面影


きいこ、きいこ。

ブランコを無意識のうちに漕いでおり、

金属特有の音が鳴る。

隣からは、さらに大きいその音が

響いてきていた。


こころ「ブランコとか久しぶりに乗った!やばー、こんなんで喜んでたのー!?」


寧々「元気ですね。」


こころ「こうでもしてないと、気が紛れなくてさ。」


きい、きい。

その音は緩やかに小さくなっていき、

やがて止まっていった。

三門さんは俯きながら、

今度は足元に転がる石を蹴り飛ばす。


かれこれ1時間ほど

こうしてブランコを占領している。

夜といることもあってか

子供は1人もおらず、

順番を譲ってほしそうに

眺めてくる人もいない。


こころ「ってか、今日は何時まで大丈夫なの?」


寧々「連絡を入れれば何時でも。」


こころ「え。だってこれまでは最大でもバイトがある時間くらいまでだったじゃん!」


寧々「そうなんですけどね。」


三門さんには既に

私の家庭内で起こった

変化について説明した。


お兄ちゃんは元から

存在していないことになり、

反面お母さんは所謂世間一般で言う

普通のお母さんになった。

私の生活は一変した。

これまで怯えながら過ごしていたのが

嘘のように、のびのびと暮らしている。

朝起きたらご飯が作られてあったり、

洗濯をお母さんがしてくれたり。

挙げ句の果てに

学校に行く前に玄関で

見送りすらしてくれた。

これまで頭のどこかで描いていたような

夢のような生活がそこにはあった。


しかし、家の駐輪場を見ては

お兄ちゃんのバイクが消えており、

本当にいなくなってしまったのだと

虚な気分が襲ってきた。

お兄ちゃんの存在は

私と三門さんを除き

全ての人が忘れてしまったらしい。


立てなくなりそうな中

なんとか学校に通うと、

そこも相変わらず普通の日々が続いていた。

悠里さんはというと

私に近づくとインフルエンザになるから

なんて適当なことを吐き捨てて以来

ほとんど会わなくなった。


まるであの隠れ家でのことが

全て作り物で嘘だったかのように感じた。


こころ「本当に全部変わったんだね…。」


私の心を代弁するように

三門さんはぽつりと呟く。

私も石を蹴り飛ばしてみた。

からんからんと空っぽな音がするだけ。


寧々「…でも、これで良かったのかもしれません。」


こころ「…そうなのかな。」


寧々「はい。だってあのままお兄ちゃんに囚われながら生きても、どうしようもありませんでしたし。」


こころ「…。」


寧々「お母さんも、あのままじゃ駄目だってわかってたはずなんです。でも、お兄ちゃんのことで混乱しちゃって…。終止符を打ててよかったんですよ。」


こころ「寧々さん。」


寧々「はい?」


自分に言い聞かせるような言葉を

並べていることに気づかず、

三門さんの方をふと見やる。

すると、私を探し出してきてくれたときと

似たような真っ直ぐとした目つきで

こちらを見ていた。


こころ「……その…ごめ」


寧々「謝るのはなしです。」


こころ「…っ…でも。」


寧々「誰も悪くないんです。強いて言うなれば、私がお兄ちゃんを生き返らせてなんて言ったことが間違いだったんです。」


こころ「違う、僕が言い方に気をつけていれば…。」


寧々「三門さん!」


こころ「…っ。」


寧々「…なんなら、勝手に死んだお兄ちゃんが悪いんですから。そんな顔しないでください。」


そう。

勝手に死んだお兄ちゃんが悪い。

勉強ができて、人望があって、優しくて、

最後のひと言もなく勝手に死んだ

お兄ちゃんが悪いのだ。

そういうことにしてしまいたかった。

だから、お兄ちゃんが消えたのだって

自業自得だ、なんて言い放ってやりたかった。

私はお兄ちゃんに縛られず

今後生きていくからねって。

…でも、ずっと覚えておいてあげるから

ずっと見守っていてね、と。


いつからだろう、

私はお兄ちゃんのことを

神か何かと勘違いしていたのかもしれない。

美化して、崇めて、

それだけが正解だと思い込んでいた。

それはお母さんだけの影響ではない。

私自身も相当歪み切っていたのだろう。

今あの環境から脱して、

私もお母さんもどれほど

捻じ曲がっていたかが

見えてきていて恐怖すら感じる。


寧々「さて、人生の目標も無くなりましたし、これからどうしましょうかね。」


こころ「…次の目標でも作ろ?」


寧々「そうですね。おすすめ、ありますか?」


こころ「え、僕に聞いてる?」


寧々「当たり前です。他に誰がいるんですか。」


こころ「いやいや、目標って普通自分でたてるじゃん!あ、でも…うーん、寧々さんは3年生だし、まずは受験じゃない?」


寧々「う…嫌な現実を見せるじゃないですか。」


こころ「だってそんな感じでしょー目標って!」


寧々「そうですが…あ、そうだ。」


こころ「何々?いいの思いついた?」


寧々「はい。」


三門さんは身を乗り出して

今度は嬉々とした目で

こちらを見てくる。

表情がころころとかわって

まるで犬のようとすら思えた。

私を心配させないようにしているのか、

さっきのような暗く後悔した

あの雰囲気は消え失せている。


寧々「…少しずつですけど、お兄ちゃんを真似る生き方ではなく、私として生きれるようになりたいなって…。」


こころ「いいと思う!」


寧々「あはは、そんな前のめりになって言わなくても。」


こころ「だって…だってだって!ほんとにいいなって思ったんだもん!」


寧々「……ふふ。…こんな私ですが、これからも仲良くしてくださいね、こころ。」


こころ「…!当たり前だよぉ…。」


今度は泣きそうな顔で

こちらを見ながら

崩れた滑舌でそう言った。

反面、その顔がおかしくって

小さくけたけた笑う。


たった1か月の間に

私の知る環境からは澪もお母さんも

お兄ちゃんすらも見事に消えていった。

こころや真新しいお母さんが

今の私の小さな世界にとって

大切な人となっている。


またいちから慣れなければ

ならないというのに、

何故か悪い気ばかりではない。

心地のいい夜風が吹く中、

真面目の象徴である

ツインテールを解いた。







願いの叶え方 終

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