40「パートナー」

 調理ができるメンバーが増えたことで、俺が料理をする機会はめっきり少なくなった。誰が作っても美味しいものができるし、ネアと買い出しに行く頻度も増えた。


 みんなでちゃぶ台を囲んで、ネアがトラに教わりながら作った何か(何か)を食べている。しゃれた料理名は何かしらありそうなのだが、トラは香りから類推して作っている。もともと外国かぶれの家にあったトランクなので、いろんな料理が出ていたらしく、具体的に突き止めることは難しかった。とりあえず煮込み料理であることは確かだ。


「くぅ……」

「練習してる分、上手くなってると思うけどな」


 男子高校生が適当こいたようなお弁当を作っていた彼女は、トラやレビに教わって料理を勉強している。探索者は高収入の部類だし、一人暮らしの食事なら何も問題はないと思うのだが、彼女なりに納得できない部分があるようだった……すっとぼけるつもりはない、俺たちと食事をするなら自分も、ということなのだろう。


「美味しいの?」

「マズかったら言うよ」

「ちょいと粗いが、基本はできておるでな。二人とも大して変わらん腕じゃ」

「おんなじくらいかー……」


 ここで花嫁修業でもしていくつもりなのか、トラの評価はものすごく気になるようだ。美女たちの中でひとりだけ俺が混じっていると、もしかしてお邪魔なのだろうか。


「ほぼ最初でこれなんだから、上達も早いと思うぞ。問題ないんじゃないか?」

「じゃあ、これからもチェックしてね」

「ああ。……俺がか」

「そうだよ?」


 ネアは、頬を染めていた。食事を終えたらしいナギサとレビは、食器洗いに移っている。


「あー、えっと。毎日味噌汁を食べたい的な……」

「逆……」

「こんなのでいいのか? 流れ着いて探索者やってるのに」

「いっしょの時間を楽しめる人がいいなって、思ってたから」


 すすっと横に移動して、ネアは真正面から逃げた。


「ゆきみんも、同じこと言ってた。から、あたしだけじゃないんだけど……。魅力とか好きになるとことか、人によってぜんぜん違うと思うの」


 けっこう自信あったんだけどなー、と彼女は小さく笑う。


「けっこうモテてたし、リリ姉ぇよりスタイルいいし。もっと女の子扱いされると思ってた。でも、ずっと同僚って感じで……私の方ばっかり、変に焦ってて」


 メイクに時間をかけたり、服装がフェミニンになっていったり……そういう変化は、俺にも見えていた。見せる相手が誰なのか、考えてみればすぐにわかることだ。そもそもの話、つねに彼女の周りにいる男性は一人しかいない。ただ単に、俺が向き合うことを避けていただけだった。


「カノジョいたことあるの?」

「いちおうな。そんなにいいとこまで行かなかったけど」

「そうなんだ。じゃあ、あたしが一番になればいいんだね」

「ぐいぐい来るなぁ……」


 お姉ちゃんもいるもん、とネアはささやく。


「あたしだけの人生じゃなくなったから、もっともっと、近くにいてくれる人が大事になったし……両方知ってるし、リリ姉ぇも気に入ってるみたいだしさー」

「そうなのか? あの人、ネアに友達ができるといいみたいなこと言ってたけど」

「寂しい思いさせたくない、とかなら「男作れ」でしょーよ」

「なるほど、読み違えてたんだな」


 たくさんの仲間ができるように、ではなくて大事なパートナーができるように、という意味の言葉だったらしい。考えてみれば、あのとき少しだけ首をかしげていたような気もする。「こいつ鈍いな?」とでも言いたかったのだろうか。


「そーゆーわけだから、こみっち。これからも一緒にいようね」

「ああ。仕事以外でも、ずっとでいいよな」


 ふへへー、とネアは背中から抱き着いてきた。


「今まで、こういうのぜんぜんだったから……あたし、恋愛めっちゃ下手かも」

「上手い恋愛ってなんだよ」

「わかんない。お互いいつもサイコーとか?」

「俺は、ちょっと楽しいくらいでいいかな」


 波があるだろうから、と――こんなときまで、俺はネガティブなことを言ってしまった。


「そういえば、こみっちのこと全然知らない」

「両親も探索者やってたんだけど、高難度のインスタンスダンジョンで死んだ。俺の誕生日祝いやった次の日でさ……三日間家に取り残されて、じいちゃんとばあちゃんが来なかったら絶対死んでたよ」


 幸せと不幸の総量は同じで、人生は上下する揺らぎの中にある。子供ながらにそんな普遍の法則にもたどり着いた気がしていた。


「ちょっとだけでいいんだ。たくさん手に入れても、たぶん不安になるだけだから」

「じゃあ、ちょっとずつ上に向いていこうよ。ちょっと落ちても何にも思わないくらい」


 ほんの小さな柔らかい声が、まるで陽だまりのようだった。


「幸せになろう? これからずっと二人で、一緒に進もうよ」

「できるかな、俺にも……」

「まだ新卒と高卒だよ、あたしたち。人生まだまだあるんだから、いつか……ちょっと時間かかっても、いつの日かそう思わせてみせる」

「頼もしいな、やっぱり。お隣さんでよかったよ」


 何かを得たら、そのぶん何かを失う――だから何も手に入れないのが正解だ、とずっと思っていた。何かを積み上げたら、その高さと反比例するだけの位置に落ちるのだと思っていた。


「やっと、何か手に入れたいって思えたよ」

「こみっちがなんで〈ゴミ使い〉なのか、ちょっとわかったかも」

「……分かったのか? 俺にはぜんぜん分からないんだが」

「またいつか、ね。分からなくてもいいと思うよ」


 謎めいた微笑みを聞きながら、夜は更けていった。

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謎のジョブ〈ゴミ使い〉が最強すぎました ~茫然自失から始まるまったりダンジョン探索ライフ~ 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a

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