38「その後のはなし」
組合支部のひどく豪奢な一室で、俺はひげの紳士と向かい合っていた。
「どうしてなんですか、こんな……」
人間同士の殺し合いであるはずの事件は、なぜか黙認された。
「探索者は、ある程度以上の自治権を得ていることは知っているかね」
警察にも対処できないほど強くなった探索者を止めるのは、もちろん同じ探索者だ。当然の話になるが、「止める」には相手を死亡させることも含まれる。それは、俺も知っていた。
「志崎ソウの戦力はかなりのものだった。中堅程度の探索者でもたやすく蹴散らしていたはずだ。秘密裏に討伐されるのは当然の流れだった」
「やっぱりあるんですか、闇の部隊……」
「公にあるとも、ふだんから抹殺ばかりではないのだから。用意されていた報奨金は、君が受け取ってくれたまえ」
「そんな、――」
ならばなぜ殺した、とひげの紳士は首をかしげる。
「復讐か、それとも義憤からの暴走か。人が人を殺すのは、とても大変なことだ。そうしようとしてもできないことの方が多いがね」
「俺は……! 止めなきゃと思って、戦ったんだ」
「それで結構。組合お抱えの部隊も、それ以外に利点のない人間ではないのでね」
「仕事、ってことですか」
紳士は鼻を鳴らした。
「働きの分の対価を用意するのが、私の仕事だ。金銭を分配するだけだが、そこに不満が出ないような工夫は必要だろう。理屈だけでは人は動かないことも、よく心得ているとも。働き手として悪くはない。それだけだ」
「……そりゃどうも」
まともに働けたことがなかった俺は、こんな状況なのに、喜びがこみ上げるのを抑えられなかった。
「報告にあった「死者のジョブが親族に乗り移る現象」だが。国内外でいくつも確認されている、れっきとしたシステムのひとつだ」
「あれ、オカルトじゃなかったんですか」
「複数のジョブを持つ人間は確認されている。一度限りだが、死に際に移譲することのできるジョブもあるようだ。〈怨冥剣士〉の特性は「感情の活用」と「効果拡大」。多彩なスキルを習得し、コストを無秩序に注ぎ込むことで、事実上万能化する」
「だから、あんなに強かったのか……」
敵の切り札でもあり、こちらに渡った瞬間に勝負が決した札でもあった。
「すでに述べた結論だが、再度伝えよう。君の行動は「同僚に対する殺人」ではなく、「人類に仇為す危険因子の抹消」だった。現行法では罪に問われない行為であり、報酬も支払われる」
口座に振り込んでおこう、と紳士は口ひげをひねった。
「何か質問は」
「……ありません」
「結構。では退出したまえ」
相手が何を考えているかは、ほとんど分からないままだった。
戦いがひとつ終わったとはいえ、俺の探索者人生はまだ始まったばかりだった。一週間も経たないうちに、大事件に巻き込まれて解決し、大金まで手に入った――聞こえのいい部分もあるが、俺ができたことはほとんどなかった。「君が救えるものはほとんど何もない」と言われた通りに……被害者になるはずだった俺と羽沢さん、そして取り戻せたその姉が、いちおうの戦果だ。
モンスターはともかく、五十人以上の死者が出た。志崎は、探索者を何らかの手段で家に連れ込むか、〈格納庫〉に落として殺害し、その遺体を好き放題に使っていたようだ。今思えば、あれほど「がん、がん」と繰り返していた死人は……「ガンになった身内のため」などではなく、ガンと殴られた衝撃が意識に残り続けていたのかもしれない。
「〈死霊術師〉にだって、まともなやつはいるはずなのに……」
ジョブの詳細を明かしたうえで、組合のサポートを受けている組合員も多くいる。のちのちに大きな利益となる生産系のジョブだと、優先的に戦力や設備の貸し出しが行われる制度もある。「いくらでも使いつぶせる戦力」という利点を強調すれば、志崎にだって同じことができたはずだ。
誰にも助けを求めなかったあの男は、あるいは先日までの俺の似姿……未来の可能性のひとつだったのかもしれない。ナギサやトラたちをモノとして扱い、無秩序に配下を生み出しては消し、地球から物質を消し続ける――俺の能力には、それができた。ともすれば、あいつよりも巨大で取り返しのつかない、とんでもない大災害を引き起こしていた可能性もあるのだ。
「こみっちくん。どうしたー?」
「はざ……リリナさん。いきなりどうしたんです」
「そういや一歳だけ私が年上だったね? 別にいいけど」
「なんで妹と入れ替わってるんですか……」
感動的な感じで蘇ったリリナさんは、ジョブとして彼女の中に残っている。ジョブを切り替えると意識が切り替わり、見た目には銀髪になる。今はどちらなのかは、一目瞭然だ。
「俺も、やつと同じようになってたのかなって……」
「君は小市民だから、大きなことしようとしてもビビッちゃうんじゃない?」
「うぐっ」
「何人でもヨブコ作ってそいつらに稼がせるぜ、って感じだったら、ネアも君のこと信頼してないと思うよ。安心しなよ、君は善人“ぶってる”わけじゃない」
銀髪の女性は、穏やかな表情でそう告げた。
「凡人かもしれないけど、それでいいの。一人でなんでも持ってるわけじゃないから、ちょうどいい誰かと支え合うのよ」
「いいこと言うなぁ……」
「お母さんの受け売り。本人はオトコに逃げられてたけど、いまは私たちでお母さんを支えてる。ネアには、寂しい思いしてほしくないな」
「そうですね。早いとこ、新しい仲間を見つけないと」
首をかしげた彼女は、「じゃあ戻るから」とネアさんに戻った。
「……はっ!? ごめん、いま来た?」
「お姉さんが来てた。ネアに寂しい思いをさせたくない、って」
「表裏なんて、そっちの方が寂しいっつーの……」
「いいから行こうぜ。トラの料理、食べるんだろ」
黒髪の彼女は、ふっとやわらかく微笑んだ。
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