第16話 「魔導士……なれるでしょうか」
手分けして、謁見の間を探索することとした直後、菜奈は玉座の方向に歩き出した。菜奈の知識にある漫画のセオリーに従えば、大事なものは玉座の向こう側のはずだ。
ちらりと他の二人を見れば、カーペットの左右に分かれて壁際を調べ始めている。そんな二人を後目に菜奈は、恐る恐るカーペットの上を進み、玉座の前に立った。
ダンジョンは、すでに今は滅んだ魔王の幹部の拠点だったという。そうだとすれば、この玉座には魔王または魔王の幹部が座っていたのだろうか。そんなことを思いながら、菜奈はゆっくりと玉座の前にある数段の階段を上り、玉座の後ろに回り込む。
玉座の後ろは、人ひとりが通れるだけの隙間があり、そこに立つと、タペストリーを持ち上げた。菜奈の知識にあるセオリーのとおり、そこには簡素な扉があり、奥に部屋があることがわかる。謁見の間へ入るときの扉の豪奢な装飾と異なり、質素すぎる木の扉は、タペストリーで隠せるようにドアノブすらない。
「エリックさん、扉がありました」
扉をなんの警戒もなく開くことにはためらいがあったため、少し大きめの声で離れたところにいるエリックに呼び掛けた。エリックもその声に即座に反応して、足早に玉座の後ろまで回り込んでくる。
「奥に部屋があるのか。よく見つけてくれた、ナナ」
若干はしゃいだ様子のエリックが思わずといった様子で、菜奈の頭をやや乱暴に撫ぜた。菜奈としては、先入観に従って探した結果であるため、ずるをした気持ちになっていたが、褒められることは嬉しかったので、そのままエリックの言葉と手を受け入れる。
「では、開けてみよう。ナナ、後ろに下がっていなさい」
エリックの邪魔にならないようにタペストリーを持ち上げながら扉を開けたときに扉の影になる位置に下がる。エリックは、それを確認して扉に手をかけた。
「ナナ、何か見つかったの?」
「扉があったんだ」
エリックが扉を開けようとしたところに、菜奈とエリックの声を聞きつけてアルノーも菜奈に合流した。菜奈への質問には、エリックが答えた。アルノーもエリックの言葉を受けて、少しの喜色と緊張を表情に浮かべる。
三人ともこの扉の向こうに地上に帰るための装置があることを期待して、エリックが扉を開けるのを待つ。
「ん?開かないぞ?」
エリックは、扉を押しているようだが、扉が多少ガタガタと音を立てるだけで、言葉のとおり開く様子はない。ちなみにドアノブがないために引くことはできていないようだ。
「それ、引き戸じゃないですか?」
「ヒキド?」
菜奈が思わず声を上げると扉と格闘していたエリックが振り返る。それに対して、菜奈がタペストリーから手を離し、エリックの右側から扉に手をかける。エリックがの影から扉を見ていて、取っ手のような窪みがあるのを発見していたのだ。
菜奈が取っ手に引っ掛けた右手に力を入れると、カラカラと軽い音を立てて扉が少し開く。
まさかそのように扉が開くとは思っていなかったのか、エリックとアルノーが息を呑んだのがわかった。
「ナナ、そこかからは私が開けよう」
中を覗き込める程度に開けたところで、エリックが菜奈を止める。中に罠がある可能性を考慮してのことだろう。その言葉に従い、菜奈が素直に扉から手を離すして後ろに下がると、エリックが取っ手に手をかけてゆっくりと扉を開いていく。
カラカラと軽い音を立てて開いていく扉の奥は、薄暗く、エリックの後ろに隠れている菜奈には、中の様子をうかがうことはできなかった。エリックもそこまで中の様子が見えているわけではないのだろう、警戒心の滲む険しい表情が和らぐことはない。
「明るい
少なくとも、初見殺しのような罠がないことを確かめた上で、杖を扉の中に差し入れて、呪文を唱えた。目に見えて明るくなる扉の向こうは、扉と同様謁見の間と比べて質素としか表現のしようがなかった。
岩をくり抜いて木材で補強しただけのような部屋には、菜奈の位置から見える家具などはない。エリックの位置から見えるものがあったのだろう、警戒の色が多かった表情に、安堵と喜色が滲み始めた。
足早に部屋の中に入ったエリックが菜奈とアルノーを中に呼び寄せるまでそこまでかからなかった。
はしゃいだような声に菜奈はアルノーと顔を見合わせて部屋の中へ駆け込んだ。
「これで地上に戻れるぞ!」
エリックが部屋の中で示したのは、床に置かれた何か模様の書いてある石板のようなものだった。エリックの説明によれば、この上に乗れば、地上に戻れるらしい。
部屋の中には、その石板のほかにもう一つ、模様の書かれた石板があった。これは、もう一つと異なり壁に設置されていた。
「エリックさん、こちらはなんですか?」
「それはスキルを習得させてくれる装置だろう。やってみよう」
エリックは、そう言うと、杖を壁に立てかけて両手を石板に当てた。すると、石板の模様全体が赤い光を発し、石板の端から赤い光がエリックに流れ込むように消えていく。
「これで、私もスキル持ちというわけだ」
エリックは、冒険者の登録証を出して、菜奈とアルノーに示してくれる。菜奈に読むことはできないが、アルノーの表情を見る限り、確かにスキルが増えているようんだ。
「僕も、スキルを得ることができますか?」
「特に条件があるとは聞かないから、不可能ではないだろう。この石板に両手を当てて光が収束するのを待てばいい」
「わかりました」
アルノーもエリックと同様、石板に手を当てて光が収束するのを待った後、いそいそと登録証を取り出して確認する。その喜色の浮かぶ表情からすると、エリックと同様、スキルの獲得ができたのだろう。
「せっかくだし、ナナももらっておきなよ」
「そうだね」
アルノーに促されるまま、菜奈も石板に手を当てる。エリックやアルノーのと気と同様に石板の紋様が光り出す。しかし、二人のと気とことなり、光りが菜奈の手元に収束することはなく電源が切れたように光りが消えてしまった。
「え?電池切れ?」
「デンチ……?」
「ナナ、もう一度やってみてくれ」
エリックの指示通り、再度石板に手を当てるが、反応は先ほどと同様、紋様の光りが収束することはなく途中で消えてしまう。
「ナナ、登録証を見せてくれるか?」
促されるまま登録証をエリックに差し出すと、登録証を確認したエリックの表情が険しくなる。
「スキルの獲得は出来ていないようだ。ただ、エナジードレインのお陰だろう、魔力値は飛躍的に上がっているな」
返却された登録証を菜奈も確認する。オルトロスを倒した直後は300にも満たなかった魔力値が632と倍以上になっている。おそらく、魔物を倒した結果だろう。
「スキルについては、この石板の力が尽きてしまったのか、ナナに適正がなかったのか……いずれにしても、ナナがクリエイトサラマンダーのスキルを獲得することは難しそうだな」
「そう……ですか」
目に見えて落胆する菜奈を慰めるようにアルノーが彼女の背中をさする。
「とはいえ、魔力値は、一流の魔導士よりも高いくらいだ。魔導士を目指すのもアリだろう?」
苦笑しながら励ますようなエリックの言葉に菜奈も顔を上げる。魔力値の平均など知るところではないため、菜奈の現在の632という数値が高いのかわからない。レベッカが普通より高いとは行っていたが、現在の数値が一流の魔導士よりも高いというのは、完全に予想外の評価だった。
「魔導士……なれるでしょうか」
「これからの訓練次第だろうな。頑張ってみるといい」
菜奈は元の世界に帰る手段を探すために、今回のようにダンジョンにあるスキルに期待をして、ダンジョンを攻略していく必要があると考えていた。しかし、魔法でどうにかすることが出来るのであれば、そちらの方が安全とも言える。必要な魔法値は、菜奈が既に持っているスキルと魔物討伐で導にかなりそうである。
とすれば、町にもどったら、魔法の訓練をする方法を探すようにしよう。
元の世界に帰る可能性の選択肢が増えたことに喜びつつ、菜奈は気持ちを切り替えることにした。
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