第17話

 「さて、スキルの獲得も済んだことだし、地上に戻るとしよう」


 菜奈が立ち直ったのを確認したエリックが、二人を地面に設置された石板に促す。

 

 「この石板の上に乗ればいいんですか?」

 「そうだ。この石板に乗って、魔力を流せばこの魔法陣が起動するはずだ」

 「まほうじん……」


 ファンタジーだ、と菜奈は内心でぼやく。

 ここまで、さんざんエリックが魔法を使っていたが、魔物との戦闘に必死で、落ち着いてまじまじと魔法の発動を見るのは始めてといえる。

 

 「ただ、私一人を地上に転送するのであれば問題ないのだが、三人まとめて転送するとなると今の私の魔力では不足する可能性がある」

 「魔力が不足するとどうなるんですか?」

 「……一部が転送できなかったりする。一人が取り残されたりするのであれば魔だいいのだが……」

 「そんな、取り残された人が大変じゃないですか」

 「いや、悪ければ、誰かの一部だけが取り残されることになる。例えば、ナナ、君の腕だけ、とか」

 「え……」


 エリックの説明に、菜奈とアルノーが絶句する。予想通りだったのだろうエリックは苦笑する。


 「そこで、菜奈、君の魔力を貸してもらいたい。私の魔力と君の魔力を合わせればどこかだけが取り残されることはないだろう」

 「それは、全然構わないんですけど……魔力って貸し借りできるものなんですか?」

 「問題ないよ。君の魔力を私を通してこの魔法陣に流す。君はまだ魔法が使えないから魔力の流し方もわからないだろう?だから、私が君の身体を流れる魔力を誘導して魔法陣に流すんだ」


 いまいちわからないままに、なるほど、とわかったふりをした。チラリと隣を見るとアルノーもにたような顔をしていた。エリックもこの場でそれ以上詳細な講義をするつもりはないようで、二人を石板に乗るように促す。


 「ナナ、手を」


 エリックに差し出された手の上に、菜奈はなんの疑いもなく左手を乗せる。エリックは、菜奈の手を握ったまま跪き、魔法陣に逆の手を添える。

 おそらく魔法陣に魔力を流し込み始めたのだろう、菜奈は自分の身体から何かが流れ出ていくのを感じる。血液が流れ出ていく感覚など感じたことはないのに、血が流れていくようだとぼんやりと思う。それと同時に、疲労感が増えていく。ここまで来るのに魔物に飛び付いたり、スキルを発動させたりといったことをして疲労していたことに間違いはないが、ここに来て急速に身体が重くなっているように感じた。


 気がつくと、魔法陣が光り、部屋全体を明るく照らしていた。その光は、魔法陣から立ち上ぼり、光る円柱のようになっていた。

 疲労感から目をそらすために、その光をぼんやりと眺めていると、その光の向こうの光景がぶれ始める。


 「ナナ、アルノー。発動するぞ。魔法陣の外に出るんじゃないぞ」


 声をかけられたことに驚いて、肩が跳ねる。ぱっとエリックを見ると、エリックは魔法陣に魔力を流し始めた時と変わらぬ姿勢で魔法陣に手を当てていた。不安になり、菜奈は思わず、エリックに握られた手を強く握り返す。その動作から不安を感じたのだろうエリックが苦笑に似た笑顔を菜奈に返す。

 ひときわ光が強くなり、目を開けていられなくなり、菜奈は目を強く瞑る。瞼の向こうでも周囲が強く光っているのが感じられ、しばらくそのまま動けずにいた。エリックに握られた左手だけはそのままであるため、味方とはぐれていないことに安心する。


 

 「もう目を開けて大丈夫だよ」

 「ナナ、ナナ!見て!地上だ!外だ!」


 久しく聞いていなかった人の喧騒とエリックとアルノーの声に恐々目を開くと、そこは、太陽の光に照らされた地上であった。土地勘のない菜奈には、位置関係等はわからないが、開けた場所に天幕と10人程度の人が呆然と菜奈たちを見ている。

 冒険者たちをよく見ると、見覚えのある顔があり、おそらくサヴォワのパーティーと菜奈たちと一緒にドロテホのダンジョンに入った雑用係だろう。


 「エリック……エリックなのか……?」

 「そうだ、私だ。帰ってきたんだ!」

 

 包帯やガーゼに覆われている上、鎧等は外してしまっているが、エリックと一緒に菜奈達の護衛をしてくれていた冒険者がエリックに駆け寄ってくる。無傷とは言わないまでも無事であった仲間との再会にエリックも満面の笑顔で応じる。

 今まで冷静に菜奈たちを誘導してくれていたエリックらしからぬ興奮の仕方に、彼もまた気を張っていたのだといまさらながらに気づく。

 菜奈は、ここで知り合ったアルノー以外知り合いもいないし、無事と再会を喜び合う相手はいない。アルノーも同様だったようで、顔を見合わせて笑うしかなかった。


 「無事に帰ってこられてよかったね」

 「本当に。お疲れ様」

 「ナナのおかげだよ。ナナのスキルがなかったら、みんなダンジョンの底で死んでた」

 「そんなことないよ。エリックさんがいなかったらスキルを発動させる間もなく死んじゃってたから。それに、アルノーにもすごく励ましてもらったよ」

 「俺は、荷物持ちくらいしかできなかったから……」

 「でも、今は私と同じ、スキル持ち、でしょ?」

 「そ、そっか。でも使いこなすまでには、時間がかかりそうだな」

 「頑張って!」

 

 ガヤガヤと周囲が菜奈たちの帰還に動揺しているのを後目、菜奈とアルノーはクスクスと笑いあう。肩の力が抜け、お互いの笑みが自然なものになっていることに気づきながら、それを口にすることなく、軽口を叩きあう。


 「疲れているところ悪いんだが、君たちもこちらに来て話を聞かせてくれ」


 エリックの仲間たちがこちらにも声をかけてくれ、菜奈とアルノーも天幕に案内された。エリックはすでに天幕に入っているようで、姿は外に見えなかった。

 

 通された天幕には、モーリスとエリックがおり、菜奈とアルノーが天幕に入るとエリックが手を上げて歓迎してくれた。


 「疲れているところ、申し訳ないが、何があったか教えてもらえるか?とはいえ、おおよそのところはエリックから聞けているが」

 「エリックさんがお伝えしたこと以上に説明することができるかわかりませんが、答えられることであれば」

 「私も」


 モーリスは、エリックからすでに話を聞いていると言っていたが、菜奈とアルノーにも、洞窟が崩落した後のことを詳細に聞いてきた。戦った魔物、どうやって倒していたのか、最奥での様子などの話には、特にモーリスが興味を示しているようだった。


 「それから、こちらが途中で倒した魔物の牙や爪、鱗です」


 アルノーが下した荷物から、ごそごそと出てきたのは、魔物の身体の一部と思われるものだった。


 「え、アルノー、いつの間に」

 「俺、隠れているだけだったし、菜奈が魔物を倒した後ちょこっと採集してた。そんなに大量には運べないから、軽い牙とか爪とか鱗しか持ってこれなかったけど」

 「素晴らしい。ダンジョンの奥にまで入れる冒険者は少ないからな。奥の魔物の素材は、貴重だ。高値で買い取らせてもらうことになるだろう」

 「じゃあ、そのお金は三人で分けて下さい」

 「いいの?アルノーがとったのに」

 「倒したのは、エリックさんとナナだろ?俺だけがもらうのはおかしいよ」

 

 いくらで買い取るのかは街に帰って専門家に見せないと分からないとのことだったが、貴重な素材ばかりであることから、金額については期待していいとのことだった。

 とはいえ、疲労困憊状態であることは明らかであるため、一晩天幕で休んで、明日の朝、みんなで街に戻るとのことだった。

 その後も一通り、モーリスからの聞き取りを受け、ナナとアルノーは夕方頃、解放されたのだった。

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スキルが一つしかないけど、頑張ります! 鈴木衣浪 @suzuki000

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