第一話 I Know You

 午後3時24分。

 今日はタイミング良く部活が無い日だった。

 走が校門の前に生えた桜の木の下で昨夜出会った男と待ち合わせて居た。

「じゃあな、走」

 同級生が自転車から手を振る。

「うん、バイバイ」

 走が手を振るのも見ずに、同級生は自転車を漕ぎ始め、走の視界から消えていく。

「ちゃんと待ってたな」

 昨日聞いた力強く低い声が走の後ろから聞こえてくる。

「なんでそっちから……?」

 走が振り向くと昇降口から白いシャツの上に昨日と同じ黒いコートを羽織った黒武が居た。

「俺は政府公認の組織、その隊長だからな」

「それでそれは?」

 走は黒武のコートの内側を指差す、黒武がその先を見るとナイフシースがあった。

「安心しろ、護身用だ、危険な事はなにもない。昼間にカゲロウは活動しない、日光の元では動きが鈍る、まあする個体もいるがそういうのは珍しいし滅多にあることじゃない。何度も言うが、安心しろ」

「は、はい」

「じゃあ、行くぞ」

「は、はい」

 学校を出て、入り組んだ道をスラスラと通る黒武の背中を走は必死に追う。

 黒武の家に着く時には汗が大量に出て走は肩を弾ませ息をする。

「俺ん家だ、入れ」

「失礼します」

 靴を脱ぎ、床に体重を掛けた瞬間、パキパキッと床が悲鳴を上げ、走は思わず苦笑いをする。

 床を軋ませながら、廊下を通り、リビングに着く。

 走は床に散らばったゴミを退かし、座るスペースを確保して、そっと座った。

 黒武が椅子にドカッと座り、高さを調整する。

「まずなにから話そうか……質問ある?」

――聞きたいことが多すぎる……!

 走は少し考えて、質問する。

「黒武さん、あなたはどういう人ですか?」

「お、そうきたか」

 黒武は顎に手を当てて考えた後、ゆっくりと答えた。

「……さっき言った通り、政府公認組織『カゲロウ特別対策部隊』の隊長だ」

「なぜあなたが?」

「当然、俺が強いからだ」

――大丈夫なのか?

「そうですか」

 不安に思いながら走は返事をする。

「他に質問は?」

「カゲロウを倒したあの武器はなんですか?」

「Αphone社製対カゲロウ用兵器L.GLightning Gun

 黒武はベルトにつけているホルスターからその銃を取り出し、走に見せる。

「Αphone社? ……ってあの!?」

 Αphone、大手スマホ会社で常にスマホの最先端を行き、老若男女問わず大人気であり、1ヶ月後新機種が発売すると世間を騒がせている。

「ああ、カゲロウの研究に協力してもらってる、俺のコネでな」

「すごいですね、あのΑphone社まで協力してるなんて」

「ああ、これならお前みたいなやつでも戦える」

「そうですね」

 黒武の表情が曇る。

「どうしました?」

――なにか失言を。

「15年」

「え?」

「俺達がカゲロウに奪われた時間だ、もう返ってこねえ」

「……すいません」

 走は俯き、小さく謝罪する。

「良いんだ……他に質問は?」

 走はさらに深く俯く。

――参加したい。

 今、喉にある言葉を出すべきか。

――昨日は何も出来なかった。

 走の脳内に昨日の記憶がフラッシュバックする。

――強くなりたい。

「僕は強くなりたいです」

 それは心からの言葉だった。

「!」

 黒武の目がカッと開き、その顔から笑みが溢れる。

「僕は強くなれますか?」

「ああ」

「僕は皆を助けたい、1人でも多く」

「助けられる」

 黒武は強く頷き、話し続ける。

「ああ、絶対だ。色んな奴が居る、まだまだ育ち盛りのお前ならどんどん強くなる」

「では、お願いします」

 走は頭を下げる。

「こちらこそ、よろしく」

「それで、僕はなにをすれば?」

「まずはトレーニング、3日後に実戦。お前の運動神経なら、足を引っ張る事はない」

「はい」

「よし、説明が終わった所で」

 チャイムが鳴る。

「噂をすれば影。開いてるぞー」

「誰ですか?」

「顔合わせだ、4人しか来なかったけどな」

 玄関からギシギシと音を鳴らし、ぞろぞろと人が入ってくる。

「どうも、黒武さん!」

「休日にどうした」

「今日、関崎かんざきさん、来ないんですか?」

「来ないらしいですよ」

「よし! 揃ったな」

「これ、食材です」

 黒武がガサっとテーブルの上にあったものを退かして、コンロと鍋を出す。

「何をするんですか?」

「タコパだよタコパ、親睦会」

「汚ねぇな」

 筋肉質な男が足の踏み場を探しながら言う。

「別に良いだろ、食えれば」

「台所借ります」

「僕も手伝います」

 走も手伝おうとするが、黒武に止められる。

「良いんだよ、お前はじっとしてろ」

 テキパキと連携の取れた動きでボロボロだった黒武の部屋はすぐにパーティームードに変わる。

「何かすることありますか?」

 もう一度、走は手伝おうとするが、今度は全員に止められる。

「「座ってろ」」

「……はい」

「早くしてくれよ」

 黒武がテーブルを叩く。

「「あんたは手伝え!」」

 会話を交わしながら準備が進み、タコパが始まった。

「君、未成年でしょ、オレンジジュースで良い?」

 穏やかな雰囲気を纏った男が走に聞く。

「はい」

 トクトクと走のコップにオレンジジュースが注がれる。

「じゃあ、乾杯!」

「「カンパーイ」」

「では皆さん! 紹介しよう! これから仲間に加わる、鴉馬走です、はぁい拍手~」

 拍手が響く。

「よろしくお願いします」

 走はペコッと頭を下げる。

「じゃあ自己紹介だな、俺の隣から織田君」

「分かりました。えっと、織田小太おだしょうたです、部隊では、情報司令を担当してます、19歳です」

 幼さが残る見た目に反して自分より年上であることに、走は驚いた。

「情報司令?」

「あ、言ってなかったか、情報司令部隊・研究部隊・戦闘部隊の大きく3つあるんだ」

「次は……私ですね、臨応機のぞみおうき、部隊で担当してることは全般で、27歳、座右の銘は滅私奉公」

 臨は頭を下げると隣の人に目線を送る。

「俺か、俺は王城勇我おおしろゆうが、前線担当、28歳、お前が俺の部隊に入ったら覚悟しとけ」

「次!」

 勇我の隣に目を向けると男はテーブルに頭を乗っけて寝ていた。

「寝るなよ」

「起きてください!」

 臨が体を擦ったり揺らしたりしていると男は目を開き、体を起こす。

「なんですか、起きてますよ」

「ゼッッタイ寝てた」

「……僕の番か、若月宅矢わかづきたくや、織田と同じ情報司令です、よろしくね鴉馬君」

 走は笑顔で自分に手を振る寝代に優しそうな印象をもつ。

「よろしくお願いします。その……たくさんの人を助けられる様に強くなります!」

「お、良い目標じゃん」

「頑張ってください」

「強くなれよ!」

 黒武はバシンッと走の背中を叩く。

「よし、そろそろ焼けただろ」

 勇我が箸を取り、タコを覗き込む。

「あ、ひっくり返してなかった」

「てめぇ!」

 勇我が臨の襟を掴む。

「だって急に話振るから」

「ははは」

 走が笑った。

 それに釣られて他の皆も笑った。

「「ハッハッハッハッ!」」

 その笑い声は携帯に届いた悲鳴をかき消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Αphone 奇想しらす @ShirasuKISOU

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ