第15話 「それらしいものは見当たらないね」

 仮眠をとってからいくらか身体も楽になり、菜奈に合わせていた歩くスピードも上げることができていた。魔物への対応もずいぶん慣れたらしく、当初より魔物の強さも上がっているにもかかわらず、苦戦することもなかった。

 

 腕時計で確認する限り、午前10時、起床してから7時間ほど魔物と戦いながら歩き続けた先、ほぼ一本道であった道の突き当り、唐突に天井が高くなり、菜奈の身長の倍以上あると思われる観音開きの扉が現れた。経年により、装飾もくたびれた印象があるが、それでも、金や銀、おそらく宝石と思われる石で豪奢に飾り付けられている。

 ここまでの洞窟も人工的に掘削したものと思われたが、あからさまな人工物が現れたことに面食らう。いかにも最奥というような扉に三人は顔を見合わせる。


 「最奥に何があるかわからない。ここで一度休息としよう。前に休憩をしてから大分あるいているから、少しでも万全の体制で入るべきだろう」

 「そうですね。では、食事の準備をしましょう」

 「今、出しますね」


 エリックの提案に、アルノーと菜奈も賛同し、荷物を下ろす。


 「ここでの食事はこれが最後になるだろう。温かい食事にしよう」

 「いいんですか?」

 「ああ」


 菜奈とアルノーは、顔を見合わせて頷くと荷物から食材と器具を出して、手早く調理を開始した。こんな状況では調理のバリエーションをつけることはできないため、最初と同じように、残った野菜と肉でシチューを作った。最初と異なり、人数が少ないことから、菜奈はパンも火で炙る。トーストのように火を入れれば、固いパンも少し柔らかくなるのではないか、と思ったのである。

 食事の用意の用意ができたら、それぞれさらに盛り付けて配膳する。荷物を減らすため、やや食材を多く使用したため具沢山のシチューとなった。


 「パンも温めてくれたのか、ありがとう」


 周囲の警戒を担当していたエリックは皿を受け取り、匙を手にする。アルノーと菜奈もそれぞれ自分の器を手に食事を開始した。

 これが最後の晩餐かもしれないと思うと気軽な雑談をする雰囲気でもなかった。もくもくと匙を運び、器を空にした。エリックとアルノーは、鍋に残ったシチューをお替りして平らげた。


 誰も喋ることがなかったために食事自体はさして時間もかからず終了してしまった。

 

 「ふぅ、少し食べすぎたな。もう少し休憩しよう」

 「はい」

 「じゃあ、お茶を入れますね」


 今だ燃え続けている焚き火に小鍋をかけ、お茶を沸かす。菜奈は冷たいお茶を飲みたい気分ではあったが、この環境で贅沢を言うことはできまい。

 沸いたばかりのお茶を注ぎ入れ、二人に配る。


 「この扉の先は、どうなっているんでしょう……?」


 誰も遭えて口にしなかった疑問に耐えきれず、菜奈は口にする。アルノーも同様の疑問を持っていたのだろう、この中で唯一答えを持っているだろうエリックに視線が集中する。

 エリックも避けていた自覚があったのだろう、わずかに苦笑する。

 

 「このドロテホのダンジョンの難易度がそこまで高くないとはいえ、この最奥まで来た冒険者は多くはない。だから、私が知っていることは少ない」


 一息ついて、エリックは、お茶を一口含む。


 「私が知っているのは、一つ、最奥まで行った冒険者は最奥にある装置か魔法陣かで地上に戻ることが出来たということ、二つ、最奥にある装置でスキルを取得できるということ、三つ、このダンジョンで獲得することの出来るスキルはクリエイトサラマンダーという炎のドラゴンを作り出して戦わせるスキルだということ、その程度だ」

 「じゃあ、この先に魔物がいるかどうかはわからないんですか?」

 「魔物か?最奥に魔物がいるとは聞かないな」

 「そう、なんですね」


 ダンジョンの奥には、ラスボスがいるものというのは、菜奈の元の世界のフィクションから来る先入観だったのだろうか。では、背後に控えるこの豪奢な観音開きの扉の向こうには、そこまで気構えずに進んでいいのだろうか。

 今まで以上の戦闘が必要と思って決死の覚悟が必要なのかと思っていたが、そこ間での悲壮感のないエリックに、菜奈は少しだけ安心する。


 「さて、そろそろ行こうか」


 コップの中身を飲み干したエリックが菜奈とアルノーを促した。二人も残りのお茶を慌てて飲み干して荷物をまとめる。

 そうして、二人が準備を終えたことを確認してエリックは、観音開きの扉の正面に立つ。

 

 「先ほど魔物がいるとは聞かないが、トラップがないとも限らない。ナナとアルノーは、それぞれ扉を片方ずつ開けてくれ。開けた瞬間何かが飛び出てきたとしても私が対応する」

 「わかりました」

 「お願いします」


 エリックの支持に頷くと、菜奈は左の扉にアルノーは右の扉に駆け寄った。近くで見ると、細かな装飾が施されており、そうした細工に関する知識が全くない菜奈でも手間とお金がかかっていることが容易に想像できる作りになっていた。はめ込まれている宝石類も傷はなく透明度も高い、良質なものが使われていると思われる。

 

 「じゃあ、開けます。ナナ、いいね?」

 「大丈夫」


 アルノーの呼びかけに意識を切り替えて、菜奈は扉に手を添える。重そうな扉であることは一目瞭然なので、力のない菜奈は全体重を乗せて開けることになるだろうことが予想された。


 「「せーの」」


 二人で声を合わせて、全体重を乗せて扉を押していく。予想通り扉は重く、ず、ず、と重い音を立ててゆっくりわずかずつしか開かない。最初は、両手を扉に充てて押していたが、それでも菜奈では力が足りず、左肩を扉に預けるようにして押さなければ、なかなか開いていかない。


 「おお」


 ようやく人ひとりが通れる程度に開けられたところで、エリックが感嘆の声を上げた。菜奈とアルノーは、扉が重く、肩や背中を使って扉を押している状態なので、正直それどころではない。

 しかし、扉の開き具合からこれ以上開ける必要もなさそうと判断して、扉が閉まらないことを確認してから、扉から手を離した。


 「見ろ、素晴らしいぞ」


 エリックの両側から覗き込んだ先には、いわゆる謁見の間のような空間になっていた。赤いカーペットが入口から奥まで一直線に敷かれ、その先には、おそらく上位者が座するのだろう椅子が一脚置かれている。両脇には等間隔に柱が並び、おそらく、カーペットと柱の間の空間に臣下が並ぶのだろう。

 しかし、その玉座は、今は昔。がらんどうの謁見の間に、魔物の気配はなさそうだった。


 「これが最奥の間……罠は…なさそうだな」


 エリックが慎重に最奥の間に足を踏み入れる。カーペットの毛足は長く、これまで歩いていた洞窟の岩とは一変して柔らかい感触に少しだけ動揺する。

 

 「地上に戻ることができる装置というのは、どこにあるんでしょうか」

 「それらしいものは見当たらないね」


 恐る恐るといった様子で、菜奈とアルノーもエリックに続く。足を踏み入れてわかったが、謁見の間は、菜奈がファンタジー漫画等でよく見るものと大差はなく、装置と呼べそうなものは、何もなかった。そして、菜奈達が入ってきた扉以外に出入口となりそうな扉も存在しない。

 ただ、と菜奈は、謁見の間の奥、玉座の後ろにかけられたタペストリーを見る。

 菜奈が見たことのあるファンタジー漫画の中には、玉座の後ろに隠し通路があるものがあった。


 「罠もなさそうだし、手分けして探すとしよう」


 エリックの提案に、菜奈とアルノーも頷くとそれぞれ別々の方向に歩き出した。

 


 












 

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