第124話 決意の

「…………」


 オレは、クロエの言葉に一瞬、どう返すべきか悩んでしまった。


 たしかに、ブランディーヌたちを始末したことで、オレの心は少しだけ欠けてしまったかのような心地がしていた。この気持ちは複雑だが、クロエの言ったように悲しいとも形容できるだろう。


 そうだな。オレは悲しかったのだろう。そのことに気付かされた。


 だが、そんなオレの甘い感傷など、どうでもいいことだ。姉貴やクロエたちに比べれば、あんな奴らなどなんでもない。比べるのも烏滸がましいほどだ。


 オレは、過去よりも今を大事にすべきなのだから。


「クロエ、それにお前ら、オレは大丈夫だ。べつに落ち込んでいるわけじゃねぇしな。無理してるわけでもねぇぞ? オレにとって、アイツらよりもお前たちの方が何倍も大事だったってだけの話だ。いつまでも過去に拘るオレじゃねぇ」

「叔父さん……」


 クロエをはじめ、『五花の夢』のメンバーが、オレを痛々しいものを見るような目で見ている。そんなにオレはひどい顔でもしてるのかねぇ。


「そんな顔するなって。オレたちは降りかかる火の粉を払っただけに過ぎない。なにも気にする必要なんかねぇさ」


 オレは敢えて軽い口調で言い、なんでもないことのように軽く肩をすくめてみせる。少しでもクロエたちの細い肩に圧し掛かる罪悪感のようなものを払拭したかったからだ。


 クロエたちにとって、今日が初めての本気の対人戦だった。ただでさえ思うことがあるだろうに、相手はオレとの因縁のある相手だ。必要以上に気にしてしまうだろう。


 モンスターが相手なら大丈夫でも、生きてる人との殺し合い。ダメな奴は本当にダメだからな。クロエたちはオレのことを心配しているようだが、オレはクロエたちの方が心配だ。


「それで、どうだった? お前たちは初めて本気の人と真剣勝負をしたわけだが、嫌悪感や罪悪感を必要以上に感じてはいないか? 今日は格上が相手だったから、いっぱいいっぱいで戦闘中はそんなもの感じる余裕もなかったかもしれない。だが、もう一度、人と本気の命の奪い合いをする時、問題無く動けそうか?」

「それは……」


 こんな質問をされるとは思ってもみなかったのか、クロエたちが口ごもる。一瞬の静けさの後、最初に口を開いたのはイザベルだった。


「私は問題ないわ。今日は狙いを外してしまったけれど、次こそ確実に当ててみせる」

「んっ!」


 なんでもないように言ってのけるイザベルだが、彼女なりの強がりかもしれない。言葉はキツイが、イザベルは繊細で優しい少女だということをオレは知っている。よくよく注意しないとな。


 そして、イザベルの言葉に強く頷いた少女がリディだ。


 リディは……。だいぶ彼女の顔色から感情を読み取れるようになったから分かるが、リディには迷いがない。きっと彼女は、イザベルのためなら手を汚すことも厭わないだろう。コイツは、イザベルとは違う意味でよくよく注意しないとな。


「あーしも、大丈夫! 相手が本気なんだもん。あーしも死にたくないからね。いつか相手を殺さずに勝てるくらい強くなればいいだけじゃん? ね!」


 イザベルに続くように声を上げたのはジゼルだった。いつもよりも若干声が暗いが、話題を考えれば当たり前か。声も震えていないし、決心はついているのだろう。


 いつもは能天気なように振舞っているジゼルだが、それはパーティの雰囲気を明るくするためだ。気遣いのできる少女だな。その言葉も皆を勇気づけるものだった。


「うーん……」


 だが、ジゼルに続く言葉は上がらなかった。当たり前だな。いきなり人を殺す覚悟があるか訊いたようなもんだ。答えられないのが普通だろう。


 オレはそれを見届けると、一つ大きくパァンと柏手を打つ。この暗く重い雰囲気を払拭するためだ。


「さて、答えづらい質問をして悪かったな。話題を変えよう!」


 敢えて声を張って明るい声を出すオレに、クロエたちは目を白黒とさせる。


「ここからは楽しい話題だ。問題が片付いたからな、オレたちの行動を縛るものはなにもない。つまり……」

「「「「つまり……?」」」」

「ん……?」

「ご無沙汰だったダンジョンに行けるってわけだ! ひっさびさだな!」

「「「「「おぉー!」」」」」


 クロエたちが、テンションがぶち上がったように目を輝かせる。ダンジョンに行けることをこんなに喜ぶなんて、皆、冒険者に染まってきたな。いい傾向だ。


「しかもだ! 次は待ちに待ったレベル4ダンジョンだ! そう! レベル4ダンジョンといえば――」

「ゴクリ……ッ」

「なんかあったっけ?」

「はぁ、おバカ……」

「ん……」

「なんだよー?!」

「まぁまぁ、今はアベルさんのお話を聞きましょうよぉ」


 ジゼルは忘れてしまったようだな。そのことでイザベルとリディに呆れたような目で見られていた。


「皆、静粛に。では、発表しよう! レベル4ダンジョン。そこでは――宝具が手に入る!」

「「「「「おぉー!」」」」」

「そうだ! 宝具、それは神からのご褒美! 宝具、それは一攫千金のチャンス! 冒険に役立つ宝具もあるし、強力な武器や防具もある! 冒険者がダンジョンを攻略する大きな理由の一つだ! ぶっちゃけ、宝具を持ち帰れるようになって初めて一人前の冒険者と認められる!」


 オレの言葉に、強気な表情を浮かべてみせるクロエたち。いいね、いい表情だ。


 クロエたちはきっと伸びるぞ。これからもっともっと。


 オレはクロエたちの成長と活躍を予感した。


 予感?


 違うな。オレの手で現実にしてみせるさ。


 そんな決意と共に、オレはクロエ、イザベル、リディ、ジゼル、エレオノール、彼女たちを一人ずつ見つめ大きく頷いたのだった。





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