第13話 「わ、わかりました。出来る限り頑張ります」
菜奈達が歩き出して間もなく、魔物と遭遇する。馬ほどの大きさの双頭の犬の姿をした魔物だった。
「オルトロスだ。嗅覚がいいから気をつけろ」
エリックが小声で二人に指示を出す。とはいえ、気をつけろと言われても何を気を付ければいいのかわからない。
困惑した表情を浮かべた菜奈に、エリックは苦笑を浮かべつつ、進行方向を支持するように指差した。アルノーと顔を見合わせて、エリックに頷いて返事をする。
音を立てないように細心の注意を払いつつ、慎重に歩を進める。進みながらオルトロスと呼ばれた双頭の犬の動きを監視する。ヒクヒクと鼻を動かして、匂いを嗅いでいるのがわかる。
匂いを嗅ぎつけられる前にと菜奈達は足を速めるが、その前にオルトロスの唸り声が辺りに響いた。ギョッとしてオルトロスを振り返ると、4つある目と目が合った。
「見つかった!戦うぞ!下がっていろ!」
菜奈とアルノーは、エリックの鋭い指示に従い、後ろにあった岩の影に隠れる。エリックは、菜奈達に指示を飛ばした後、呪文を唱え始めていた。
オルトロスは、こちらを警戒して後ろ足に重心をかけて、いつでも飛び掛かれる姿勢だ。そうして、後ろ足に十分な力が貯められたところで、引き絞られた弓矢が放たれたように、オルトロスが飛び掛かる、ように思われた。
「氷の
間一髪で魔法の活動が間に合ったようで、オルトロスは、現れた氷に足を覆われ、その動きを止められることになった。
憤ったような咆哮を上げ、首を振り、身を捩って何とか氷による拘束から逃れようとする。拘束している氷は、薄いようで、氷が少しずつ砕ける音がする。
「く……っ、氷の
再度氷による足止めを重ね掛けする。しかし、オルトロスが暴れ、攻撃に転じることができずにいる。
アルノーと菜奈は顔を見合わせ、岩陰から出て、回り込んでオルトロスの胴体に飛びついた。
「アルノー!?ナナ!?」
「エリックさん!今のうちに攻撃魔法の準備を!」
アルノーが叫んでいる間、菜奈は必死でオルトロスの胴体にしがみつく。オルトロスの足を拘束する氷を足場に何とか暴れるオルトロスの動きを制止しようと胴に腕を回し、毛皮を掴み、下に引っ張る。
「うわぁっ」
アルノーも同様にしがみついていたが、オルトロスが暴れる動きに振り回され、そのまま吹き飛ばされてしまう。全身の力を使ってしがみついている菜奈にアルノーを気にする余裕はない。
しかし、しがみついていくうちに、オルトロスの動きが鈍くなっていく。それに従い、菜奈が振り回される程度の弱くなっていく。
「なに……っ?」
呪文を唱えていたエリックが驚きに詠唱を中断してしまう。
その声を聴く余裕のできていた菜奈も閉じていた目を開く。雄々しく持ち上がっていた双頭が今にも地面につきそうなほど下がっている。菜奈は、しがみつくことに必死でオルトロスの変化に気がついてはいない。アルノーは吹き飛ばされた衝撃で起き上がるのがやっとだった。
エリックが、オルトロスの変化に動揺して攻撃魔法を発することが出来ないうちに、オルトロスがその双頭を下げ、地面に横倒しになってしまった。幸い、菜奈がしがみついていた側の反対側に倒れてくれたことで、菜奈が押し潰されることはなかった。
「え……っ?なに、倒したの?」
弱々しく犬のような鳴き声を上げるだけになったオルトロスに、菜奈は目を白黒させる他ない。モゾモゾとオルトロスから離れて、エリックのもとに駆け寄る。
「エリックさん、倒したんですね!」
当然のようにエリックが倒したものだと思った菜奈は喜色を浮かべてエリックに話しかける。
しかし、エリックは、足止めをしたのみで、それ以上の攻撃などしていない。途中で弾き飛ばされたアルノーも異なるのだろう。そうなれば、オルトロスを倒したのは菜奈しかいない。
エリックに尊敬の眼差しすら浮かべている菜奈に、首を振る。
「オルトロスを倒したのは君だろう、菜奈。いったい何をしたんだ?」
「え、私は何も……」
「スキルを持っていたりしないのかい?」
「スキル……そういえばエナジードレインっていうスキルを持っていますが、でも、どうやって発動するのかわからなくて……」
「それだろう。珍しいスキルだが、確か敵の生命力を吸いとるスキルだったはずだ」
自分のスキルについては、棚上げしていた菜奈は、ここでスキルについて教えてもらえると思っておらず、面食らってしまう。
「おそらく、そのスキルが発動したのだろう。ギルドの登録証を見てみるといい。スキルが発動したのなら、魔力値か生存値が上がっているだろう。」
「か、確認してみます」
ポケットに入れていた登録証を出して見てみると、登録時には、229だった魔力値が283となっていた。
「魔力値が上がってる……」
「やはりか……」
予想通り、というエリックの言葉に、菜奈はエリックを見上げる。
「でも、私、どうしたら発動できるのかわからなくて……」
「大体、こういったスキルは、対象者に触れることで発動するものだが、心当たりはないかい?」
相手に触って相手が死んだなんてことがあれば、菜奈は普通に生きていくことが出来ないだろう。友人と握手したり、ハイタッチしたり等といったことは日常茶飯事である。そんな日常で、触れた友人が死んだなんてことはない。
考え込む時の癖で腕を組んだ際に、右手に触れた左手が痛んだ。
そういえば、心当たりがひとつだけ。
「そういえば、ハティ?に襲われたときに、引き剥がそうとしているうちにハティが死んだことがあります」
「そのときにスキルが発動したのだろうな。先ほどのナナの動きから見て、手のひらで触れることが発動条件なのではないか?」
推測でしかないが、と付け加えるエリックに、今まで黙っていたアルノーが背中を押さえながら合流した。
「なら、これから先の魔物で試してみたらいいんじゃないですか?」
「なるほど、それはいい。私が足止めをしている間に、ナナがその魔物に触れればいい。君たちを守りながら戦うより、足止めに集中させてもらえる方が私も助かる」
なんでもないことのように提案するアルノーにエリックが賛同する。
「え……?で、でも、私、運動そんなに得意じゃなくて……」
「大丈夫だ。私が魔法で足止めをしたところで、魔物に触ればいいんだ。出きる限り君に危険がないようにしよう」
足手まといであることを自覚している菜奈にとっては、なにか出来るかもしれない、ということを提示されて断ることは難しかった。日本人特有の空気を読む、流れに逆らわない、という気質を恨みつつ、菜奈は頷くしかなかった。
「わ、わかりました。出来る限り頑張ります」
「それじゃあ決まりだな」
「そうだな。とりあえず、アルノーの傷を治しておこう」
エリックがアルノーの背中の怪我を治療する。
その間に、菜奈が岩影においてきた荷物をとって戻って来る。二人分の荷物は菜奈にとっては重かったため、歩き方はやや不格好となったが、やむを得ない。
「では、出発しよう」
再び
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