第22話 虎穴入城

「ありがとうございます。招待状を確認しました。お通りください」


翌日、ゼンたちは舞踏会の会場として指定された王城へと来ていた。


ゼンはシェリルたちの乗る馬車が入城したのを確認し、呟く。


シェリルたちの乗る馬車が門番に許可され、入城していく。


それを見守りながらゼンはつぶやく。


「遅いな……」


ゼンは焦っていた。


舞踏会に参加するための伝手である招待者がまだこの場に来ていないのだ。


「次の方! 招待状を……んん?」


「う……」


そうこうしている内にゼンの番が回ってきてしまった。


門番はゼンの出で立ちを見て、怪訝な顔をする。


「あの、失礼ですが招待者で間違いありませんか?」


「あー、えーっと。実は――」


「待って待ってー!」


ゼンが口ごもっていると、車輪の音と共に聞きなじみのある声が聞こえた。


振り返ると馬車が近づいてきていて、その窓から待ち人が手を振っていた。


「いやー遅れてごめんね、ゼンくん」


「ホントですよ。追い返されるかと思いました」


ゼンは馬車から降りてきた女性に悪態をつく。


お願いしたこととはいえ、危うく作戦が開始前に破綻するところだった。


「ごめんって。お父様を説得するのに手こずっちゃってさ」


女性は片手で謝意を示しながら、門番の前へ歩いていくと一枚の紙を差し出す。


「はい、これ招待状」


「は、はぁ。確認いたし……っ!?」


「この人、私の同行者なの。通してもらえる?」


「こ、これは失礼を! どうぞお入りください!」


門番は招待状を確認するや否や慌てたように道を譲る。


ゼンは内心で申し訳ない気持ちになりながら女性と共に敷地へと足を踏み入れた。


「いやー遅れてごめんね、ゼンくん」


門番に聞こえない位置まで歩いたところで不意に女性がゼンへと謝ってきた。


ゼンはため息をつくと女性を見る。


そして、普段とはまるで別人のような雰囲気のドレス姿に動揺しつつも口を開いた。


「……ほんとですよ。危うく捕縛されるところでした」


「ごめんごめん! でも嬉しいよ。ゼンくんがお姉ちゃんを頼ってくれるなんて!」


「お姉ちゃんじゃないですけどね」


恰好とは裏腹の気安いやり取りにゼンは苦笑する。


最初にその身分を知ったときは何の冗談かと思ったものである。


だが、相手は間違いなく本物。さらにお願いまで聞いてもらっている以上、


どれだけ親しくても礼儀は通しておくべきだ。


ゼンはその場で片膝を立てて跪くと、女性の手を取り――


「……でも助かりました。協力してくださってありがとうございます、リュミエール様――いえ、リュミ先輩」


そう言って組合の受付嬢であり、宰相の娘であるリュミへと頭を下げた。


*******************


「はぁー……」


会場内に入ったゼンは参加者の面子に感嘆の声を漏らした。


「軍務卿に財務卿、あちらにいるのは有名商会の会長ですか? とんでもない面子ですね……」


「うん。なんか有力な人に片っ端から招待状を送ってるみたいだねー」


「よく応じましたね。今のモリス嬢は失態続き、見限ってもおかしくないでしょうに」


「だからこそだよ。ここにいる人たちはそうするべきかどうか、それを判断するためにここにいるんだと思う」


「なるほど……」


ゼンは納得がいったように頷いた。


力抜きの素のキャロラインは王妃の器ではない。


ここにいる百戦錬磨の有力者たちであればまず間違いなくキャロラインを見限るだろう。


つまり、たとえキャロラインを殺害しそこねたとしても力の行使さえさせなければこの戦いは決着するということだ。


最も、ゼンには仕損じるつもりは毛頭ないのだが。


「ああ、よかった。無事に入れたのね、ゼン」


そのまま話していると、先に入場していたシェリルたちが近寄ってきた。


そしてゼンの横に立つリュミを見て目を丸くする。


「……驚いた。あなたの言っていた伝手ってリュミのことだったの?」


「ええまぁ。さすがに面識がありましたか」


「宰相のご息女よ? あるに決まっているじゃない」


シェリルは呆れたようにそう言うと、リュミのほうを見て顔をほころばせた。


「久しぶりね。私のこと覚えているかしら?」


「はい。以前お会いしたのは父の祝賀会でしたか」


「そうね。でも肝心なことを忘れてるわ。私たちの間では敬語は不要、そういったはずだけど?」


「あ……」


シェリルの言葉にリュミは目を丸くしすると、嬉しそうにうなずく。


「ふふっ、そうだったね。じゃあ改めて……久しぶり、シェリル」


「ええ、久しぶり」


二人が笑いあい、握手を交わす。


ゼンはそんな二人の様子を微笑ましく眺めていた。


「顔がニヤついてますよ。気持ち悪いです」


「……」


唐突に浴びせられた毒舌にゼンは思わず渋面をつくった。


そして、ジトリとした目を声の主であるセスのほうへと向ける。


「あのなぁ……いちおう俺は上司だぞ?」


「失礼しました。あまりにもあんまりでしたので」


「おまえ……いやもういい。それよりも、驚かないんだな」


いつも受付で強面の遊騎士を相手しているリュミが貴族、それも宰相の娘だったなど予想外だったはずだ。


ゼンでさえ最初に聞いたときはいったいなんの冗談だと思ったほどなのに動揺する様子がまるでない。


「これでも驚いていますよ。ですがなんとなく只者ではないな、とは思ってはいたので」


「ああ、そう」


いったい普段のリュミのどこを見てそう思ったのか。


ゼンは部下の鋭さに末恐ろしいものを感じて目を逸らし、シェリルへと話しかけた。


「シェリル様」


「ん? ああ、そうだったわね。リュミ、ごめんなさい。そろそろ彼と打ち合わせをしないと……」


「ううん、大丈夫だよ。私もお父さん関係で挨拶回りをしないとだから」


そう言ってリュミはゼンのへと視線を向ける。


「セスちゃんも来てるってことはかなり重要なお仕事なんだよね?」


「はい。といっても対策課の業務内容の中では、ですが」


嘘は言っていない。


秩序を乱す異世界人の始末は対策課の最重要業務だ。


ただ、真実を知らないリュミにとっては窓際部署のいち業務の範疇と誤認することだろう。


それでいい。ゼンにとってリュミは一番の恩人だ。そんな彼女に心配をかけるわけにはいかないのだから。


「そっか。なら私はいいからお仕事頑張って! あ、でも今度どんな内容だったのか聞かせてくれると嬉しいなっ」


「……ええ、必ず」


ゼンはブンブンと手を振って他の参加者へと話しかけにいったリュミを見送り、息をつく。

そして不意に隣から妙な視線を感じた。


「……なんですか、セスさん」


「いえ別に」


「いや、別にってことは――ナンデモナイデス」


ゼンはなぜか普段の三割増しで冷たい視線を向けてくるセスに理由を訊ねようとして、やめた。


これ以上追及するなとばかりに視線の冷たさが増したからである。


「私とリュミの会話を中断しておいて、悠長なことね」


「あっと、し、失礼しました!」


そんな二人に向けて呆れたようなシェリルの声がかけられた。


ゼンは慌てて頭を下げ、咳払いを一つする。


「コホン。それでは段取りの確認を」


「そうね。ああ、ところで会場を見た上で、事前の計画に変更はあるかしら?」


「そうですね……」


ゼンはシェリルの疑問に再度会場内を見渡し、精査していく。


各貴族の護衛の質。万が一の逃走経路。そして――。


壇上へ攻撃を加えるための位置取り。


「……特には。シェリル様は予定通り、モリス嬢の挨拶が始まると同時に彼女の前へと進んでください。そして降伏の勧告を」


「わかったわ。今の彼女は弱体化しているし、ここには大貴族お抱えの護衛が何人もいる。恐れずにいくとしましょう」


「はい。ですが昨日も言ったとおり、モリス嬢になにか秘策がある可能性も充分に考えられます。なにがあっても我々が守りますが、十分にお気をつけを」


「ええ、わかってるわ」


シェリルが神妙な顔で頷く。


そしてふと気になったように、口元へと拳の側面を当てた。


「ねぇ、もしモリス嬢に秘策があったとしてどんなものがあると思う?」


「そうですね……色々と考えてはみましたがどれもピンとはきてないものばかりでして」


ゼンは嘘をついた。


一つ、心当たりがあるのだ。


会場がここ旧王宮であること、そして修行時代に読み漁った本の中にあったお伽話、そこから考えられる可能性が。


だが、ゼンはそれをシェリルに伝えるつもりはなかった。


もしそれを利用した策であるのならば、ゼンは即座にキャロラインを始末しなければならない。その際、キャロラインが知っていては不都合があるのだ。


「そう。ならまだ開始には時間があるし、お互いに仮説を話し合わない?」


「わかりました。もっとも、自信はないですが……」



「そのお話はぜひ私たちもお聞きしたいですな」


不意に会話に割って入る声があった。


そちらへ振り向くと、そこには二人の男がいた。


一人は丁寧に整えられた髭を蓄えた男。もう一人は一級品の服飾で身を包んだふくよかな男。


シェリルが二人の姿を見て、呟く。


「久しぶりね。軍務大臣、財務大臣」


「……っ!」


ゼンは息をのんだ。


マルキオ・ストラトス軍務大臣、エテーネ・コンラット財務大臣。


この国の心臓部を担う大貴族がそこに立っていた。




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