第14話 「はい、大丈夫です」
オルトロスと遭遇して以降、10体以上の魔物と遭遇したが、発見されたのは、数体で済んだ。
遭遇した魔物には、エリックが金縛り《パラライズ》の魔法をかけることで動きを止め、その間に、菜奈のエナジードレインの発動条件を試すということを繰り返した。
最初のオルトロスのときと同様に抱きついてみたり、接触をせず生存値を吸いとることを念じてみたり、蹴ったり殴ったりしてみたり、エリックの杖を借りて突っついてみたりと様々なアクションをしてみた。結果としてわかったのは、エナジードレインにより生存値を吸いとるためには、菜奈が両手の掌で触れることが必要であることだった。
そのため、他人と片手で握手をすることでは発動せず、ハグなどにより両手の掌が触れてしまうと発動するという条件のようだった。
この世界に来てから得たスキルとはいえ、不用意に触れて他人を殺してしまっていたかもしれないと思うとゾッとし、ハグなどが挨拶として一般的ではない日本人であったことに菜奈は心底感謝したのだった。
その後のダンジョン攻略は順調で、エリックが
ドロテホのダンジョンの構造が単純で迷いようのないほぼ一本道というのも攻略の速度に大きく貢献していた。
余裕がないことから、倒した魔物から得られる素材などについては、捨て置くしかないことが、エリックやアルノーにとっては惜しまれるようだった。菜奈としては、最奥にあるといわれる過去魔王に使えていた幹部の使用していたスキルが元の世界への帰還のヒントとなる可能性があると考えてダンジョンに入ったところがあるため、それよりも最奥にあるものに期待を寄せていた。
魔物に見つかるかもしれない恐怖と、度重なる戦闘に興奮していた神経は疲労と空腹を忘れさせていたようだった。しかし、身体の疲労は確実に重なっていたようで、菜奈の足がもつれて盛大に躓いて転んだところで、エリックが休憩を提案した。
足がもつれるほどに疲労していたことを自覚して、今まで忘れていた疲労がどっと押し寄せてきた気がした菜奈としても休憩に否やはない。
「火をつけて料理をする余裕はないし、匂いで魔物がよってきてしまうだろうから、そのまま食べるしかないな」
「そ、そうです、ね」
てっきり料理をするものだと思っていた菜奈は、エリックの指摘にそれもそうかと思いつつ、内心がっかりする。持っている食料はした処理をされているとはいえ、味はついていない。毎日母の料理した食事をなんの疑問も持たず食べてきた菜奈からすれば、味気ないことこの上ない食事だろう。
そのまま食べられるだろうが、日持ちしないだろう、野菜やパンを優先的に食べることとして、栄養補給する。
温野菜と固めのパンと少しの干し肉というラインナップは、お世辞にも美味しいとは言えなかった。
「そういえば、私のエナジードレインはスキルですけど、魔法とは何が違うんですか?」
「ん?ああ、スキルについては詳しくはわからない、というのが正直なところだ。魔法は、魔力を使用して発動させる技術だが、スキルを使用しても魔力は消費しない。一方、スキルは、体力を消費しているようだな」
「そうだとすると、スキルも使用の上限はあるってことですか?」
「そうだろうな。ただ、私もスキル持ちとあったことはほとんどなくてな。詳しいことは知らないんだ」
「今、オルトロスに使ったのも含めて、6回くらい使用していますから、私の今の体力の上限からすると6回が限度って思った方がいいですか?」
「ああ。今後は適度に休憩を挟みながら進もう。ナナのエナジードレインが戦闘の要になっている以上、エナジードレインが使えなくなることは避けたいからな。ナナは十分に休んでくれ」
「わかりました」
食事を終えた菜奈達は、その後もしばらく菜奈の体力回復のために休息をすることになった。菜奈の腕時計を見ると、時間は既に9時を回っていたことから、一度仮眠をとることにする。特に菜奈の体力の回復が急務であったため、菜奈はとにかく寝ることとし、エリックとアルノーが順番で見張りをすることになった。
他の二人が起きているのに眠ることに気が引けたが、菜奈の体力回復のための休息である以上、菜奈は無理矢理にでも眠らなければならなかった。
「この環境では眠れないかもしれないが、とにかく横になって目を瞑りなさい。それだけでも違うからな」
「はい」
眠れる気はしなかったが、出来る限り平らな場所に横になって目を瞑ると菜奈の意識はあっという間に眠りに落ちていったのだった。
疲労からか眠った環境からか、眠りが浅いのだろう、菜奈は夢を見た。夢だ、と自覚したいわゆる明晰夢だ。
夢といってもなにか周囲が見えるわけではなく、ただただ暗闇の中漂うだけの夢だった。不思議と恐怖はない。
「……っと、もっとだ…もっと、……るのだ」
暗闇の中、知らない男の声が聞こえた、気がする。遠くにいるのか、電波が悪い通話のように途切れ途切れにしか聞こえない。菜奈になにかしてもらいたがっているのが辛うじてわかる。
しかし、菜奈は、その声に従うのが正しいのだとは思えなかった。特に根拠があるわけではない。不快感があるわけでも恐怖があるわけでもない、その男の声に本能的な忌避感があったのだ。何となく、その声に従うと悪いことが起こるような、そんな予感がしたのだ。
問題は、声の男が何をしてもらいたいのかわからない以上、それを避けることも出来ない。暗闇の中、漂いながら、途切れ途切れの男の声を聞き続ける。
菜奈は、最初よりも意識的に男の声を聞き分けようとするが、菜奈の意識が暗転するそのときまで、男が何を言っているのかを聞き取ることは出来なかった。
アルノーの声に引き戻されるように、菜奈の意識は浮上した。
「ナナ、そろそろ出発しよう」
「…あるのー……わかった」
「大丈夫?歩けそう?」
「大丈夫。少し寝惚けてたみたい」
ゆっくりと起き上がり、腕時計をチラリと見ると、時刻は3時を指していた。5時間ほど眠らせてもらえたのだろう。疲労は大分とれているように感じた。
寝起き特有の思考回路が遅い感じがあった。ぼんやりとした思考のなか、先程まで見ていた夢が気になったが、結局声の男が何を言いたかったのか、何をしてもらいたいのか、わからずじまいだった。しかし、声の男は、今後もなにか言ってくる予感がした。そうだとすれば、わかったときに考えればよい、と開き直ることにした。
思考がはっきりしてくるにつれて、周囲を見回すと、荷物は既にまとめられており、荷物はすぐに背負えるようになっていた。
「ナナ、準備はできたか?」
「はい、大丈夫です」
「では行こう。最奥までは、あと半分くらいのはずだ」
アルノーとともに、菜奈が荷物を背負ったのを確認するとエリックが二人に声をかけた。
あと半分ということは、今までの傾向からすれば、10体以上の魔物と遭遇する可能性があり、その半数程度の魔物との戦闘がある可能性があるということだろう。菜奈はその戦闘での攻撃の要となる。
へばっている余裕はないと菜奈は、背負った荷物を握りしめ、気を取り直した。
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