39「星が降る」

 長いフライトを終え、ホテルの個室に引っ込んだ女は、シャワーを浴びてバスローブに身を包み、ベッドに腰かけていた。仕事用の端末が震え、着信を知らせる。


『日本はどうだね、スターどの』

「部屋に鍋が置いてない以外は快適よ」

『レンジ調理は嫌いかね』

「できあがりが不味いのよね。カップ麺の方がマシ」


 なんで爆発するのよと不満を漏らす女に、『油の多いものはダメだ』と声は笑う。


『貝類や油の多い肉類はいかんよ、過熱して食器まで傷みかねん』

「覚えておくわ。要件は何かしら」

『“ディビオラ”側につく可能性のある探索者が、死んだ』

「あら。テンプラ食べて家に帰っていいのかしら? スシの方が美味しい?」


 最悪の可能性を考え、表舞台から消えることを示唆する情報を流した彼女は、『継続だ』という上司の言葉を聞いた。


「どうしてなのよ。あのニンジャの子、術をかけるのにべたべた触ってきて気持ち悪いんだけど」

『本人に言うといい、きっと喜ぶ』

「いやよ気持ち悪い」

『物質を完全に消失させる能力が確認された。本人に自覚がなかったとしても、明らかにディビオラ側の能力だ』


 ダンジョンと呼ばれる異世界“ディビオラ”――すでに滅びたとされるかの世界は、しかし未だにあまたの生命を宿している。そして、現実世界をわずかずつ侵食しつつある。彼らの役割は、侵食を食い止めること……ディビオラの使徒となり得る人物を、覚醒前に抹殺することである。


『もう一点。候補者を殺したのはその人物だ。オーグメント・リソースは完全に移動したと考えていいだろう』

「最悪ね。私が派遣なんてされるわけだわ」

『最初から殺しにかかる必要はない。組合との関係に亀裂を生むわけにもいかんのでね』

「具体的な方策を教えてちょうだい。実行するわ」


 忍び笑いを漏らす声は、そして説明を始めた。


『予言は悪用を前提として示される。スキルの性質を詳らかにし、悪用させないことができれば、穏便な解決になるだろう。教導部隊として、多くの生徒を送り出した君の手腕の見せどころ、というわけだな』

「ちゃんと会話が成立する人間ならいいけど」

『そうでなければ使徒たり得ない。会話が成り立たない低能、あるいはすでに侵食され尽くした使徒であった場合は殺せ』

「もちろんよ。それで、どういう人間なの?」


 女の追及に、声はため息をついた。


『残念ながら、予言には出ていない。だが、アリヤという田舎町で事件が起きたことから、その付近であることは確かだ』

「そのあたりで探りを入れればいいのね。日本って同性婚が許可されてないのよね? 女二人だと疑われないかしら」

『少々考慮の余地があるが……コンビでやってきた、と言えば通るだろう』

「あいつと? 戦い以外じゃおかしいところしかないわよ、あいつ」


 使えればそれでいいけど、と女は嘆息する。


『我々からすれば、君も組織に貢献する人材のひとりにすぎない。人間の使い方を学ぶといい、君が組織の中枢になる日のためにも』

「わかったわ。ところでテンプラとスシってどっちが美味しいの?」


 声は、それまでと一切変わることのない真剣さで、とうとうと語り出した。


『スシ店のシェアの方が多いことから、総合的にはスシだと考えていいだろう。しかし、テンプラは麺料理として食べることで本領を発揮する』

「ヌードル……? 本場のテンプラって魚料理なんでしょう?」

『テンプラとは製法であって、食材を規定する言葉ではない。野菜を揚げたものもまたテンプラに分類される。画像を転送する』

「知ってるわ、これウドンでしょう? ジャパニメーションで見た」


 そうだ、と声は微笑む。


『テンザル=ウドン。最低でも三種類のテンプラ、日本人の魂たるダシ、きわめて食べやすくこちらのマナーにも配慮したウドン……これらを一皿で味わうことができる、食べる日本といっても過言ではない料理だ。全国どこでも食べられるため、交通費に優しいところも素晴らしい』

「ひどく褒めるわね。人間にもそのくらい優しくしてくれないかしら」

『人間は食べ物ではないのでね。……味にはかなりのばらつきがある。現地にて「この辺りにある、テンザル=ウドンの美味しいお店を教えて」と要請するのが正解だろう』

「了解したわ。スシは?」


 声はしばし沈黙した。


『日本人は、ダンジョン産の食材だろうとスシにしてしまうのでね……現地にて「ふつうのスシが食べたい」と要請するのが正解だろう』

「おかしなもの、食べちゃったのね……」

『現地入りして後悔していることのひとつだ。ウドンはカップ麺でも美味しい』

「お土産は決まりね。期待しててちょうだい」


 いつも胸元にあるロケットを開いて、古びたトランクを抱えた祖母の写真を見る。祖母も日本に行ったことがあるという――そのときの話は、よく覚えていない。海難事故に遭って以来、海外旅行もやめてしまい、写真のトランクも海に消えたのだという。


『改めて命じる。ユーロ・ダイバーズギルド一位、〈星天騎士ゾディアナイト〉メイ・フリスタ。日本に出現した使徒候補への対処を遂行せよ』

「了解。家名にかけて、必ずや成し遂げてみせましょう」


 騎士たる女は、誓った。

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