5
次の日、怪盗が入ったことで臨時休校になるかと思いきや、そんなこともなく王立学園は普通に授業があった。
さすがに護衛銃騎士団は配備され、登校する生徒登校する生徒の事情聴取はあったが。
イヴリルは自分に降りかかった婚約が無事に破談になったことで、足取り軽やかに登校していた。
「あら、エルマー、クリフォード。ごきげんよう」
てっきり護衛銃騎士の制服を着ているかと思いきや、王立学園の制服をそのまんま着ていたエルマーとクリフォードに声をかける。クリフォードはこちらに振り返って「おはよう」と返すが、エルマーとは一向に視線が合わない。
「エルマー?」
「ああ、気にしないでいいよ。彼、どうも昨日怪盗コンスタントに余計なことを言われたみたいでねえ」
「余計なことって……なあに、それ」
「エルマーは護衛銃騎士団も頭を悩ませている怪現象……それが一切利かないんだよ。皮肉なことに、自分にもその経験があるから、それは怪盗コンスタントの口から出任せとも思えないし。彼、魔力を持っているものに愛されているって指摘されてねえ……魔力があるなしはともかく、彼が一番懇意にしているのって、君だろう? 意識してしまっているんだよ」
「おい、クリフォード……余計なこと言うなよ」
「おやおや。別にかまわないんじゃないかい? だって君たち、お似合いじゃないか」
クリフォードは皮肉でもなんでもなく、そう口にすると、途端にエルマーとイヴリルは顔をぽっと赤く染め上げる。
(今までどうしてエルマーには魔道具の影響がないんだろう、どうして怪盗トリッカーも怪盗コンスタントも見えるんだろうとは思ってたけど……そんなのおじい様もお父様も言ってなかったわよ……?)
宮廷魔術師の血縁者の妻であるウィルマすら見えていなかったというのに、まさか幼馴染のエルマーには愛情が原因で見えていたなんて、どうして思うのか……。そもそも両親は魔道具に対して無頓着だったから、話にならなかったのか。この辺りはまたアラスターあたりに話を聞き出さなければわからないことだろう。
しばらくふたりは気まずい空気のまま校舎に向かうが、エルマーが「イヴリル」とボソリと口に出した。
「なあに?」
「……愛とかそういうのは、よくわかんないけど。元気なら、それでいい」
「元気でって……もう一方的に話を終わらせないでよ」
ふたりがいつもの調子で言い合いになるのを、クリフォードはクスクスと笑っていると。
「おや、楽しそうだね。私も混ぜてもらえないかな」
いきなり声をかけられて、エルマーは「ん?」と振り返り、イヴリルは顔を強張らせた。
晴れて婚約が破談になったはずのトラヴィスが、ちゃっかりと王立学園の制服を着て現れたのである。
「あああああああああなた! どうして!」
「どうしてって。君に断られるだろうことは思っていたからね。それだったら一緒の学園に通って少しずつ外堀を埋めていくほうが早いと思ったんだよ」
そうにこやかに告げるトラヴィスに、イヴリルは口をパクパクさせるばかりで返す言葉が見つからなかった。一方、それにエルマーが目を吊り上げる。
「なんだよ……イヴリル。どういうことだ、それにこの人……」
「お初にお目にかけるね、騎士クラスの子だね。私はトラヴィス・ヒギンボトム……イヴリルの婚約者だったんだよ」
「なっ……」
絶句しているエルマーに、イヴリルは被せるように声を張り上げる。
「元! 元だから! 私断ったもん! なのにあっちが諦めてくれないのよ!」
「……なんだか、話がややこしくなったねえ」
クリフォードはのんびりと声を上げた。
イヴリルは頭を抱える。
(もう……! エルマーへの気持ちにやっと気付いたところで、断ったはずのトラヴィスは全然諦める気がないどころか学校にまで押しかけてくるし! 魔道具だって全部回収終わってないのに!)
イヴリルの蒔いた種とはいえど、まだなにも終わっていない。
魔道具の全回収が終わっていない以上、怪盗稼業は終わることはないし、これからも護衛銃騎士団とは対立しないといけない。町の人々が魔道具の魔力に当てられて暴走しないよう、魔道具は回収してしまわねばならないのだから。
そしてイヴリルの自覚した恋も、なにも終わっていない。
エルマーと向き合うことも、迫ってくるトラヴィスを避けることも、まだなにも。
その気持ちを大切にしながらも、彼女はまた、夜を駆けるのだ。
<了>
怪盗令嬢トリッカー 石田空 @soraisida
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