってきてしまったわ」


「む……」


「これはこれハ。一本取られましたネ」


どうやら自覚はあったらしい。シェリルの皮肉に二人は微妙な表情を浮かべると、揃って頭を下げた。


「先日の愚息の件と共に謝ろう。すまなかった」


「ワタシも多忙とはいえ、助勢できなかったことに謝罪ヲ」


「……」


許しを請う二人をシェリルがジッと見下ろし続ける。そして小さく息を吐くと口を開いた。


「不要よ。それよりも私の味方になるというのなら……助言をもらえないかしら?」


「助言、ですカ?」


復権後の領地没収くらいは覚悟していたのだろう。シェリルの提案に二人は拍子抜けしたように瞬きを繰りかえす。


そんな二人を見て、シェリルが愉快そうな顔をして話を続ける。


「ええ。あなたたちから見てモリス嬢に逆転の芽はあるかしら?」




「……へぇ」


ゼンは思わず感嘆の声をあげた。


シェリルの言葉の意図を理解したからだ。


つまりはこういうことである。


二人を感情に任せて罰するのは簡単だ。だがそれでは復権後に彼らを要職に置き続けることが難しくなってしまう。


今後、皇太子であるレグナにとって彼らの能力は必要不可欠だ。だからこそシェリルは助言という形で活躍の機会を与えたのだ。


裏切者を前にして思うところがあるだろうに、まさしく王妃の器である。


「「……」」


二人も同じ結論に至ったのだろう。顔を見合わせると頷き合い、シェリルへと向け直る。


「そうですネ。ワタシの所感ですが……モリス嬢がこのまま婚約者の座に居座るのは難しいと思いますネ」


「俺も同意見だ。ここ最近の失態でヤツの評価は地に落ちている。捕縛も時間の問題だろう。ただ……」


「ただ?」


シェリルが続きを促すと軍務卿はためらい、やがて意を決したのか続きを口にする。


「昨夜、キャロラインの元へ《王の雷》が派遣された可能性がある」


「「!?」」


軍務卿の発言に二人が目を見開いた。


ゼンも驚きを隠せない。


《王の雷》とは皇帝だけが動かせる暗殺部隊のことだ。皇帝への叛逆が明白な貴族を処断する場合にのみ宰相との合意の元、派遣される。


だが、よりにもよって皇帝が異世界人へ暗殺部隊を差し向けるというのは俄かには信じがたい。


なにせこの大陸を支配する三大国家である帝国、王国、公国は調停役である聖国より異世界人の殺害を禁止されているのだから。


そのために国家に属さない遊騎士組合の対策課がいるわけで、ゼンは思わず目を細めた。


「確かなの?」


「わからん。だが俺の部下がここ数日、深夜に会議室へと入っていく陛下と宰相を見たという話を城の侍従が聞いたというのだ」


「……確かに直近であの二人が連日会議をしないといけないような行事はない。でもそれが本当だとしたらモリス嬢がこんな祝宴を開けるわけがないわ」


その通りである。


今のキャロラインは大幅に弱体化している。もし《王の雷》が派遣されたのなら、彼女の命はとうになくなっているはずである。


それに――ゼンは考えこんだ。


ゼンたち対策課の設立者はクロードだ。彼がその事実を知らないわけがない。キャロラインが始末されたのなら、ゼンたちにも帰投が命じられるているはずである。


「セス」


「はい」


ゼンはいつのまにかすぐ側まで来ていたセスへと話しかけた。


セスも先ほど話を聞いていたのか、応じる声色はいつもより少し硬い。


「どうもまだすんなり解決とはいかなさそうだ。シェリル様の護衛、大丈夫か?」


「ええ。以前キャロラインの力を浴びてから結界の改良は続けていましたから。ただ術者を隠蔽した上でここにいる全員を守るとなると……」


「どのくらいだ?」


「一時間が限界かと」


「充分だ」


むしろ充分すぎるくらいである。


それだけのことができる人間がこの世界にいった何人いるというのか。


『おい、来たぞ』


『よくもまぁ顔を出せたものだ』


『シッ、聞こえるぞ』


ゼンが部下の頼もしさに舌を巻いていると、会場がおもむろにざわめき始めた。


その原因を視線で辿ると、会場奥からやってくる二人の男女を発見する。


「来たな」


ゼンは呟くと同時に警戒を強める。


令嬢として生を受けた異世界からの転生者。そしてその我欲によって帝国の支配を目論んだ超常たる愚者――。


キャロライン・モリスが会場へと姿を現した。

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こちら異世界転生対策課~窓際公務員、異世界を救う~ 影宮光 @Kagemiya922

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